第13話 レーテ村へ向かう

 馬車を手に入れた生活はとても快適だった。

 足は痛くならない。

 馬たちが頑張り、目的地まで俺たちを運んでくれる。


 とても快適だ…………まぁ、それは俺だけなんだけどね。


「ア、アレックス、ちょっと止めて…………」


 レイチェルは顔を真っ青にして言った。


 言われた通り俺が馬車を止める。

 するとレイチェルは俺の手を引っ張って、草むらへ向かった。


「おえぇぇぇ…………」


 そして、嘔吐した。


「大丈夫かい?」と言いながら、俺はレイチェルの背中を擦る。


「あ、ありがとう…………」


 レイチェルは少しだけ顔色が良くなった。

 水の入った水筒を手渡すと口の中を濯ぐ。


「馬車苦手だったの?」


「そんなことは無いと思ってた。式典とかで馬車に乗ったことがあったけど何ともなかったし……」


「今回みたいに長旅で、しかも整備がきちんとされていない街道だと駄目みたいだね。少し休もうか」


 馬たちにも休息が必要だろう。


 俺たちは少し歩いて移動し、川の傍までやって来た。


「食欲はないかい?」


 先ほど吐いたばかりだし、食べたくないと言われれると思ったが、

「ううん、少し歩いたら気分は良くなったし、お腹が空いた」

という返事が返ってきたので、俺は簡単な食事を作る。


 馬たちは近くの草を食べていた。


「平和だな」


 俺が作った料理を食べるレイチェルを見ながら、呟いていた。


「どうしたの?」


「いやさ、正直な話、魔王になんて勝てないと思っていた。あの戦いで俺は死ぬんだろうなってさ。それなのに生き延びただけじゃなくて、まさか勇者と旅をしているなんてさ」


「それを言ったら、私だってまさか魔王の呪いを無効にできる人に助けられるなんて思わなかったよ。…………ねぇ、私って迷惑だよね?」


 レイチェルは暗い表情になった。


「いきなりどうしたんだい?」


「だって、アレックスは戦いが終わって、本当ならゆっくりしたいでしょ? それなのに私に付き合わせちゃって…………」


「気にしないでくれ。俺が好きでやっていることだ」


「…………どうして、アレックスは私を助けてくれるの?」


「魔王を倒した勇者を助けるのは当然、っていうのは多分、建前だね。本音を言えば、凡人の優越感だよ」


「優越感?」


「凡人の俺を勇者が頼ってくれる。そういう風に思うと自己肯定が出来るからさ。がっかりした?」


 俺はあんまり善人だと思われたくない。

 立派な人間じゃないんだ。


「ううん、別にがっかりしないよ。私の為に色々してくれた事実は変わらないし、それに…………」


 レイチェルはズイッと顔を近づけた。


「アレックスはそんな優越感だけで私を助けたわけじゃないと思うな。それだけで助けた人が大した見返りも求めずに一緒に旅をしてくれるとは思えないもん。少なくとも肉体関係くらいは迫って来るんじゃないかな?」


 俺は持っていた器を落としそうになった。


「君は男を、いや、俺を何だと思っているんだい?」


「えっ、だって、私の読んだ本だと『助けてやったお礼はどうすればいいか分かるよな?』と言って、色々始まっていたよ?」


「だから、小説と現実を一緒にするな」


「でも、少し傷付くな。アレックスは私とこんな生活をしているのに悶々としないの?」


 しないと言ったら、嘘になるが今の状態だとどうしようもない。

 レイチェルの言う小説のような展開を迫るわけにもいかないし…………


「変なことを聞かないでくれ」


 俺がそう答えるとレイチェルは笑った。


「どうした?」


「ううん、アレックスは正直だなって思ってさ。だって、無い、って答えなかった」


「あんまりからかうとおかわりが無くなるぞ?」


「うわっ! ごめんなさい!」


 レイチェルはそう言いながら、俺に器を差し出した。


 こうしていると普通の少女だ。

 よく笑って、よく食べて、好きなことを話す。

 魔王と戦った勇者なんてことは忘れてしまいそうだ。


「あんまり食べ過ぎるとまた吐くよ?」


「大丈夫、酔い止めの方法は考えたから」


 レイチェルが言う酔い止めの方法は単純なもので、自身に身体強化と自己治癒の魔法をかけた。


 レイチェルならではの解決法だな。


「こうして、馬車で旅をするのってなんかいいな」


 馬車酔いを克服し、レイチェルはご機嫌で旅を楽しんでいるようだった。


「小説みたいで、ってこと?」と俺が聞くとレイチェルは首を傾げる。


「そんな小説があるの?」


「いや、旅を題材にした小説は結構をあると思うよ。君だって、官能小説以外も読むでしょ?」


「えっ、あ、うん。そうだね。あはは…………っていうか、私は官能小説を読んているなんて一言も言ってはないはずだよ?」


 いや、今までの状況証拠で完璧に黒だろ。


「じゃあ、好きな小説のタイトルを言ってもらえるかな?」


 俺が提案するとレイチェルは顔を赤くした。


「私にそれを言わせるなんて、アレックスって変態だね」


「…………」


 一体にどんなタイトルを言うつもりなのだろうか?

 もう、それは官能小説を読んでるって認めているだろ?


 そんな風にのんびりと会話をしながら、馬車が街道を進んでいく。


 そして、三日後、俺たちはレーテ村へ到着した。

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