第3話 〝御旗の勇者〟レイチェル

※今回は第三者視点になっております。




「人間共に吾輩が…………!」


 魔王の居城を奇襲した勇者たちは魔王を追い詰めた。

 魔王の魔力核はすでに破壊されて、体は崩壊しつつある。


 だが、勇者たちも無傷とはいかなかった。


 攻め込んだ十名の勇者の内、七名が魔王に倒され、二人は瀕死だ。


 最後まで戦場に立っていた御旗の勇者、レイチェル一人だった。


 そして、たった今、レイチェルが魔王の体を剣で貫き、致命傷を負わせたのだ。


「魔王、これで終わりです!」


「小娘が……! 逃がしはしない。お前には死ぬよりも酷い呪いをかけてやる!」


 魔王はレイチェルと相打ちになることも出来た。

 だが、自分を滅ぼした人間を簡単に殺すなどありえない。


 死ぬよりも酷い結末を魔王はレイチェルに用意する。


 魔王は崩れかけの右手でレイチェルの左腕を掴んだ。


「何をするんですか!? 放しなさい!」


「放すわけがないだろう…………! 『永久吸生の呪い』…………! これでお前はもう人間の輪には入れない。魔族以上の化け物になったのだ!」


 魔王は邪悪な笑みを浮かべる。

 レイチェルは魔王から呪いを受けてしまった。


「くっ…………!」


 魔王が放したレイチェルの左腕は酷く熱を持っていた。

 左腕には見たことがない呪印が浮かび、そして消える。


「精々苦しめ、勇者よ。ウハハハハ…………」


 魔王は高笑いをしながら消滅した。


 どんな呪いかとレイチェルは身構えたが、今の所、体に異常はない。


 それどころか、魔王との戦いの疲労が消えていく。


「一体、これはどんな呪いなんでしょう?」


 即効性ではなく、遅延性の呪いなのか、とレイチェルは考えたが、今はそれどころではない。


「二人の治療をしないと…………」


 レイチェルは瀕死の戦友二人の元へ向かった。


「そんな……」


 しかし、一人はすでに息絶えてしまった。


 最後に残った勇者の筆頭ウォーカーに近づくと彼も急速に衰退しているのが分かった。


「ど、どうして?」


 レイチェルは回復魔法を使用するが、回復より衰弱の方が早い。


「レイチェル、おかしい。体の生気が吸い取られているようだ…………」


 それがウォーカーの最後の言葉だった。

 彼も絶命し、レイチェルは一人になってしまう。


 レイチェルはおかしいと思った。

 瀕死だったが、勇者がそう簡単に死ぬはずがない。

 それにウォーカーの「生気が吸い取られる」という言葉が頭に残る。


「『永久吸生の呪い』って、まさか…………!?」


 レイチェルは一つの可能性に辿り着いて魔王城の城内を走る。


「やっぱり……私の側には虫の一匹もいない」


 それだけじゃない。中庭へ出ると途端に生えていた草木が枯れてしまった。


「私が全ての生き物の生気を吸い取っている…………?」


 しかもその吸い取り方が尋常ではなかった。

 木が一瞬で枯れ、空を飛んでいた鳥が絶命し、落ちて来る。


 レイチェルはその存在自体が災厄になってしまった。


「………………!」


 そして、助かるはずだった仲間の二人を自分が殺してしまったことに気付いた時、嘔吐し、涙を流した。


 しかし、止まっているわけにはいかない。


「私たちが魔王を打倒したことを知った兵士の方々がここへ来てしまう…………」


 そうなれば、多くの犠牲者が出てしまう。


 レイチェルは転移結晶を取り出した。


 転移先は魔王城へ乗り込む前に自分たちが集まっていた森だ。


 レイチェルが転移するとあっという間に森が枯れていく。

 その速度も、範囲も異常だった。


「………………」


 レイチェルは自分がとんでもない化け物になってしまったことを理解する。


「こうなっては仕方ありません……」


 レイチェルはたった今、枯れてしまった大木に腰掛け、剣を抜いた。


 その剣を自分の首に当てる。


「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……!」


 レイチェルは過呼吸を起こした。


 魔王と戦って、死ぬ覚悟はできていた。


 しかし、自決するのには別の勇気いる。


 首に剣を当てたまま、しばらく時間が過ぎた。


 何度も剣を引こうとしたが、出来ない。


 レイチェルはずっと泣いている。


「なんで……私が死なないといけないの……? 魔王を倒したのに……! これから平和な時代になるのに……!」


 レイチェルは一人で呟いた。


 その直後、一羽の鳥がレイチェルの側にボトッと落ちる。


 鳥はすでに絶命していた。

 レイチェルの呪いが鳥を殺してしまったのだ。


 絶命した鳥と目が合った。

 鳥の瞳はまるで「よくも殺したな」と言いたげだった。


 そして、先ほどレイチェルの受けた呪いのせいで死んでしまったウォーカーの顔を思い出す。


「う、うあぁぁぁぁぁ!」


 レイチェルは発狂し、自らの剣で首を斬った。

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