第10話 とある魔女のはなし⑧
パチッ、パチッ、パチッ
並んで丸太の上に座る二人の影を、焚き火の炎が照らし出していた。
電車の車両の近くの空き地に焚き火を起こして、ヒイラギとリッカの二人は食事の準備をしていた。
リッカは長い黒髪をシュシュで後ろにまとめると、持っていた卵をフライパンで炒め目玉焼きにして、近場で摘んできた野草も一緒に炒めてお皿に盛り付ける。
ヒイラギも、自分の荷物からパンと干し肉を取り出して二人のお皿に載けると、今日の夜ご飯は完成である。
カラスのジジにも、小皿にいつものカリカリのフードを入れて差し出す。
「いっただきまーす」
二人とも日中に色々あってお腹が空いていたのか一気に完食してしまう。
リッカが食事の後に小鍋を出してきて、お湯を沸かし、香りの良いハーブティーを淹れてくれた。
焚き火のゆらゆらと揺れるオレンジ色の炎を囲みながら、ハーブティーを飲んで一息つく。
「ねぇ、あなたまだだいぶ若そうだけど年はいくつなの?」
「16歳です。ついこの間、魔女として一人立ちを認められたばかりです」
「わたしより5つも年下じゃない。へぇーっ、その歳であれだけの上級魔法を使えるのか」
「それで、見たところあなたも旅をしているみたいだけど目的は?まさか観光じゃないわよね」
今は生まれ育ったコミュニティ内で一生を終える魔女も多く、こうして旅をしているのは珍しいと言える。
「ある人に会うためにトウキョウに向かっています」
「トウキョウって、ノーマル達の本拠地みたいなものじゃない。それってかなり危険じゃないの?」
「危険だとは思いますが大事な用事があるので」
さすがに今日あったばかりの人に、魔法使いとノーマルの平和のためにトウキョウに行くとは言えないので、ヒイラギは言葉少なに旅の事情を話す。
「リッカさんはどうして旅をしているんですか?」
「わたしはかれこれ3年くらい、旅をしながら各地の植物を観察して種を採取しているの。こう見えても植物学者の端くれなのよ」
「ウチの遠い祖先が植物学の教授だったみたいでね、それで植物使役みたいなマイナー魔法を研究し出したんだろうけど。今でも代々ウチの家系は、魔女として一人立ちをしたら各地を旅しながら植物の研究を続ける事になっているの」
「そうだ」
リッカは、名案でも浮かんだかのように両手の手のひらをパンっと合わせる。
「わたしもちょうどトウキョウ付近に自生している植物を採取しに行こうと思ってたの。道中一緒に旅をしても良いかしら」
「はい、ぜひお願いします。リッカさんがいてくれると心強いですし」
「じゃあ決まりね。旅は道連れ世は情けとも言うし、これからよろしくね」
リッカが手を差し出して来たのでヒイラギも応えるように握手をする。
「ところでちょっと良いかしら」
唐突にリッカが神妙な顔で話し出す。
「あなた魔法でお湯を出せたりするかしら」
「えっ、それぐらいなら出来ますけど」
ヒイラギはキョトンとした顔で首をかしげる。
「最高〜シャワーなんて久しぶり」
目の前には一糸もまとってないリッカの全裸姿があり、すらっと伸びた肢体、白く綺麗な肌があらわになっている。何やら柑橘系の良いニオイのするソープで全身を丁寧に洗っている。
ヒイラギは魔法でリッカの頭上から温水を出し続けながら、女性同士ながらも遠慮して裸を見ないように顔を横にそむけていた。
そんな事もありながら夜もどっぷりと更けてきたので、ヒイラギとリッカは車両の中に入って寝る支度をする。
「こっちで寝てちょうだい」
車両の中には、両側にクッションの効いた細長い座席が備え付けられている。
ヒイラギは勧められた、向かって右手側の座席にゴロンと横になる。幅が狭いので寝返りは打てないが、クッションが思ったより効いていて寝心地は悪くはない。
ジジがちょうど頭の上辺りで眠ろうとしているのか、座席を足で引っかきながらせわしなく体を動かしていた。やがて眠るポジションに納得したのか大人しくなった。
リッカも反対側の座席に向かい合うように寝転ぶ。
「じゃあ、灯りを消すわね。おやすみ」
リッカはにっこり笑いかけると、サイドテーブルのランプの灯りを消してタオルケットに包まる。
「おやすみなさい」
久々に天井のある場所で寝ることが出来て、近くにリッカもいる安心感からかヒイラギはすぐに深い眠りに落ちた。
翌日、車両の窓から射し込む朝陽でヒイラギは目が覚めた。
