第31話
「でも、ぼくは男だから……。刺繍が好きだなんて、変……だよ」
「……」
俯くぼくを見て、お姉さんはまた何かを考え込んでいるようだった。
『よし』と小さく呟くと、ぼくの肩を叩いた。顔をあげると、いたずらっぽく微笑む彼女と目が合う。
「それじゃあ、宿題よ。コユキさんにあげる物と、何かいいデザインを考えておく事! あ、もちろん刺繍を使って、だからね?」
「ええっ?」
突然の提案に、目を白黒させる。この人は何を言い出すんだ……!
反対しようと口を開くも、タイミング悪くコユキの声が聞こえてくる。
「なんだい、まだここにいたのかい。他の場所に行っているかと思って探しちまったよ」
「あはは! それはごめんなさい。コユキさん、場所は分かった?」
何食わぬ顔でお姉さんは答え、振り返った。
仕方なさそうに肩をすくめたコユキは、上の階を指差す。
「隣の棟じゃなくて、この棟にあったよ。ほら、ちょうどここの上さ」
「あら……そんなところにあったの」
「それで、何を作るか決めたのかい?」
コユキに問われ、胸がドキリとする。
そうだ……コユキにあげる物、どうしよう? 隣を見やると、お姉さんと目が合った。
「ええ。今、改めてミライくんに考えてもらう事にしたの。――ね?」
「う、うん……」
ダメだ……もう、ぼくが考える以外の道は残されていなかった。――腹をくくって、やってみよう。
コユキに視線を移し、観察する。このひとにあげるとしたら、何がいいだろう。
コユキがゆっくりと首をかしげると、絹のような銀髪がサラリと滑り落ちた。あらわになった首元に、ふと寒さを感じないのかと疑問を抱く。
「ミライ、どうしたんだい?」
「う、ううん。なんでもない!」
コユキに問いかけられ、ぼくは慌てて目を逸らした。
危ない、気付かれるところだった。だけど、コユキは不思議そうにぼくを見つめるだけだ。
思ったよりもこのひと、鈍いのかも……?
そんなぼくらの様子を眺めていたお姉さんは、楽しそうにクスクスと笑う。
「それじゃあ、行きましょうか。せっかくだから、わたしの仲間を紹介するわ!たぶん今、お店にいるはずよ」
そして、どこか誇らしげに言うお姉さんに誘われ、彼女の支店へと向かうのだった。
お姉さんは本当に、仕事が好きなんだな。それに、一緒に働く同僚も。
もしかしたら、あの『お菓子の家』はお姉さんが手がけたものなのかもしれない。こんなにも楽しそうに仕事の話をするんだから、きっとその気持ちの表れなのだろう。
ちょっと怖いけど、誰よりも情熱があるお姉さんは生き生きとしていて、死人と感じさせない眩しさがあった。
だから、あんな事になるなんて、想像もできなかったんだ。
お姉さんの死の原因……それを間もなく、ぼくは知る事となる。
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