第43話 アオモリへ①
「あれが聖山よ」
リッカの指差す先には、青々とした木々が生い茂った山がそびえ立っていた。
はるか遠くの山の頂上付近は切り拓かれて、大きな寺院の様な建物がいくつも建てられいるのが麓からでも見て取れた。
ヒイラギ達一行は、あの白神山地での死闘から2日間経ち、コミュニティを泊まり歩いて、今日の昼間ようやく聖山の麓にたどり着いていた。
「この頂上にロードが・・・」
ヒイラギは額に手を当てながら、太陽の日差しが眩しいのか目を細め山の頂上あたりを見ている。
「行こう、もう少しでこの旅も終わりだ」
ユダは少女の方にポンと手を置くと、先んじて山道を登り始める。
山道はしっかりと整備されていて、木々が生い茂る薄暗い森の中に、木の階段が奥深くまで続いていた。
「この山だけど、出るらしいわよ」
山道を登っていると、突如リッカが声を潜めてこんな事を話し出す。
「出るって何がですか?」
ヒイラギは、興味津々といった様子で聞き返す。
「幽霊よ」
「まさか」
「聖山は世界で最も霊界に近い土地って聞いた事ない?」
「それは知ってますけど、だからってそんな・・・」
「既に亡くなってしまった大事な人に会えるって伝説があるらしいわ」
「ふんっ、幽霊なんて馬鹿らしい」
ここまで黙って聞いていたユダも思わず口を挟む。彼はそう言ったオカルトチックな話が苦手であった。
「大事な人か」
ヒイラギは、そうポツリと呟くと、心の内には一つの淡い期待が浮んでいた。
樹海をしばらく進んでいくと、山道の脇に、小さなお地蔵さんがいくつも並んでいるのが見えた。
そのお地蔵さんに供えるように、近くに玩具の風車が、何本も地面に突き刺さっていた。その風車の羽は赤、黄色と鮮やかな色をしており、この薄暗い山中にどこか不釣り合いに感じられた。
「可愛らしい風車ですね」
ヒイラギは立ち止まると、道端にまるで可憐な花のように咲き誇っている、風車達を眺めている。
時折、風が吹いて風車の羽が一斉にカラカラと音を立てて回転した。
リッカは、少女の隣に来ると風車に向かって手を合わせる。
「これは、幼くして亡くなってしまった、魔女の霊を慰める為の物ね」
よくよく風車を見てみると、どの風車にも羽の部分に、小さな文字で名前が書かれていた。
「魔女の子供には、自分の魔力に適応出来ずに、生まれて間もなく命を落としてしまう子が僅かながらいるの」
ヒイラギの生まれ育ったコミニティでも、一人だけ生後数ヶ月ほどで、魔力異常障害で亡くなった子供がいた。そのコミニティには珍しく、両親とも純血の魔法使いの家系であった。
「魔法と言う力の、代償みたいなものか・・・」
いつの間にかユダも隣に来ていて、手を合わせて黙祷をしている。
その後、三人は休憩を挟みつつ黙々と山道を登り続けた。
中腹を超えた辺りだろうか、ヒイラギはある異変に気が付いた。
周囲には薄っすらと霧が発生しており、今までの道中、辺りの木々には青々とした葉っぱが生い茂っていたが、急に葉っぱが枯れてしまっている木々が至る所に見られた。
少女は頭の奥でこの異変が気になっていたものの、先頭を登っているリッカとユダに置いていかれない様に山道を登り続けた。
奥に進むと本格的に霧がだんだんと濃くなり始め、次第に辺り一面が真っ白になった。
ヒイラギは、不安に襲われて立ち止まった。周囲をキョロキョロと見渡しても、白い霧が覆っているばかりで、人の気配がしない。
「ユダさーーん」
「リッカさーーん」
少女は声を振り絞って叫ぶ、だが返事は帰って来なかった。
ヒイラギは一体どちらに進んでいるのか、自分でも分からないまま歩き続ける。
すると、次第に霧は薄くなっていき、辺りが見渡せるようになってきた。
「ここは」
ヒイラギは思わず絶句した。
今まで森の中を歩いていたはずなのに、そこは荒地で、無造作に大きな石が積み上げられて辺りには小さな石の塔がいくつもあった。
薄っすらと霧がかかっている中で、その無機質な光景は異常で、自分がこの世ではない地獄にでも迷い込んでしまったのかと錯覚させた。
さらに「あっ」と、ヒイラギは小さな叫び声を挙げる。
信じられないものを目のあたりにしたからだ。
「お母さんっ、お父さん」
遠くに、見間違えようのない人たちの姿があった。
ヒイラギはフラフラと惹かれる様に、その人影に向かって走り出した。
