黒田郡探偵事務所 第三章 六峰鬼神会 独立国家誕生へ

KKモントレイユ

第1話 動き出す巨大な組織 一

 優一は、その夜、葉山に電話をした。

「もしもし、優一君、電話してくれてありがとう。嬉しい」

と喜んでくれる葉山。

このまま葉山との甘い会話を続けたいという気持ちが強かった。

しかし、今はとりあえず『六峰鬼神会』のことが先だと思った。

 このことを伝えると、一瞬で、さっきの甘い口調のから緊張感のある声に変った。

「優一君、それ以上、電話で話さないようにしよう……」

「え?」

「明日、優一君の家に行くから」

そう言って、その日は電話を切った。

 何が何だかわからないが、今日、一日置いて、また、明日には葉山に会える。嬉しかったが、何がこの葉山の行動につながったのか理解に苦しむところもあった。


 次の日はたまたま休講やら何やらで大学の授業がなく、アルバイトもなかった。葉山に「迎えに行く」と言ったら「大丈夫」と言われた。そればかりか「最寄りの駅までも迎えに来なくていい」と言う。葉山は穏やかな性格だが、この時ばかりはあまり無理を通さない方がいいと思った。

 優一はアパートの前で待っていた。昼過ぎに行けると言われて待っていると、白いバッグを肩に掛けた小柄な女性が地図らしい紙を見ながら、こっちに歩いてくるのが見えた。辺りをきょろきょろ見回しながら歩いてくる。

『え?』少し驚いた。

その女性は鈴鹿恵庭すずかえにわだった。

恵庭えにわさん」

優一が呼ぶと恵庭えにわも気付き手を振る。少し小走りに走ってくる。

「お久し振り。元気だった?」

「ええ、っていうか数日前に会ったばかりですよ」

「そうだね」

恵庭えにわは笑顔で応える。

「こんな所じゃ何ですから、部屋へどうぞ」

「ありがとう。葉山がいないとき別の女性を部屋に誘っていいの?」

「ええ?」

「うそよ。葉山も知ってるから、私が来ること」


 それから十分後くらいだろうか、インターホンが鳴った。ドアを開けると葉山と知らない女性と男性……『だれ?』

「ごめん。連絡しないで、人連れてきちゃって。私の兄と義理の姉、つまり兄嫁ね」

二人と挨拶を交わした。

「急に押し掛けて、ごめんなさい。峰岸香保子みねぎしかほこと申します」

「私は葉山の兄で哲也です。葉山がお世話になっているようで」

「い、いえ」

『お兄さんなのか』と思った。優一より少し背が高い彼は葉山の兄と言うこともあり、なかなかのイケメンだった。その奥さんは落ち着いた感じの女性で美しく優しい顔立ちの女性だった。

「お久し振り恵庭えにわ。元気だった?」

香保子という女性は、恵庭えにわを知っているようだった。

「ごめんね。説明もなく。大勢で押し掛けるような感じになっちゃって」

葉山が続けた。そして、こうなった経緯いきさつを説明してくれた。


 東北で葉山と恵庭えにわが話していた内容を膨らませたような内容だった。安住登也あずみとうや太田明美おおたあけみという人物が所属する、そのビラに書いてあった団体は、葉山や恵庭えにわの様に、不思議な『力』を持った人間を集めている。

 その団体の名前は優一のビラのおかげで初めてわかった。目的はよくわからないが、おそらく、そのビラに書いてある『新しい国家』とか、そういうようなことをくわだてているらしい。

 その団体は恵庭えにわの『力』を知っているのかどうかはわからない。恵庭えにわと葉山の感覚では、おそらく気付いておらず、たまたま彼女のところに来たのだろうという。

 というのも、彼女のところに来た時、まったく初対面の普通の人に接するような感じで来たという。

 恵庭えにわが言うには、はっきりはわからないが、安住登也あずみとうや自身はそういう政治的なことには関心があったとしても、彼自身に『霊的な力』は一切ないのではないかという。彼は恵庭えにわの前で霊的な能力の片鱗も見せなかったという。それをまったく彼女に気付かせないほどのレベルなら話は別だ、そういう『力』を持っているのに、葉山や恵庭の前でそれを隠し通せるなら、それはとてつもないレベルだという。


「それにしても六峰鬼神会ろくほうきしんかいなんて変な名前、こんなんじゃ怪しくてだれも入らないでしょう。何でもう少しソフトな感じの……行ってみようかなって思うような名前じゃないんですかね。鬼神きしんなんて言葉が入ってたら、普通の人は敬遠するんじゃないですか?」

優一が言う。

「リクホウキ カミノカイ……」

葉山と恵庭が口をそろえて言う。

「え?」

優一は『読み方を間違えていたのか』と思ったが、どっちにしても変な名前だと思った。

恵庭えにわが続ける。

「この団体の名前、『リクホウキ カミノカイ』っていうの。代表が安住登也になってるけど、それは、たぶん最近のことで、もともとは竜王院埴輪りゅうおういんはにわという修験道しゅげんどうのすごい人が作った団体のはずだけど……」

「そうね、でも、純粋な修験道の団体で、新しい国を作るとか、そんな政治的な集団ではないはずなの。まあ、この団体じゃなくても、そういう人達って、平安の昔から人々を救済するなんてことはしていたんだと思うけど……」

葉山もこの団体の名前や由来は知っているようだが、今のこのビラに書いてあるようなことは少し違うという意見のようだ。


 とにかく、この団体の実態を確認するという。方法はここに集まった、葉山、恵庭、葉山の兄の哲也、哲也の奥さんで葉山の義理の姉にあたる香保子、そして優一も入り、恵庭の力を使って、この集団の所在地やどういう団体かを探るという。

 まず、葉山、哲也、香保子、優一で結界を作る。そして恵庭が団体の本拠地に潜り込むという。優一には、まったく意味不明であるが、言われた通りすればいいと言われ、そうするしかなかった。


「優一君、入り口のドア鍵かかってるわよね」

香保子が優一に確認した。

「はい」

「あとそこの窓のカーテンあまり部屋の光が漏れないようにきちんとしめといて」

辺りを見回す香保子。アパートの部屋なので見回すほど広くない。優一はもう一度入り口のドアの鍵を確認した『大丈夫』


 香保子が赤い毛糸の玉のようなものをバッグから取り出した。そして、部屋の中を見回す。

「この部屋少し明るいわね。ごめんなさい、優一君。部屋の電気を消して、デスクの上の卓上ライトぐらいにしてくれないかな」

優一は言われた通りにする。


 香保子は何か呪文のような言葉を口にしながら、その赤い毛糸を恵庭の左手首に結んだ。そして、更に呪文を続け、もう二度、三度、恵庭の手首に結び付ける。何か変わった結び方だ。

 葉山も呪文のような言葉を口にして人差し指と中指の二本の指を手刀の様にして何度か、その毛糸の玉のようなものを指差した。

 そして更に呪文のような言葉を続けながら、今度は毛糸玉のもう一方の端を同じような結び方で二度、三度、四度と香保子の左手首に結んだ。


 恵庭を真ん中に仰向けに寝かせた。


恵庭の左手の下、腰のあたりに香保子、左手の肩のあたりに優一、右手の肩のあたりに葉山、そして右手の下の腰のあたりに哲也がすわり、恵庭を囲む。


 香保子が右手の人差し指と中指の二本の指で手刀を作り、頭の上あたりで『八の字』か『無限大を表す記号』のような形描きながら呪文を口にする。


 静かに、香保子が左手で恵庭の左手を握り、右手で優一の左手を握る。優一は右手で葉山の左手を、葉山は右手で哲也の左手を、哲也は右手で恵庭の右手を握った。


「みんな、目を閉じてね。別に途中で目を開けてもいいけど、目を閉じたら、恵庭と同じものが見えるから。見えるものは、幻のようなものだから、決して怪我なんかしないから。優一君、怖くなったら目を開けてもいいけど、手は離さないでね」

うなづくく優一。優一はチラッと葉山を見た。

「大丈夫だよ」

葉山が微笑む。

「じゃあ、始めるわよ」

香保子が言う。全員、目を閉じた。


 香保子が呪文のような言葉を唱えだす。仰向けになっている恵庭も小さい声で同じ呪文を唱える……

一瞬、部屋の空気が震えるような感じがした。そして、次の瞬間、何かの景色がまぶたの裏に映る。赤い毛糸を手首に巻き付けた恵庭が『光のトンネル』のような不思議な空間をものすごいスピードで移動しているような光景が見える。


 と、思った次の瞬間、ここはどこだろう? 大きな町、駅が見える。京都駅? 駅からそれほど遠くない場所だと思う、はっきり方角や距離はわからないが、どこかのお寺か、神社か……その裏にある建物に近づいていく。

 その建物はかなり大きかった。入り口は何かホールのホワイエの様になっていて、会議室か何かのような大きな部屋がいくつかあるようだ。ある部屋の方から声が聞こえてくる。恵庭は声のする方に近づいていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る