02
すぐにイリザの家の空き部屋のベッドへと搬送されたエマは輸血に繋がれた。
供血者は、同じ血液型だったハンクだ。
「ごめんなさい、私のせいで貴方まで貧血になっちゃう…」
「少しぐらい、どうともないから安心してくれ…」
「本当に…?」
「ああ…誓って。キミさえいれば、俺は他に何も要らない」
30分弱の輸血で、エマの顔色は大分と良くなった。それが嬉しいハンクは、
コツコツ───。
「はーい、お二人さん管取るよ。
「大丈夫か?」
「ん。大丈夫…」
互いの微細な機微を慮る様子は本当に仲睦まじくて、ノックと共に入室したイリザはハンクとエマの間にかとなく漂う甘い雰囲気に、ニヤリと愉しげに口角を上げた。
───ずいぶんと初々しい
新婚かしら?
「どれ、詳しく診てやろうかね。気分が落ち着いたら、隣の部屋においで」
「よ…よろしくお願いします…」
大らか朗らかなイリザに対して、エマの表情は未だに硬い。おそらく見知らぬ空気、世界に触れて戸惑いが波のように止めどなく押し寄せているのだろう。
返事は返したものの、不安げな素振りを見せるエマに、ハンクは目を細めた。
(困っているエマの
「一緒に行こう。俺も傍にいるから、怖くないよ」
あまり乗り気ではなかったがイリザの親切を無碍にするのも違う気がして、エマは渋々と頷きながらハンクに手を牽かれていった。
2人が寝間に宛てがわれた部屋の隣は診察室然とした造りの部屋で、処置室も兼ねて広い。
白色灯がやはり病院の雰囲気で、エマはキョロキョロと視線をさ迷わせる。
「あはは!なにも、取って食いやしないから安心してよ。まあ楽にして、これに記入してね。ああそれと、体重とかは直近のでいいから」
ペンと問診票を手渡され、エマは質問事項の文章に目を落とした。
まず名前と年齢を記入し、質問に対して自分が該当する部分だけを回答していく。
「はい、ありがとう。お前さんエマというんだねえ。ふんふん、やっぱり体重は見てのとおりって感じだ…」
記入済みの問診票を受け取ったイリザは、エマの両方の目蓋を下げて貧血の程度を確認したあと、木匙で舌と口内の状態をチェックする。
揉みくちゃにされ、いそいそと身繕いするエマの様子を見ながらイリザは適度な間を置いてから再び問診票に沿って問診を始めた。
「覚えている範囲でいいから、最後の月経はいつか教えてくれるかい?」
「……それが、止まったのが随分と前すぎて……覚えてないんです。……すみません、自分の事なのに」
「気にしなさんな。今はできるだけ沢山の栄養を摂って、質のいい睡眠をとることが大事だよ」
「あのイリザさん…」
「なんだい?」
「問診票には書かなかったんですけど、拒食症っぽいのって…治るんでしょうか…」
彼女がずっと不安げだったのはこの悩みが核であることを即座に理解したイリザは、膝の上で固く握り込まれているエマの手を、両手で包み込んだ。
「安心をおし…ちゃんと治るとも。ちいと時間はかかるがね、まだ若いんだし頑張ろうや」
診察の結果…主だって判明したのは、
次に、女性に必須の機能…月経が停止した状態であるのは生命維持が優先された結果であり、ホルモンバランスが整えば自発的に復活するとの事だった。
「毎日少しずつ食事を摂って、まずは胃を慣らして広げることから始めようね」
貸家がイリザの自宅から離れた場所にある為、とりあえずエマはイリザの
……半ば空気と化していたハンクはというと、頑としてエマの傍を離れようとせず、イリザが根負けするまで食い下がり────エマと同じ部屋に落ち着いた。
▽
……キシッ……
食事の後、先に就寝したエマを起こさないよう気をつけながら隣のベッドに横たわったハンクは、エマの病状をゆっくりと脳裏に反芻する。
イリザからエマの女性機能が精神的な理由で低下…ないし停止している事を聞いた時、暗い奈落の底に叩き落とされたような錯覚に陥った。
(そんな、それじゃあ俺の
改善の見込みはあるとはいえ…告知を受けた本人にはそこまで気にした様子はなく、そのことについて詰問…とまではいかないが
しかし……訊ねた自分に気を悪くした様子もなく、エマは“過去に遭遇した大事故で生き残ったその負い目が
あんなに可愛くて素直でいい子なのに、重すぎるトラウマを背負って生きてきたなんて…世の中というものは中々に世知辛い。
「エマ…」
病は気力と密接に関連づいているとも云うし──彼女を死なせない、そう働き掛けるには何が必要なんだろうか。
何をどうすればいいかなんて、
夜の帳を破って、ハンクは密やかにベッドから上体を起こした。
ベッドを降りたハンクは間にあるサイドテーブルを避けて、(ハンク用の)セミダブルサイズのベッドをエマのベッドと連結させる。
「この先に何があろうとも、ずっと傍にいる。約束だ…」
いま自分がエマにできるのは、ただ愛すること。信じること、きつく抱いてやれること。
彼女の固く閉じた心を溶かすために必要なのは、やっぱり無償の愛情なのだ。
彼女の心に、触れたい。触れて、包んで温めてやりたい。
悪夢の霧を晴らせるならば、自分は何だってしてみせる。
───何よりも、誰よりも愛している。
溢れる気持ちのまま、ハンクは傍らで眠るエマをやんわりと抱き締めた。
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