第20話 おはようドラゴン

「失礼致します」


 凛とした、しかし柔らかさも持った女性の声に僕の意識は覚醒する。ドラゴンになって、僕の意識はオン・オフの切り替えがハッキリつくようになった。寝たい時にはスッと寝られるし、起きたらすぐに意識が覚醒する。寝惚けるということがなくなった。便利な身体だと思う反面、あの寝ているのか起きているのか分からない半覚醒状態の微睡みの気持ち良さを味わえないことを少し残念に思う。


 絨毯によって吸収された、しかし確かに聞こえる足音が3人分。いずれも軽い足音だ。メイドさんたちかな?


 僕は、温かい布団の中で丸くなって眠っていた体をグッと反らして伸びをすると、布団から首だけ出して周りを見渡す。白い天蓋の布に覆われた空間は、なんだか病室や保健室を思わせる。


 僕のすぐ横では、アンジェリカがこちらを向いて眠っていた。眠って表情筋から力が抜けているからか、アンジェリカの顔は昨日見た時よりも幼く、あどけない表情をしていた。もしかしたら、アンジェリカは僕が思っているよりも幼いのかもしれない。


 シャーッと金属が擦れるような音と共に天蓋から零れる光の量が増えた。たぶん部屋のカーテンを開けたんだと思う。


「ルー様、姫様、おはようございます。朝でございます」


 天蓋に人影が映る。頭にホワイトブリムを着けたその影は、間違いなくメイドさんのものだろう。声も昨日聞いた年上メイドさんのものと一緒だ。


「失礼致します」


 天蓋を開き姿を現したのは、やっぱり年上メイドさんだった。彼女の碧の瞳と目が合う。


「ルー様、おはようございます」

「クー」


 まだ朝も早い時間だ。日が昇ってそんなに経っていないというのに、メイドさんはメイド服をキッチリと着こなし、お仕事を始めていた。メイドさんって僕の思っていたよりも大変な職業なのかもしれない。


「姫様、朝でございます」


 決して声を張り上げることなく、優しい声で言うメイドさん。声を張り上げることは、はしたないことになるのかもしれない。でも、寝ている人間を起こすのには、それでは声量が足らないと思う。アンジェリカは、あどけない表情で寝たままだ。


「失礼致します」


 そう言うと、メイドさんが天蓋の中に上体を入れてきた。そのままメイドさんがアンジェリカに手を伸ばす。


「姫様、朝でございますよ」


 アンジェリカの体を優しく揺するメイドさん。


「うぅー……あと、少しだけ……」


 アンジェリカが目も開けずに、ふにゃふにゃの声で言う。お姫様といっても、このあたりは庶民と変わらないね。


「なりません。時間に遅れてしまいます。ルー様はもう起きておいでですよ」

「クー」


 僕もメイドさんを援護するように鳴き声を上げる。


「ルーが……うぅーん……」


 アンジェリカが布団の中で伸びをするのが分かった。


「はぁ。起きます。起きますよー」


 そう言って、のっそりとベッドの上で上体を起こすアンジェリカ。彼女は何かを探すように辺りを見渡す。アンジェリカのまだ眠そうな青い瞳と目が合った。


「おはようございます、ルー。マリアもおはよう」

「クー」

「姫様、おはようございます。お茶のご用意ができていますよ」

「いただきます」

「ルー様はいかがなさいますか?」

「クー」


 僕も欲しいと頷く。


「失礼します」


 メイドさんたちによってベッドテーブルが整えられていく。


「ミルクとお砂糖はいかがいたしましょう?」

「今日はいりません」


 アンジェリカはストレートで飲むらしい。僕はどうしようかな?


「ウー」


 僕もストレートで飲むことにした。首を振って、メイドさんにミルクも砂糖も必要ないことを伝える。昨日はミルクティーで飲んだので、今日はストレートで飲んでみようと思う。


「かしこまりました」


 たぶん別のメイドさんが用意してくれていたのだろう。お茶はすぐにやって来た。


「どうぞ。熱いですからお気をつけください」

「クー」


 お茶が運ばれてきた瞬間から、まるでフルーツのようにフルーティな、しかし同時に爽やかさも感じる華やかな良い香りがふわっと天蓋の中に広がった。お茶ってこんなに良い香りがするのか。


 僕は、ベッドテーブルから紅茶のカップに手を伸ばそうとして、はたと気が付いた。ここ、ベッドの上だ。お茶を零したらマズイ。


 かといって、せっかく用意してもらったんだから飲まないのも印象が悪い。


 僕は慎重にカップを手に取り、抱えるようにしてカップを固定する。近くで嗅ぐと、お茶の良い香りが一層強く感じられた。カップの中には濃い紅色の澄んだお茶が湯気を立てている。


 僕は、零さないようにそっとカップに舌を伸ばす。舌に感じるのは、強いお茶の味とコク、そして爽やかな渋味。微かにフルーティな味わいもある。舌で舐め取るようにお茶を口の中に運ぶと、口の中いっぱいにお茶の風味が広がる。鼻から抜ける香りも爽やかで清々しい。まさに朝にピッタリのお茶だ。


 色的に、これは紅茶になるのかな? この世界にもお茶の木ってあるんだろうか? もしかしたら、紅茶のように見えるだけで、似て非なる物かもしれない。なにせ、僕みたいなドラゴンがいる世界だからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る