「うーん」
大きく背伸びをして辺りを見回すがリッカとジジの姿が見えない。どうやらもう起きているようで外から何やら物音がする。
ヒイラギは体に掛けていた赤いブルゾンに袖を通して着ると、寝起きの目をこすりながら車両の外に出る。
外に出て、まず大きく深呼吸をすると、森林の澄んだ空気が体に活力を与えてくれた。
「おっ、やっと起きてきた。おはよう」
リッカはこちらに気づいて挨拶をしてくる。焚き火を起こしていて、串刺しにした魚をいくつか地面に立てて焼いていあ。
香ばしい魚が焼けてくるニオイにつられたのか、ジジも焚き火を囲んでじっと魚に見入っている。
「おはようございます」
ヒイラギは、まだ頭が回っていないのか消え入りそうな声で挨拶を返す。
「なに、寝起きが悪いタイプだったの」
「そうなんです・・・特に今日はぐっすり眠れたのもあって」
「そう、意外ね。あなた、ちょっと抜けてる所があるけどしっかりしてそうな雰囲気だから」
リッカはそこまで話すと、こんがりと焼けた魚をこちらに手渡してくれた。
「さぁ、これ食べて目を覚まして」
「ありがとうございます。この魚は、リッカさんがわざわざ海まで取りに行ってくれたんですか?」
昨日も林を抜けて近くの海まで行ったが、往復するのに軽く1時間以上はかかるはずだ。
「まさか、私がそんな面倒な事しないわよ。昨夜のうちにこの子にお願いしておいたの」
静止していたので気づかなかったが、リッカの近くには1メートルくらいの大きさの巨大なツタ植物が立っていた。その傍らには、魚をこれで採ったのか投網が転がっている。
昨日言っていた自律制御で、寝ている間に植物に魚を採りに行かせていたのだろう。
「いただきます」
昨夜と同じように、二人揃って丸太に腰掛けて焼き魚を頬張る。この魚はアジだろうか、身がホクホクしていてとても美味しかった。
ヒイラギは魚の身を小さくほぐすと、肩に乗っているジジにもお裾分けをする。
二人は食事を終えると、魔女としての日課である瞑想を一緒に行うことにした。
「すーっ、はーっ」
二人並んで草花の生い茂る柔らかな地面にそのままあぐらをかいて、目を閉じ自分の呼吸に意識を集中していく。
「ふーっ」
人里離れた林の奥深く、ときおり聞こえる鳥の鳴き声以外は全くの静寂につつまれていて、瞑想を行うにはうってつけの場所だった。
二人は時間をかけて丁寧に自分の内面に入り込み、身体の感覚に身を委ね精神と肉体を調和させていく。
精神と肉体の機能の調和を保ちながら、どんなに極限状態の時でも集中力のスイッチを入れられる事は魔女にとって必須の能力である。
平常時にどんなに凄い魔法を使う事が出来ても、危機的状況で精神が動揺してしまい体が萎縮している状態だと、魔力を思うようにコントロール出来ずに魔法が発動出来なくなってしまう。
そのため、小さな子供が魔女としての修行を初めて行う際にも、真っ先に教えられるのがこの瞑想の訓練である。
「ふぅ、そろそろ終わりましょうか」
リッカの合図でヒイラギは意識を徐々に外側に戻していく。
瞑想が終わると、リッカは車両の中に入り荷造りを始める。
中に散らばっていた自分の荷物を全て大きな黄色いバックパックにまとめると、寝袋を担いで外に出てきた。
「さあ、腹ごしらえも日課も済んだし、トウキョウに向けて出発しましょうか」
「はい、ジジ道案内お願い」
ヒイラギは、肩に乗っているジジの頭を軽く撫でて話しかける。
すると、ジジは黒い羽をはばたかせて上空に飛び立ち、木々の上まで上昇すると、先導するように地上にいるヒイラギ達を見ながらゆっくりと上空を飛んでいく。
「へぇーっ、頭良いのねあの子」
リッカは感心したようにジジの姿を見上げる。
二人はジジの先導のおかげもあり、迷う事なく元の電車の線路が敷かれた道に戻って来ることが出来た。
ヒイラギは線路の上に立ち、バックパックから地図を取り出して広げる。
「ここからトウキョウまで・・・線路沿いを歩いて1週間くらいですかね」
「なかなか遠い道のりね」
「じゃあ短い間だけど、トウキョウまであらためてよろしくねヒイラギ」
昨夜のようにリッカは飾らない笑顔で手を差し出してくる。
「はい、よろしくお願いします」
ヒイラギも手を差し出し、線路の上で二人は固く握手を交わした。
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