第27話 レイチェルの父親
「こちらの部屋でフリード様がお待ちしております」
クロエさんは言いながら、ドアをノックする。
すると部屋の中からドアが開く。
「お待ちしておりました」
ドアを開けたのはブレッドさんだった。
「こちらへどうぞ」
ブレッドさんが部屋の中へ案内する。
ここは客間のようだ。
そして、椅子に男性が座っていた。
「レリアーナ……」
男性は立ち上がり、レイチェルの元へ向かってくる。
表情は今にも泣きそうだった。
その様子から説明されなくても、この方がレイチェルのお父様で、王弟のフリード様だと分かった。
「レリアーナ!」
フリード様はレイチェルを抱き締めた。
「お父様……」
レイチェルは泣きそうな声で答える。
「信じられない。早馬でお前は魔王と相打ちになったと聞いていた……大体の事情はブレッドから聞いているが、直接もう一度、説明をしてくれないだろうか?」
「はい、分かりました。それではまず、彼を紹介させてください」
全員の視線が俺に集まった。
緊張感が増す。
「君がレリアーナを救ってくれたアレックス君、で間違いないかね?」
フリード様の口調はとても柔らかかったが、俺の緊張が緩むことは無い。
王族は気難しく、短気で我儘、士官学校時代に仲間内でそんな悪口を言っていたし、実際に歴史を見ると権力に任せて、悪行の限りを尽くした王が何人もいる。
ゴシユア王国の王族の評判を考えると暴君、ということはないだろうけど、少しでも機嫌を損ねてしまったら、と考えてしまう。
「は、はい。私はルガルド王国軍後方部隊所属のアレックス、ロードであります!」
俺は多国籍軍共通の敬礼をした。
この国にはこの国の挨拶があるかもしれないが、生憎、それは知らない。
多国籍軍共通の敬礼なら、礼節を欠くことは無いだろう。
「アレックス君、これまでの経緯を君の口から私に聞かせてくれないかね?」
フリード様は真っ直ぐに俺を見た。
「えっと、あの、その……」
何かしゃべらないと……
しかし、緊張で頭が回らない。
そんな俺の様子を見て、フリード様は、
「おっと、すまなかったね。いきなり過ぎた。椅子に座って、ゆっくりと話をしよう。クロエ、紅茶と菓子を持ってきてくれるか?」
「かしこまりました」と言い、クロエさんが部屋から出て行った。
俺たちは着席する。
その間に俺は気持ちを落ち着かせた。
話す内容を頭の中で整理する。
そして、レイチェルと出会ってからのことや俺自身の能力について説明した。
俺が説明をしている間、フリード様はずっと真剣な表情だった。
「なるほどな」
もしかして、俺のような平民がずっとレイチェルと行動していたことに不興を買ってしまったのだろうか?
そんな俺の心配は不要だった。
しかし、フリード様の行動に驚かされることになる。
「ありがとう。本当にありがとう。レリアーナをここまで連れて来てくれたこと、本当に感謝する」
フリード様は俺に対して、感謝しながら、頭を下げたのだ。
「フリード様、王族が簡単に頭を下げるのはどうかと思いますが?」
ブレッドさんが指摘する。
俺もブレッドさと同じことを思った。
威厳を大切にする王族が頭を下げるなんて、想像できなかった。
「娘の命を救った者に感謝するのは、親として当然であろう」
俺は呆気に取られてしまった。
フリード様は想像していた王族とまったく違う。
「アレックス君の能力については分かった。それで二人の旅をどうだったかね? レリアーナの表情を見る限り、楽しいものだった、と予想はできるのだか?」
フリード様は俺たちの旅に興味を持ったようだ。
「色々、ありましたよ」とレイチェルが話を始める。
「…………」
レイチェル、頼んだぞ。
もし、馬鹿正直にレイチェルの裸を見たとか、胸を揉んだとか、股間に顔を埋めたとか言ったら、俺の首が飛ぶかもしれない。
当たり障りのないことを言うんだ。
「裸を見せたり、胸を揉ませたり、股間に顔を埋めたられた関係です」
…………え? ん!? おい!!
レイチェル、何を言っているんだ!?
「ほう、アレックス君……」
フリード様が俺にとても、それはそれは、とても熱い視線を向けて来る。
「あっ、いや……、その……、全部事故で……」
嫌な汗が出て来た。
もしかして、王族の女性に性な罪を犯したってことで、俺は処刑されるの!?
いや、普通の処刑じゃないかもしれない。
肉を削がれたり、四肢に縄を付けて牛に引っ張らせたり、虫攻めとか…………
俺は血の気が引いていった。
「中々に面白そうなことになっているじゃないか!」
フリード様は豪快に笑い始めた。
「…………えっ?」
俺は夢でも見ているのだろうか?
「やっぱり、そう思いますよね、お父様!」
レイチェルは興奮気味に言う。
……ん?
「なるほどな……繋いだ手を離せなくなった男女。題材として、目新しさには欠けるが、王道だな。お約束もきちんとこなしている」
ん?
俺は何か聞き間違えたのだろうか?
「やっぱりそう思いますよね! こんな状況、小説みたいですよね!」
ん?
レイチェル、なんで君は楽しそうなんだい?
「レリアーナ、私もこの手の展開の小説は何度も書いたし、読んだ。だが、実際に男女が一緒に行動しないといけない場合、どんな問題が起きるか、もっと聞かせてくれないか?」
フリード様はとても興味を持っているようだった。
ん?
小説を書いた?
「良いですよ。あっ、でも、本当に恥ずかしいことは言いませんからね」
「父は娘に対して、そこまで気配りが出来ないわけじゃないぞ」
「あ、あの、ちょっと待ってください」
俺が二人の会話を分断する。
さっきまでなら王族の会話を分断するなんて、恐れ多くて出来なかっただろう。
だけど、今ならあまり抵抗が無い。
なんだか、レイチェルが二人いるような感覚になってきたからだ。
「なんだい、遠慮なく言ってみてくれ。君からも色々と聞きたいんだ」
フリード様は俺に対して、怒るとかは一切なかった。
「えっと、小説を読むのはともかく、書くのですか?」
俺が尋ねるとフリード様はとても良い笑顔になった。
「そうなんだ! 私は子供の頃から小説を書くのが好きでね! いつからか、人々に読んで欲しいと思ったんだ。あっ、ただし、私の名前では出版していないぞ。信用のおける者たちに協力してもらい、身分を隠して、執筆活動を行っている。王族が書いたとバレれば、率直な意見というのはもらえなくなるからな。ある界隈で私は結構有名な作家なんだ」
身分に頼らずに、というのは素直に凄いと思った。
自分を誇示するだけなら、王族と言った方が早いはずだろう。
フリード様は「そうだ」と言い、立ち上がらると客間にあった本棚から一冊の本を手に取る。
「これは最近、執筆した本なんだ。良かったら、少しだけ読んでくれないか? ここの一番盛り上がる部分からでいいから」
そう言って、フリード様は終盤の部分を開いて俺に渡す。
いやいや、いくら見てもらいたいからって、一番盛り上がるところだけを渡されても…………とは思ったが、断るわけにもいかずに俺は指定された場所から小説を読み始めた。
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