5話 幸せの在り処
……チリン!……
甲高く愛らしい鈴の音と共に、糸蜻蛉…見聞屋が、留まった指先で青銀色の翅を震わせた。
彼らは情報を集める習性をもつ極小魔物で、対価の甘味さえ支払えば“客”が求める情報を提供している。
……魔族軍は首都リジアに集結し、市内に潜伏する
情報を伝え終えた見聞屋が快晴の空のはるか高みへと飛び立っていく様子を見ながら、トーラスは浅く溜息をついた。
……どうりで、
エマはだいぶん暮らしにも慣れてきてよく笑うようになったけれど、それでもまだ心の片隅でハンクとの再会を恐れている事を、夫であるトーラスはよく理解していた。
……できれば戦死でもしてくれたら、
あれから早いもので1ヶ月が過ぎ、痩せぎすだったエマの身体は太りすぎない程度に肉がつき、適正体重にようやく到達したお蔭で体調は目に見えて好転した。
食生活改善はもちろん、初めて結ばれた日からトーラスはエマの体調を診ながら、ホルモン補充療法を始めたのだ。
見つめる、触れ合う、抱き締める……夫婦としてごく普通のやり取りだけれど、重要なのは愛情を込めて肌に触れ、精神的なストレスを緩和し取り除くこと。
女性機能の問題も解消した今、この調子でいけば自然妊娠も夢ではないだろう。
「エマ、なに作ってるの?」
「お腹を冷やしちゃいけないと思って…ちょっと羽織ものを、ね。まだ春にしては寒いもの…」
暖炉の傍らで、エマは角鹿の毛を拠って色で染めた糸で上着を編んでいた。
トーラスとの結婚を期に、エマは
「そうだね。それに、ここ標高高いから春が意外と遅いんだ」
暖炉で炙っていたチーズがとろけ落ちそうになるのを寸での処でパンに乗せ、かぶりつくトーラスをエマは何とも言えない幸せな表情で見つめていた。
厳しい自然の中で培った生活の知恵で、作れるものであれば何でも器用に作ってしまう。
高山帯なので藤蔦や柳の枝で籠や小物入れなどを手製し、手掛けた品物を持って街に行商に行き、で得た稼ぎで生活をしているのだ。
それに倣って、エマも自分で
そのうち上手く編めたら、トーラスやガルムにも作るつもりだ
「それにしても器用だな、オレそういうのは全然ダメでさ…」
「そんな事ないわ。トーラスだって、よく効く薬を作れるでしょう。誰しも人には得手不得手があるのよ」
「もう、オレの嫁がかわいすぎる…っ!」
だから気に病まないで…と続けようとしたエマを、トーラスは背後から抱きすくめた。
(ある意味)順序は逆になったものの、それからトーラスとエマは段階を踏んで絆を深め、いまやどこから見ても蜜月を過ごす新婚夫婦だ。
玄関扉の向こうで角鹿の世話をしていたガルムは、
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