三分間


 遡る事、十分程前。


 自らの部屋へ戻ってきた僕はドアを開けた。


 出迎えたミュウを見て、思わず眼を見張る。


 リボンで髪の両側頭部を結び、ツインテールにしていたからだ。


「どうしたんだよ、それ?」

「にゅ」

「す、すいません」


 ベッドの端に腰掛けているシエラが、おずおずと言う。


「ミュウちゃんが、リボン付けたいっていうんで」


 よく見ると、ミュウの髪を結んでいるのは先程僕が買ってきたリボンだ。


「そうか、シエラにやってもらったのか。うん、似合ってるぞ」

「んみゅッ」


 ミュウは嬉しそうに笑顔を見せる。


「もう、具合は良いの?」


 僕はシエラの方を向き問いかける。


「はい、もうすっかりよくなりました」


 彼女は肌の血色も朝よりずっと良さそうだ。


「よかった」


 ……て、のんびりしている場合ではなかった。


「ちょっと、プル借りていくよ」


 僕はベッドの上のプルを拾い上げ、急いで部屋から駆け出ようとした。

 が、ぐいっと腕を掴まれ室内へ引き戻された。


 僕の右手首を握り締めたミュウが、不安げな顔でこちらを見ていた。


「ミュウ……」


 どうやら察しているらしいな。僕が今から、危険な場所へ赴こうとしている事を。


 僕は一度、プルを床に手放す。

 ミュウの頭に優しく手を乗せた。


「安心しろ。お前を置いてけぼりにはしないよ」

「……やくそく」

「ああ、約束だ。必ず、戻ってくるから」

「んうッ」

「じゃ、行ってくるよ」


 僕はプルを抱いて部屋から駆け出た。

 廊下を走り、イリスの元までやって来る。


 訝しげな顔をする彼女の手前にプルを置く。


「こいつに、単独転移ソロテレポートをかけてみてくれないかな」

「あわわわ。駄目なの、スライムだろうと飛べないのッ」

「いいから、頼むよ」

「ううぅ……」


 イリスは僕に言われた通り、もはや自棄の様にプルに自らの両手をかざす。


「ほら、何も起きないの」


 彼女の言葉通りプルが転移する事はない。

 けど、確かに魔術はその小さな身体に行使されたようだ。


 僕は、プルに両手で触れる。


「ダイブ」


 イリスが、突然意識を失い倒れた僕を前におろおろしている。


「エイルさん、大丈夫なのッ?」


 急いでプルのステイタスを確認する。

 特技の欄には、次のようにあった。


 単独転移ソロテレポート✕1


 よし、ちゃんと【保存】されているぞ。


 プルに頼み、僕を自らの身体に戻してもらう。

 何事もなかった様に起き上がる僕に、イリスは心配そうな眼差しを向ける。


「キミに話しておきたい事があるんだ」

「な、何なの?」


 イリスは緊張感からか顔を少し強張らせる。


 僕は全てを打ち明ける事にした。


 【潜入ダイブ】というスキルについて、それとプルの【保存】についても。


 今から行うべき事を円滑に進める為には、すべからくそうする必要がある。

 それに、イリスも自らの【単独転移ソロテレポート】について僕に話してくれたのだ。彼女を信頼する事にしよう。


「す、すごいの」


 僕の説明を聞き終えたイリスは、呆然とした顔で呟く。次いで、興奮を露にする。


「すごいのスキルの持ち主なの! エイルさんも、スライムもッ」

「そこでお願いだ。こいつに、キミの【単独転移ソロテレポート】を五、六回ほどかけてもらえないかな」

「え……あ、はいなのッ」


 一瞬、戸惑いの表情を見せるも、イリスはすぐに僕の意図する所を理解してくれたようだ。

 合計五回分、プルに【単独転移ソロテレポート】を【保存】させてもらう。


 僕らは、次のように取り決めた。


 まず、イリスがソフィーの元へ転移する。

 状況を確認だけして、即座にリディアの元へ戻ってくる。

 向こうの状況を踏まえた上で改めて作戦を練る。


 もし、イリスが戻って来なかったら、それは彼女とソフィーが危険な状態に置かれている可能性が高い事を意味する。


 三分間待っても、イリスが戻らなかった場合。

 僕(プル)は、ビンセントの元へ転移する。で、二人の救出へ向かう。

 勿論、そのパターンは避けたい。


「じゃあ、行ってくるの」


 イリスは、さすがに酷く緊張した様子だ。


「気をつけてね」

「は、はいなの。ソフィーの元へ……」


 【単独転移ソロテレポート】を使用したイリスの姿は、僕の目の前からふっと消失する。


 僕は急いでリディアの部屋の前へと向かった。

 廊下で、きっかり三分待つ。


 目の前のドアが開く事はなかった。


 念の為、もう三十秒待ってからドアをノックする。室内から顔を覗かせたリディアに問うも、イリスは転移して来ていないらしい。


 ……まずいな。

 避けたかったパターンか。


 向こうの状況は、想像以上に危機的なのか?


 けど、そうであるならば逆に行かない訳にはいかないよな。

 イリスと約束したんだ。


 僕は自らを奮い立たせ、自分の部屋へ駆け戻る。

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