第9話 とある魔女のはなし⑦

 車両の中にいたのは盗っ人チューリップではなく、長い綺麗な黒髪が特徴的なミステリアスな雰囲気の美女だった。

「えっ」

「えっ」

 二人は顔を見合わせて互いに全く同じリアクションをする。

「あっ、どうも〜」

 ヒイラギは知り合いだと思って全くの他人に声をかけてしまった時のように、照れ笑いをして何とかその場をやり過ごそうとする。

「あっ、いえ〜こちらこそ」

 車両の中央の通路の部分に立っている、美女もペコリと律儀にお辞儀をする。

 すると、その後ろからひょこっとあの巨大チューリップが姿を見せる。

「あーーーっ、こいつーー」

 ヒイラギは、諸悪の根源である奇っ怪なチューリップを指差して叫ぶ。

 そして叫び声にびっくりしたのか、巨大チューリップはまた美女の後ろに姿を隠した。

 その姿を様子を見た美女は、まるで我が子をかばうかの様に目の前に立ちはだかる。

「ウチの子が何か」

 そして、こう言い放つではないか。

「えっ、まさか」

 ヒイラギは、口をパクパクさせながら前方を指差す。

「奇っ怪な植物を使った盗賊団の親玉?」

 突拍子もない事を口走る。

「プッ、ふふふっ」

 目の前の女性は吹き出して笑いだした。

「あなた、なかなか面白い事を言うじゃない。事情を聞かせてくれるかしら」


 そして数分後、事情を説明して今にいたる。

「コラッ。食料を取ってきてって言ったけど、人の物を盗んで来ちゃ駄目でしょ」

 女性はパンの入った袋を取り上げて、巨大チューリップを叱る。そして、奇っ怪な植物はまるでその言葉を理解しているかのように、申し訳無さそうにしおしおとうなだれている。

「はいっ、返すわね。ごめんなさいねウチの子が悪さして」

「いえっ、そんな気にしないでください」

 ヒイラギは、無事に貴重な食料が戻ってきてほっと胸を撫で下ろした。

「ところで、あなたも魔女よね。入って来た時に魔力の流れを感じたわ」

 女性は、長い黒髪を手でいじりながら興味深そうにヒイラギを見つめている。

 ヒイラギは、この車両に入った時に直ぐに魔法を使えるようにスタンバイしていたのだが、どうやらそれに気づいたらしい。

「はい、そうです。と、言うことはあなたも・・・」

「ええ、私も魔女よ」

 そう答えた声は、ややハスキーでクールな印象を受けた。

「名前はリッカと言うの。よろしくね」

 リッカは、目の前まで歩いてくると手を差し出してくる。並ぶと平均的な身長であるヒイラギより頭半個分ほど背が高く、女性として身長が高い。

 あらためて容姿を見ると、色白で艶々とした綺麗な長い黒髪に、切れ長の目が魅力的な美人である。服装はカーキ色のシャツに、下は黒のハーフパンツにサンダルと言うラフな格好だが、スタイルが良いのでとても様になっている。

「わたしはヒイラギと言います。そして彼はジジ」

 ヒイラギは握手を交わした後に、いつの間にか戻ってきて右肩に乗っているジジも紹介する。

「使い魔ね。今時の魔女にしては珍しい」

「いえ、ジジは使い魔と言うより友達ですね」

 ヒイラギはジジのつるりとした頭を撫でる。

「小さな頃に、森で怪我をして動けなくなっているジジに出会って。家に連れて帰ってお世話をしている内に仲良くなって、今までずっと一緒にいます」

「へぇ、良い魔女は動物に好かれるって言うもんね」


「それにしても凄いですね。これも魔法ですよね」

 ヒイラギは目をキラキラ輝かせて、リッカの傍らで、未だにしおしおと反省のポーズをしている巨大なチューリップを指差す。

「そう、私は植物を使役する魔法が得意なの」

 リッカは、巨大チューリップを慰めるように花の部分を撫でている。

「世の中にはこんな魔法があるのかと驚きました。今まで、生まれ育ったコミュニティの中から出たことが無かったもので」

「いや、世の中と言うより・・・こんなマニアックな魔法を本気で研究してるのってウチの家系だけだと思うよ」


 基本的に、魔法使いは親が師匠として自分の子供に魔法を教える。なので子供も師匠である親が得意な魔法を教えられ、その子供が一人前になった後は、その魔法をさらに工夫して、また自分の子供が出来たら教えると言う繰り返しである。

 なので、家系によって使う魔法にかなりの独自性があったりもする。

 さらには遺伝子レベルで得意な属性の魔法や性質などがある程度決まるので、良い魔法使いになる為には、親が得意な魔法をそのまま修行するのが一番効率が良いと言われている。


