第30話

「いいなあ……」

「え?」

 お姉さんの反応で、心の声が漏れていた事に気づく。

 迂闊な発言を後悔するが、時すでに遅し。

 気の強い彼女は許してくれなかった。

「ねえ、どういう意味?」

「え……っと、その……」

 必死に言葉を探すが、誤魔化す術をぼくは持たなかった。観念して、答える。

「その……いいなあって。お姉さんは女の人だから……」

「は……?きみ、女の子になりたかったの?」

「ち、違うよ!」

 あらぬ疑いをかけられ、ぼくは首を横に振る。

「……」

 お姉さんは口に手を当てて考え込む。それから数度瞬きをすると、こちらに身を乗り出した。

「もしかして、デザインに興味があるの!?」

 当たらずしも遠からず。その発言に、ぼくはびくりと肩を震わせる。

 けれど、お姉さんの目に浮かんでいたのは、嫌悪感ではなく、純粋な喜びだった。

 戸惑い、呆けるぼくの手をとり、満面の笑みを浮かべる。

「もう! それなら、早く言ってくれれば良かったのに! 一緒にデザイン、考えましょう?」

「……」

「ミライくんは何か趣味でやっていたの? 刺繍とか編み物だったら素敵ね……」

「……」

 いつまで経っても返事しないぼくに苛立ったのか、お姉さんは手を伸ばし、頬を掴んだ。軽くつままれ、ぼくはハッと我に返る。

「ご、ごめんなさい……」

「まったくよ。……何をそんなに呆けていたの?」

「だって……お姉さん、嘲笑わなかったから」

「え? 笑っているけど。――ああ……そういう事か」

 すぐに“嘲笑い”の意味を理解し、お姉さんは眉をひそめた。

 両手でぼくの頬を包み、瞳を覗き込む。

 優しい手つきだけど、逃げる事を許さない。そんな想いがこもった眼差しをしていた。

「ミライくんは、何をやっていたの?」

「…………刺繍、です」

「刺繍ね。きみは真剣じゃなかったの? ただのお遊び程度のものだったのかしら」

「――違うよ!!」

 反射的にそう答えていた。その事実に、ぼく自身が驚く。

 すると、お姉さんはクスッと笑った。

「……だったら、いいじゃない」

 次いで伝えられた一言は温かみに溢れていて、ぼくは虚をつかれる。


「周りに何を言われようと……貶されたとしても。誰もきみの才能を奪う事はできないわ。――だって、それはきみの誇りなんだから」


 刺繍が……ぼくの誇り。誰にも言われた事がなかったその言葉が、胸にストンと落ちる。

 ぼくにとって、刺繍はかけがえのないものだった。おばあちゃんから教わった、大切な――だけど。

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