10-11:Dog Case

3-1

「クリス俺、留年決まったよ!」

「嬉しそうに言うんじゃない!」

 わかっちゃいたけどクリスが頭を抱えてるのを見て、バンザイしながらリビングに飛び込んだ俺はしゅんとした。

「ごめんよ……でも俺……」

「わかってる。お前のせいじゃない」

 クリスはローテーブルの上に広げていた請求書やらなにやらの書類を手早くまとめて、俺の目から隠した。

 クリスが行方不明になったあと、そして退院してからもしばらくのあいだ、俺は学校に行かず(行けるわけない)、クリスのそばについていたから、出席日数が足りなくなって当然だ。校長は(それに信じられないことにシルヴェストルの野郎も!)温情ってやつを示してくれたが、ほかの教科は救済策がみつからなかった。

 クリスは事実上俺の保護者でもあるから、たぶん先に校長なんかから聞かされていたんだろう、弾丸タマがどこから飛んできたのかわからないみたいな慌てぶりはみせなかった。

 べつに留年すんのは恥でもなんでもないが、そのぶん俺が教会に厄介になる期間というか、食費の負担が増えるから、クリスにとって頭が痛いことには変わりない。

「けど中退すんのとは違うわけだし――少なくともあと二年はあんたと一緒にいられるのは、俺としちゃ嬉しいんだけど……」

「そうだね、そろそろ卒業後の進路を考えないといけない時期だね」

教会ここにずっといちゃいけないのかよ?」

「そういうわけにはいかないよ」

「なんでだよ。クリスはいっつも、教会が私の家ですっていってるだろ」

「それは、あらゆる教会が神の家だって意味で、この司祭館が私の持ち家ってことじゃないよ。家族のいるところがお前の群れなんであって、家そのものじゃないだろう?」

「……そうだよ」

 俺がうっかり心の中を顔に出しちまったせいで、クリスの顔も曇った。

「……思い出させてしまって悪かった」

「いいよべつに。今の俺の群れはあんたのとこなんだし」

「そういえば、スミスさんミセス・スミスが、高校を卒業してから、もし都心近郊で仕事をするようなら、しばらくのあいだ、お家に下宿してもいいって言っていたよ」

「ほんと⁈」

「ああ。息子さんの部屋が空いているし、この住宅難じゃ、就職してもすぐにアパートメントがみつかるとは限らないでしょうからってね。もちろん、食費やなんかは払わないといけないだろうけど……。私のことがあったから、高齢の女性の身では少し不安になったのかもしれないね」

「番犬代わりならスミスさんがおふくろさんと一緒に住めばいいんだよ、現役の警察官なんだからさ。ああ、けど――あのひとの料理もうまいからなあ! 食前食後に絶対お祈りをさせようとするのが難点だけど。それにもし俺が息子みたいになったらさ、誰かいいはいないのかって毎日せっつかれるよ!」

 スミスのバアさんはジェレミーと女の子の趣味が合うんだよなあ、まるで本当の孫みたいに。あいつが一緒に住めばいいのに。それで料理を教えてもらえばよかったんだ。

「それにさ……」俺はちょっと上目遣いにクリスを見た。「俺が教会ここからいなくなったら、あの吸血鬼野郎がなにしに来るかわかんねえし……」

「なにしに来るって……告解をしに来るに決まっているじゃないか」

 クリスは聖人みたいな顔で言った。

「――だから! なんでクリスはあいつに甘いんだよ⁈ それがあいつの方便なんだよ! あいつの言ってることは話半分に聞いたほうがいいぜ。大体なんで毎回毎回小出しに告解するんだよ。まとめて告白すれば一括で割引されるとかないの?」

「そんなシステムはない」クリスはちょっと厳しい眼をした。「一族の掟だからということ以外に、お前がミスター・ノーランをそうまで警戒する理由がなにかあるのかい? 彼は私だけでなくお前のことも助けてくれたんだろう?」

 ……ああ、条件つきでな。あいつのやりくちはいつもそうなんだよ。

「前から疑ってたんだけどさあ、あいつホントはアイルランド人じゃなくてスコットランド人なんじゃねえの」

「ステレオタイプ的差別発言をするのはやめなさい」

 とクリスは俺をたしなめたが、喉の奥で鳩みたいな声で笑っていた。

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