特徴的な赤い髪をした母親が、生前と変わらない生き生きとした目に笑顔を浮かべて、こちらに手を振っている。
そして、その隣には優しそうな表情をしたお父さんも、また同じようにこちらに手を振っているではないか。
ヒイラギは、その人影に向かって走り続けるが、一向に距離は縮まらない。
母親のカガリは何か喋っているらしく、口をぱくぱく動かしているが、娘の耳にはその言葉は届かなかった。
「おかーさん、何聞こえないよ」
ヒイラギは何とか両親に触れたいと思い、右手を前に突き出して進むが、やはり二人には近づけなかった。
次第に霧がまたもくもくと濃くなっていって、すっかり周囲が見えなくなる。
それでも、ヒイラギは何とか両親の元に辿り着きたい一心でジタバタともがくように走り続ける。
「ねぇ、待って」
一言だけ、少女は両親に伝えたい事があった。
「私はもう大丈夫だから、心配しないで。一人で生きていけるから」
すると、霧の中から声がハッキリと聞こえてきた。
「うん、ずっとあなたの事は見ていた」
それは母親の、力強く愛情に溢れた声だった。
「君は本当に強くなった」
続けて、いつも優しかった父親の声が聞こえる。
「もう自分の足でどこまでも歩いていける」
そして最後に両親の二人の声が同時に聞こえて来たと思うと、周囲の霧はすっかりと晴れて、元の木々が生い茂っている山道に戻ってきていた。
ヒイラギは周囲を見渡すと、リッカとユダが近くに立っている事に気が付いた。
「ヒイラギ無事だったのね」
リッカは少女の姿を見つけると、駆け寄り手を取る。
「急に霧が濃くなって驚いた」
リッカは普段と変わらない様子であったが、背後にいるユダは目が赤くまるで泣いた後の様に見えた。
「ユダさんも・・・」
「ああ、君も会ったか」
ユダは、ヒイラギに見られたくないのか顔を手で覆って横に背けている。
その後、1時間ほど急な山道を登り続けると、石で出来た階段が姿を表した。
山道に沿って左右にうねりながら敷かれた石段は、見える範囲でもざっと数百段はありそうで終わりが見えなかった。
「もう少しで頂上ね」
リッカは目を細めて、そびえ立つ石段を見上げている。
「ここに来て、これを登るのか」
ユダは、うんざりとした表情を見せる。
「行きますよー」
ヒイラギは張り切って先頭に立って、石段を登り始める。この旅の目的であるロードにもう少しで会えるので、少女は逸る気持ちを抑えきれない様子だった。
うねうねと左右に伸びる石段をしばらく登り続けると、途中でふとヒイラギは後ろが気になり振り返ってみた。
透き通る様な青い空の下には、広大なアオモリの大地が広がっていて、いくつかのコミュニティが豆粒ほどの大きさで視認出来た。
さらに遠くに目を向けると、どこまでも広がる海が見えた。
(また、ここに来たんだな)
聖山の頂上付近からこの景色を見て、ヒイラギはぼんやりと、そんな感想が浮かんできた。記憶はおぼろげだが、幼い頃に母親におんぶされて、全く同じ景色を見ていた。
「わあ、久しぶりだなここからの景色」
リッカはヒイラギの隣に立つと、同じ様に地上の景色に見とれている。
「リッカさんも、前にロードに会いに来たことがあったんですよね」
「うん、もう5年も前になるかな」
昔を思い出すようにリッカ話し出す。
「16歳の頃に、一人でロードの元を訪れて祝福を受けたわ」
「それで、やっと一人前の魔女として認められるってわけ」
「えっ、そんな風習初めて聞きました」
ヒイラギは驚いたように目を見開く。
「ふぅん、同じ魔女のコミュニティでも違いがあるんだな」
下の段に立っている、ユダが興味深そうに口を挟む。
「この娘のコミュニティは少し特殊だからね」
ヒイラギが生まれ育ったのは、魔女とノーマルが共生する事を目的に作られたコミュニティだった。
「純粋な魔女のコミュニティではどこでも一般的な習慣なはずだから、あんたの母親も同じ事をしているはずよ」
「お母さんも・・・」
ヒイラギの表情に、わずかに寂しげな色が浮かぶ。
「それなら良い機会だし、ついでにその祝福とやらをしてもらったらいいじゃないか」
ユダはヒイラギの寂しげな表情を見て、すかさずフォローする。
「はい、機会があったらお願いしたいです」
ヒイラギは笑顔でうなずく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます