【長編】『魔王の呪い』を受けた女勇者様を助けた結果、繋いだ手を離せなくなった。

羊光

第1話 出会い

「だから、俺たちはどんな時も繋いだ手を離せない」「うん」

「食事の時も」「うん」

「寝る時も」「うん……」

「身体を洗ったりする時も」「……うん?」

「トイレの時も」「……うん??」


「何をする時も俺たちは二人で離れることが出来ないんだ」「う~~ん???」


 レイチェルはそこまで考えていないようだった。


「ちょ、ちょっと待って! アレックスの能力って少しでも離れると駄目なの!?」


「残念ながら」と俺は返答する。


 平凡な軍人の俺と女勇者のレイチェルが偶然出会い、こんな状態になってしまったのには、もちろん理由があった。

 



――二人が出会う前日――




「武器が無い? 医療品が無い? 食料が無い? そりゃ、消費すれば無くなるのは当然だろ! 俺が無限に物資の出る魔法の箱でも持っていれば、問題は解決するかもな。そんなものないけどさ! 俺に一体どうしろって言うんだ!?」


 後方の補給部隊の部隊長を務める俺は愚痴を言いながら、僅かに残った物資をなるべく効率的に配分していく。


 長きに渡る人間連合軍と魔王軍の戦い。


 追い詰められた人間連合軍は起死回生を狙い、勇者たちの魔王城奇襲作戦を実行した。


 俺たち凡人の役割は少しでも魔王軍の注意を引くことだ。

 その為に残存兵力の全てを投入して、このマドヴェルド平原に進出した。


 現在の戦力差は1:3と言ったところで、敗色濃厚だ。


 人間連合軍はすでに人材が枯渇している。


 何しろ、二十歳で大した才能もない俺が補給部隊の部隊長になっている状況だ。


 だが、そんな状況ももうすぐ終わるだろう。


 勇者が勝利し、人類が生き残るか。

 魔王が勝ち、人類が滅ぶか。


 命運は勇者たちに託された。


 勇者とは並外れた力を持つ人間に与えられる称号だ。

 彼ら彼女らがいなければ、人間側はとっくに敗北していただろう。


 そんな人たちが集結して、今は魔王城で決戦を行っている。


 だから、俺たちは別に負けてもいい。

 捨て駒だ。


 勇者たちが勝てば、全てが解決する。


「終わったか……」


 戦線が崩壊したらしく、後方部隊の布陣している場所まで魔王軍の怒号が聞こえてきた。


「子供の頃は英雄や勇者になることを夢見ていたが、結局は凡人。俺はここで死ぬのかな」


 俺は自分でも驚くほど冷静に覚悟を決める。



 しかし、突然、魔王軍は進軍を止めた。



 それどころか退却を始める。


「どうしたんだ?」


 困惑したのは俺だけじゃない。


 敗走していた兵士たちも状況が分からずに困惑する。


「報告! 勇者たちが魔王の討伐に成功! 繰り返す! 勇者たちが魔王の打倒に成功!! 人間の勝利! 繰り返す! 人間の勝利! 俺たちは勝ったんだ!!」


 直後、小型の竜に乗った伝令係が声を拡散させる魔道具で戦場一帯へ吉報を届けた。


 それを聞いて、俺は地面に座り込む。


「勝ったのか? やっぱり勇者っていうのは凄いな」


 命運を賭けた戦いは俺の知らないところで決着した。




 次の日、俺は魔王の居城にいた。


「なんで俺がこんなことをしているんだ?」


 愚痴を言いながら、誰もいなくなった城の調査をしている。


 人間連合軍は勝利したが、被害は甚大だった。


 軍の七割の戦力を失い、さらに十人いた勇者の内、九人の死亡が確認され、一人が行方不明になっている。


 人類の代表ともいえる勇者が十人も集まって、魔王と相打ちだった。


 恐らく、想像を絶する戦いだったのだろう。


 それにしても人員が圧倒的に足りない。


 補給部隊所属の俺が城の調査に駆り出されているのはその為だ。


「もし、残党が残っていたら、俺なんかあっという間に殺されるぞ」


 残念なことに俺は攻撃魔法の類を一切使えない。

 まったく才能が無かった。


「なんだ、ここは?」


 愚痴を言いながら、中庭を調べていると周りの草木が枯れている場所を見つける。


 魔物や魔人の反応が無いことを確認してから、俺は不自然に枯れた草木の道を進んで行く。


「魔法、いや、呪いの類だな。…………んっ? これは転移結晶か?」


 俺は落ちている転移結晶を見つけた。

 転移結晶は名前通り、魔法空間を介して転移できる魔道具だ。


 転移結晶を覗き込むと向こうの様子が少しだけ分かった。


「えっ?」


 結晶に映し出された向こう側では女の子が倒れている。


 首から血を流しているようだ。


 大変だ、助けに行こう! ……と、英雄や勇者なら即決するかもしれない。


 しかし、凡人の俺はどこかも分からない転移先に行くことを躊躇った。


 そうだ、まずは誰かに報告しよう。

  

 そして、戦える人間が行くべきだ。


 …………でも、あの出血量、早く止血しないと死んでしまうじゃないか。


 転移先の女の子の出血は普通ではない。

 生死を左右するほどのものだろう。


「でも、俺には…………」


 それでもなお、躊躇う俺が見たのは少女の涙だった。


「――――はぁ…………」


 事情はまったく分からない。

 でも、後悔する決断はしなくなった。


 俺は転移結晶に魔力を込める。


 すると結晶は反応し、俺は少女の元へと転移した。

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