第4話 とある魔女のはなし④

 帰り際にミズタは、「これからの旅に必要になるだろうから」と、何やら巾着袋をテーブルの上に置いていった。

 巾着袋を持ってみると、ずっしりと重く、中を見ると紙幣や硬貨が詰まっていた。

 この旅に必要だと思って、ミズタがノーマルの間で流通しているお金を掻き集めてくれたのだ。コミュニティ内にいる、ノーマルの人に頼んで譲ってもらっただけではここまで集まらないはずだ。きっと、闇市場で入手したものもある事だろう。

 その苦労を考えると、ミズタへの感謝が溢れて思わず泣きそうになる。

 ヒイラギは思いを受け止める様に、しばらくその巾着袋を大事そうに胸に抱きしめていた。


 その後、ヒイラギはジジと一緒にシャワーを浴びて部屋に戻って来ると、そのままベットにぱたんと後ろ向きで倒れ込む。

(この、思い出深い我が家で寝るのも今日で最後か)

 そうして感傷に浸っているのも、つかの間、直ぐにウトウトし始めていつしかヒイラギは眠りに落ちていた。


 〜

 めらめらと燃えさかる炎。

 周囲の建屋に、次々と火が移っていく。

 そして、周りの喧騒。

 ダーンッ

 目の前で銃弾が母親の胸を貫いた。

 いくら凄腕の魔女でも、さすがに急所を撃ち抜かれたら治癒魔法をかける暇もなく一瞬で絶命した事だろう。

 あれほど、生命力に満ち溢れていた母親が嘘みたい。

 ダーンッ 

 立て続けに銃声が聞こえる

 そして、いつしかわたしも致命傷を負っていた。 

 ドサッ

 地面に崩れ落ち、目の前が一瞬で真っ暗になる。

 生にしがみつくように、必死で腹這いに這って何とか建屋の中に隠れようともがく。

 気が付くと、目の前に茶色い皮靴が見えた。

 誰かが目の前に立っているようだ。

 「遅かったか・・・彼女はもう」

 「超越者になれる才能を持っていたのに・・・道を誤ってしまったばかりに」

 何やら目の前に立っている男は、ぶつぶつと呟いている。

 痛む体で、ゆっくりと頭を上に向ける。

 そこには、立派なサンタクロースの様な白い髭を蓄えた老人がいた。

 わたしの事を気の毒そうな表情で見下ろしている。

 そっとしゃがんで、地面を這っているわたしの顔に、その立派な髭を蓄えた顔を近づけてくる。

 「娘か、まだこんな小さな子が可哀想に」

 老人は眉をひそめて、悲しげな表情をしている。

 「お嬢ちゃん、生きたいかい?」

 唐突な質問。

 生きたいかって、そりゃ当然だろう。

 「かはっ、いきたい」

 なけなしの気力を振りしぼって答える。

 老人は、その様子を見てコクリとうなずく。

 地面に這っているわたしの体を両腕で掴むと、ゴロンとあお向けにひっくり返す。

 「げほっ」

 あお向けひっくり返された衝撃で、体に激痛が走り思わずむせてしまう。

 老人に右腕を頭の後ろに入れられて支えられると、ゆっくりと上半身を起こされる。

 自分の体が目に入る、腹部に銃弾を受けたのか、どくどくとお腹から赤い血が流れるのが止まらない。

 「少しキツイかもしれんが、我慢しな」

 老人は空いている左手を、自分の心臓に当てると赤くまばゆいばかりの光を放ち始めた。

 そして、その赤く輝く左手をわたしの心臓辺りに当てる。 

 瞬間、感じていた痛みが、感覚が全てが吹き飛んだ。

 否、時間差で全身が発火したような、さらに激しく荒々しい痛みが全身を襲って来た。

 ガタッ、ガタッ

 あまりの痛さに全身が激しく痙攣する。

 次第に、その燃え上がるような感覚は遠ざかる。

 そして気が付いた。

 わたしの中に何か、が入っている事に。

 〜


 「ぜえっ、はぁっ」

 ヒイラギは、体には汗をびっしょりとかき、呼吸が乱れた状態で目が覚めた。

(また、あの夢をみたのか)

 彼女にとってはあれは、遠い昔のトラウマとも言える忌まわしき記憶だった。あの夜から、この少女の人生がまさに一変したのだ。

 枕元のすぐ傍で、黒々とした体を丸めてすやすやと寝ているジジを起こさぬ様に、静かにベットを出る。

 そして、キッチンに行くと、コップに水をなみなみと注ぎ、それを一気に飲み干した。

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