第29話 二人の星➁
その頃、一人部屋に残されたヒイラギはベッドに横たわって枕に顔をうずめていた。
「うーーん」
昨日は、イバラキの砂漠の真っ只中でセイラムの軍人に襲われ、超越者レズリーの助けで何とか窮地から逃れる事が出来た。
しかし、その戦いの最中で親友であるカラスのジジを亡くしてしまっていた。そのショックから、少女の気分は重く沈み込んでいた。
同時に、レズリーから言われた言葉がずっと頭の中で引っ掛かっていた。
「賢者の石・・・か」
8年前のあの事件。
ヒイラギの生まれ育った共存コミュニティが、何者かの集団に襲われた。
その事件で、両親は殺害されて、まだ8歳だったヒイラギも銃弾を受けて瀕死の重傷を負った。
あと少しで少女の命の灯火が消えると思った所で、サンタクロースの様な白い髭の老人が目の前に現れた。そして、赤く光る不思議な石を取り出して、それをヒイラギの体内に入れて一命を取り留める事が出来たのだ。
ヒイラギの命を救った、あの石の事をレズリーは賢者の石と言っていた。
(どうして、私の体内にある石の事を知っていたんだろう)
石の事を知っていたと言う事はあの襲撃事件も知っているのか、またはレズリーも関係していたのかもしれない。
しかも、賢者の石と言うのは、魔法を究めようとする魔女にとって、とても重要なものらしく災いの種になると言っていた。
ヒイラギとしてもそんな物騒なものは手放してしまいたいが、少女の体内にただその石は存在しているのだ。
手放そうと思ってもそれが出来ない。
さらに気になったのが、立ち去る前にレズリーが口にした、「私たち超越者はあなたを見ている」と言う言葉だった。
どうやらヒイラギが賢者の石を持っているのと、母親であるカガリの娘だからと言う理由で、なぜか神にも近い存在である超越者からマークされているようだ。
そして、レズリーの口から母親のカガリの名前が出てきた時は本当に驚いた。
「まさか、お母さんがそこまで凄い魔女だったとは」
共存コミュニティで一番優れた魔女である事は幼心にも分かってはいたが、あくまでたかだか数十人規模のコミュニティの中だけの話しだと思っていた。
しかし、話を聞く限りでは超越者にも届く才能を持った超一流の魔女だったらしい。
考えれば考えるほど疑問が湧いてくるが、一向に答えは出てこない。
いつかもう一度あの、とんがり帽子の魔女に会った時に答えを聞くしかないだろう。
旅に必要な物の買い出しはリッカに任せて、黒いスーツを着た青年は一人で、とある場所に来ていた。
裏路地に入った所にあるお店で、薄暗い店内には所狭しと武器が並べられていた。
刀剣、槍、銃、ダガー、斧、戦槌、薙刀、盾など一通りの武器は揃っている。驚く事に、ヌンチャクと言うかなり珍しい武器も取り扱っていた。
正直、魔女のコミュニティでまともな武器が手に入るとは思っていなかったのだが、
予想に反して品揃えが豊富だった。
(武装は全て砂漠に置いてきたからな。この先何があるか分からないし、しっかりと準備はしておかないと)
リッカにだいぶ文句は言われたが、何とか一通りの武装を買えるだけのお金は借りて来ることが出来た。
スキンヘッドの中年男性の店員にショーケースから色んな銃を出してもらうと、青年は手慣れた手付きで銃を念入りに点検し始める。
もし戦闘中に銃が故障でもしたら命に関わる。真剣な様子で色んな銃を吟味して、最終的に状態が比較的良く、メンテナンスが簡単なコンパクトなハンドガンを選んでカウンターの上に置いた。
「兄さん、あんた何者だい」
他に客がいなかった事もあり、その青年の只者ではない雰囲気に直ぐに気づいたのかスキンヘッドの店員が声をかけてきた。
「いや、ただの通りすがりの旅人ですが」
青年は、直ぐに人の良さそうな笑みを浮かべる。
「あんたはノーマルだよな。どうして旅を?」
スキンヘッドの店員は、じろりと睨み警戒の色を見せる。
「実は、とある魔女に付き添って、アオモリまで行かなければいけないんです。何かあったときのために護身用の武器を、と思いまして」
青年は、怪しまれて騒ぎ立てられてはたまらないので正直に事情を話した。もちろん重要な部分は隠しているが。
「そうか、それはご苦労さんだ。他に何か必要なものはあるかい」
スキンヘッドの店員も、その青年の言っている事を完全に信じた様子で警戒心を解いていた。
