3-2 恋人と初めてのキス

 由記が大学に入るとき、可憐の職場が由記の入学する大学に変わった。このとき同居していたら、自分はとりかえしのつかない選択をしていたかもしれない。


「今日も泊まるんでしょ?」


 と可憐は言って、由記の顔を見上げた。


 体と体がぴったりくっついて、可憐の大きすぎない胸が押しあてられている。この状況で泊まると言ったら、なにかが起きてしまうと思った。


 普段もちょくちょく泊まっているが、そのときは姉を女性として見ないように、イヤホンをしたりゲームをしたりして過ごしている。今日はそういうわけにいかない。


(香織ちゃん…)


 由記は香織の顔を思いだした。もしここで泊まると言ったら、


………


 由記を思いながら眠りにつくと、可憐の無意識は深い闇をもぐり、やがて『エーテル世界』と言われる場所にたどり着いた。


「ん…」

「起きた?」


 巫女のような姿をした零子が立っていた。起きあがると体が少しよろめいた。


「あれから香織という女性を調査したよ。大変だった〜」

「ありがとう」


 霞のようなものが周囲を囲み、音はほとんどない。話をすると、相手の声が直接届く。

 二人は肉体から離れた『エーテル』。エーテルは『エーテル世界』で自律的に存在し、エーテル状態の記憶はエーテルが肉体に戻った後も残る。


「香織さん。他大学の男子学生と交際中。その彼、相当のワル」

「え?」


 可憐は耳を疑った。


「まだ詳しくはわからないけど、その彼は地元でそこそこ有名な不良だよ」

「待って…話が見えない。香織さんは弟と付き合っていて」

「そうだけど、ずっと前から付き合っている彼氏がいるの。名前はまだわからないけどね」

「…浮気ってこと?」

「そういうことになるね。ごめんね」

「証拠は?」

「二人が会っているところとか、いろいろ」


 零子は可憐の額に手のひらをのせた。エーテルの二人は記憶を自由に交換できる。零子が見た光景が可憐の頭に伝わると、可憐は笑みをこぼした。


「可憐、だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ…? だいじょうぶかって…?」


 可憐は声を出して笑った。零子は可憐の恐ろしい笑顔を見てつばを飲んだ。


………


 十億円は数社の証券会社に預け、そのうちの一億円で有名な投資信託をいくつか買った。今月、その配当金十万円が口座に入金されたので、銀行にふりかえた。


「配当金がまじで入っている」


 十万円。

 一億円の投資信託で毎月十万円の配当金が入ってくる。

 銀行を出た後、由記はいつものように書店に行き、投資の入門書を探した。


「今日はこれを読もう」


 宝くじを当てた人は高確率で破産する。この傾向を逃れるには、節制と倹約に努めるしかない。調子に乗ったら破産する。一回金を使いだすと人間は際限まで使ってしまう。

 帰宅すると、玄関前に香織が立っていた。


「香織ちゃん」

「ふふ。きちゃったー。今からデートしようよ。私、ちょっと見たいものがあるんだー」

「ずっと待ってたの?」

「うん。十分くらいかな?」


(なんていい子なんだろう)


「ごめんね。ずっと待っててありがとう」

「ううん。だって私、由記くんのこと大好きだから」


(俺ってなんて幸せ者なんだろう…。それにしても今日もかわいいなー!)


 香織は全体的にフリフリした服を着ていた。長いスカートに長袖のシャツ。首に黒いリボンが結んであり、ピンク色のジャケットを着ている。


(しかし、こんな服を着て暑くないのかな)


「ちょっと待って。荷物を置いてくるから」

「なに買ったの?」

「え? ああ、本だよ。投資の入門書」

「投資?」


 由記は少しバツが悪くなって、頭を横にふった。


「ううん。なんでもない。そこで待って」


 その瞬間、香織は由記のほうに飛びついて、なにかが起きた。


 香織の唇が由記の唇を覆い、すぐに離れた。


「えへへー。キスしちゃった」


 由記はぼう然とした。初めてのキスだった。


「どうしたの?」

「あ…」


 言葉がうまく出ない。


「由記くん大好きだよ」


 夕日が二人を照らした。道行く人はいない。

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十億円の宝くじに当たったら、お姉ちゃんがプンスカプン! 霧切舞 @kirigirimai

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