「これって、一体どうやってるんですか」

 ヒイラギは、巨大チューリップの花びらの部分をつんつんと突っついている。

「まあ、秘密と言いたいところだけど迷惑かけたから特別に少し教えてあげるよ」


 リッカは、車両の外に出るとキョロキョロと周囲を見渡す。

「おっ、ちょうど良い。このチゴユリで試そうか」

 地面から数十センチ茎が伸びていて、小さくて可憐な白い花を付けた植物の前にしゃがみ込む。ヒイラギも後ろからその様子を見守っている。

「あたりまえだけど、植物をこのサイズのまま使役してもパワー不足であまり役にたたないの」

 リッカは、小さな白い花を指で撫でる。

「なので、魔法で成長促進と遺伝子情報の書換を同時に行い、実用的な植物に作り変える」

 目の前にあるチゴユリに向かって手をかざすと、そのまま目を閉じて精神を集中する。

 すると、にょきにょきとチゴユリの茎、葉っぱ、花弁、の順で下からどんどんと巨大化していく。

「うおーっ、どんどんデカくなってく」

「カアッ、カーッ」

 ヒイラギは驚きの声をあげ、あんぐりと口を開けている。ジジも同様に驚いたのか、肩から飛び立ち、巨大化していく植物の周りをぐるぐると周りながら鳴き声をあげる。

 あんなに小さかったチゴユリは、ヒイラギの身長をはるかに超えて大きくなり続け、2メートル位まで膨れ上がった所でようやく成長を止める。元々のサイズの実に10倍くらいの大きさである。

「ふーっ、大きさ的にはこれ位が限界ね」

 リッカは一息つくと、得意げな表情で少女の方を振り返る。

「凄すぎます。あんなに小さかった花が、まさかこんなに大きくなるなんて」

 ヒイラギは心底感心したように拍手をする。

「そして、植物使役の魔法の本領はここからよ」

 リッカは巨大化したチゴユリに手をかざすと、太い茎の部分から左右にぶらぶらと揺れ、大きな葉っぱも上下に揺れ出した。

 その動きは、まるで巨大な花がダンスをしているようだ。

 そして、リッカが右手を斜め上に挙げる。 すると、チゴユリの右手側の葉っぱが瞬間的にニョキッと伸びて、近くにあった植物の小枝をスパンっと一刀両断に切り落とした。

「これは、植物を操り人形の様に動かしている状態ね。常に対象の植物に意識を集中して大量の魔力消費が必要だけど、自由自在に動かせるの」

 確かに、リッカが意識を他に向けているとチゴユリは微動だにしない。

 リッカはもう一度、目の前のチゴユリに手をかざし数分の間、意識を集中する。

 ぼこぼことチゴユリの根っこが地面から出てきて、触手の様に根っこをうねうね動かして勝手に辺りを徘徊し始めた。

「そして、これは自律制御の状態。維持し続けるために微量の魔力を消費するだけで済むけど、この状態では複雑な動きも出来ないし簡単な指示しか理解できないわ」

 先ほどとは違って、リッカが意識を集中しなくても自分の意志で勝手に動き回っている。

「これは戦いには向かないわね。せいぜい日常生活で身の回りの世話をさせるのに使うくらい」

 先ほど、ヒイラギの食料を盗んだ巨大チューリップもこの自律制御で動いていたようだ。

 

 リッカはパチンと指を鳴らすと、魔法が解除されたのかチゴユリは元の大きさに戻って地面に転がって動かなくなっていた。そして、そのチゴユリを地面の土を掘り返し丁寧に植え直す。

「私の魔法の説明はこれで終わり。ヒイラギあなたの魔法についても教えてよ」


「うーん、わたしのはリッカさんのと違って取り立てて特徴なんてないしな・・・基礎魔法を発展させた魔法しか使えないので」

「ふーん、いわゆる王道と言われる魔法使いね。得意な属性は何なのさ?」

「得意と言われても、全てまんべんなく使えると言うか・・・」

「まさか、四大元素全て得意とか言うんじゃないでしょうね。2属性使えればかなり器用、3属性使えれば天才と言われているのに」

 四大元素は火、水、土、風で構成されている。火と水、または土と風はそれぞれ相反する属性となっていて大半の魔法使いがどちらか片方の属性の適性しかない。それが、3属性使えれば天才と言われる所以である。

「もう亡くなってしまったんですが師匠であった母も4属性全て使っていたので、わたしも当たり前の様に全ての属性の魔法を教わっていました」

「なるほど、母親も非凡な魔法使いだったわけね」

「私なんてドマイナーな魔法しか使わない家系なのに、あなたは王道の魔法を使う家系で、なおかつ血筋にも恵まれているなんて・・・なんて羨ましいの」

 何かリッカのコンプレックスを刺激してしまったようで、ヒイラギは困ったようにただ笑みを浮かべていた。


 その後は、リッカが「私の目の前で魔法を使って見せてくれるまで信じないわ」と言い張るので、二人で電車の線路がある方向とは反対側に林を突っ切って海岸に行く事になった。

 そこでヒイラギは、海に向かって四大元素の火、水、土、風属性それぞれの上級魔法を一通りぶっ放して見せた。

 それを見たリッカは驚きの表情を見せると、「フフッ・・・私の負けよ」と謎の敗北宣言をする事態になった。


 そして、また林の中の電車の車両がある場所に戻ってくると、すっかり日は暮れかけて空は茜色に染まっていた。

「ヒイラギ、せっかくだし今日は泊まっていきなさい。この車両の中は意外と寝心地も良いのよ」と、リッカが言ってくる。

 連日の野宿で疲労も溜まっていたので、それはヒイラギにとってありがたい申し出だった。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて泊めさせてもらいます」

 ヒイラギは律儀にペコリと頭を下げる。

 聞くところによると、リッカも旅の途中でたまたまこの車両を見つけ、あまりの居心地の良さに、かれこれ一週間くらいここで寝泊まりをしているとの事だった。

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