「そうだな、あとは刀剣とダガーが欲しいな」
そう言うと、店員は奥からも在庫品を出してくれた。
そして、店員が商品について熱く語ってくれる中で、青年は悩んだ挙げ句、使い慣れているオーソドックスな刃渡り80センチほどの刀剣と、予備の武器として刃渡り30センチのダガーを選んだ。
銃と合わせて代金を支払うと、手元にはほとんどお金が残らなかった。
「また、いつでも来てくれよ」
何故か店員は青年の事を気に入ったらしく、笑顔で手を降って見送ってくれた。
お店を出ると、青年は少し街中を散策してから宿屋に戻る事にした。
ぶらぶらと当てもなく街を歩いていると、いつしか街の中心と思われる広場に着いた。
「大きな木だな」
青年は、広場に生えている存在感のある大木に目を奪われた。
その立派な木の周辺をぐるりと囲むようにベンチが置かれていた。
そこでは、老夫婦が座ってお茶を飲んでいたり、子供たちが集まって何やら一冊の本を覗き込んでいるなど、街の人々は木の周りで思い思いに過ごしていた。
どうやら、この大樹が街の憩いの場になっている様だ。
トウキョウと比べると建物も簡素で電気も通っておらず、技術的にかなりおとっているので一見不便そうだが、この街の人達はこの暮らしに満足しているように見えた。
青年は、今までにセイラムの魔女狩りとして多くの魔女の命を奪って来た。
しかし、こうして実際にコミュニティの中に入って暮らしている魔女達を見ていると、どこか不思議な気持ちになった。
大人達も子供たちも皆平和そうに暮らしており、とてもノーマルに害を為す存在には思えなかったからだ。
青年は、そのまましばらく広場のベンチに座り街行く人々を眺めていた。
「わっ」
すると、いつの間にか隣に小柄な人の良さそうな老婆が座っているのに気付き、青年は驚きの声を上げる。
老婆は鮮やかな紫色のケープを着ており、雪のような真っ白な頭髪が目立っていた。
「お兄さん難しい顔してどうしたの。これ食べるかい?」
老婆はニコニコと笑いながら、手に持っている蔓で編まれたカゴから饅頭を取り出し、青年の目の前に差し出す。
「あぁ、ありがとう」
青年は人の良さそうな老婆の笑顔を見ると断る気にもなれず、饅頭を受け取り一口食べる。
「これは美味いな」
もらった饅頭を食べるとお世辞ではなく自然とこんな言葉が口から出た。
一口食べた瞬間に、ふんわりとした薄い皮の中から黒糖あんこの上品な甘さが口の中に広がる。
「あらぁ、良かったわ」
老婆は、青年が饅頭を頬張る姿を見て心底嬉しうな顔をしている。
「あんたはノーマルかい?」
唐突にそんな事を言い出す、老婆の顔を青年は驚いて見る。
しかし、その顔に敵意などは微塵も感じずに相変わらず穏やかな表情をしている。
「そうだけど」
「やっぱりそうかい、数十年ぶりに会ったよ。よくこんな所まで来たねぇ」
ぶっきらぼうに答える青年に対して、老婆は久しぶりに孫にでも会ったようなリアクションを見せる。
青年はふと疑問が浮かび、思わずこんな事を聞いてしまう。
「どうしてノーマルの僕に親切にしてくれたんですか?」
「今までノーマルは多くの魔女を殺してきた。その逆もあるけど」
青年は口にしてから余計な事を言ってしまったなと感じたが、どうしても興味があったのだ。
老婆はそれでも穏やかな表情を変えずに、上空の青空を仰いで、のんびりとした様子で話し出す。
「私達の中にはノーマルを毛嫌いして皆殺しにしろと言ってるやつもいるけど、私にとっちゃそんなやつは駄々をこねてるガキみたいなもんだよ」
「魔法が使えるか使えないかの些細な違いで同じ人間がどうして争わなきゃいけない」
そう話す老婆の表情は、この時だけは少し悲しげに見えた。
この、自分の倍以上は生きているであろう老婆が、しみじみとした様子でこんな事を話すと、それがまるでこの世の中の真実の様に思えた。
「それに、あんた私の孫にとても似てるんだよ」
老婆は、懐から巾着を出すと、一枚の写真を取り出して青年に見せてくれた。
「ぷっ、似てるかなぁ」
その写真には青年とは似ても似つかないぽっちゃりとした少年が写っていて、見た瞬間思わず笑ってしまった。
その後も、青年はその老婆としばらく取り留めもない話しをしてから宿屋に戻った。
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