きっと明日には、全てがダメになっている

燈外町 猶

1・嬌声と慟哭

 普段は彼女にもてあそばれるがままの私が今夜、こうして海莉かいりの上に覆い被さり、見様見真似で指先を動かしているのには深い理由わけがある。

 寝るつもりのないベッドに理性を持ち込むのは無粋極まりないが、どうせ長くは続かない。「ちょっと」だの「ダメ」だの言いつつ全く抵抗しない海莉の上気した頬や晒された肋骨のお陰で、私は既に、当初の予定を忘れ本能に身を委ねようとしているからだ。

 ――ダメだ。そんな調子ではいけない。

 彼女の背に手を回してホックを外しつつ、心の中で鉢巻を締めた。

 ――これは単なる情事ではない。これから響かせるのは私達の存在証明なのだから。

「海莉」

 私は唇を彼女の耳たぶに押し付けて愛撫しながら、静かに呼びかけた。

「海莉、名前を呼んで」

 刷り込むように繰り返す。同時に、固く閉ざされた彼女の唇を中指で撫でる。乾燥対策のリップが剥がれ落ちても構わずに続ければ、やがて軟弱な門は開き、寂しがり屋の真っ赤な熱い器官が媚びるように絡み付いた。

「こー、ちゃん……」

 間抜けな発音でようやく私に応えた海莉は、恥ずかしげに目を瞑った。いつも私にしている行為を、まさか自分がされるだなんて思ってもみなかったらしい。

「んっ……」

 左手を口元に添えたまま右手は海莉のなめらかな体の中心へと滑らせる。縋るように私の体へ抱きついた海莉は熱い吐息を零しながらうごめいた。その細い腰は私の指から逃げるように引いては、求めるように返ってくる。

 しばらくそうして波のように揺れ動いていたが、やがて潮は満ち、月明かりで水飛沫が透ける。繰り返す。何度も。果てども果てども果てなき営みを何度も繰り返す。

 呼吸は荒れるが、互いに潤いを循環させる私達の喉が渇くことはない。けれど、海莉の喉は今夜、枯れてしまえばいい。

「海莉」

 私も名前を呼び返して、それ以上は何も言わなかった。これから先、人間の言葉はいらない。意味のある言葉なんていらない。雫の跳ねる音と、感情が溶け込んだ吐息だけでいい。

 ――それを、聞かせてやればいい。

 ――今からあんたたちに聞かせるのは、彼女の嬌声であり、私の慟哭だ。

 そんな風に私は、海莉の体を前にして彼女の家族のことばかり考えていた。

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