第26話

「よし、さっそく渡しに行こう」


 詩音はポケットの中の箱を確認する。

 向かう先は飯野の元だ。


「うん? な、なによ」


 なんとなく、最近は飯野との距離が遠い気がする。

 特に喧嘩などは無かったはずだが。

 詩音は不思議に思う。


 飯野がなにか、ぶつぶつと言っていた。


「この間のダンジョンのせいかな。なんか詩音の匂いを嗅ぐとドキドキしちゃうのよね」


 何を言ってるのかはよく聞こえない。

 まぁいいだろうと、詩音はポケットから箱を取り出す。


「はいこれ、飯野にあげたくて」

「なによそ――指輪!?」


 詩音が渡したのは指輪だ。


「え、私と付き合いたいってこと!? いや、それは嬉しいけど、でもやっぱり、ああいやでも」


 別に告白とかではない。


「いや、日ごろの感謝の気持ちに、プレゼントしようと思って」

「は?」


 紗耶としたドラゴンの討伐。先日のユニーク侍の討伐。ついでにその配信で貰った出演料。

 それらのおかげで、詩音は結構な大金を手に入れた。


 それを使って、まずは自分の配信に必要な機材。次にハルジオン用のスマホを購入した。

 そして残ったお金で、華恋、紗耶、飯野に感謝の気持ちを込めたプレゼントを贈りたいと考えた。


 残った金額を全額使って購入した指輪だ。

 もちろん三人分。

 いや貯金しろよ。金銭感覚ぶっ壊れてるだろ。

 そう思われても仕方のない愚行だが、そのおかげで指輪は高額なものを購入した。


 家を建てられるレベルで浪費した。

 だが、それだけ感謝の気持ちを伝えられるだろうと、詩音は本気で思っている。


「いや、なんで指輪なのよ」

「なんとなく?」


 詩音は対人経験が薄い。

 女性がプレゼントを貰って喜んでいる場面。

 それを思い浮かべると、ドラマの告白シーンぐらいしか思いつかなかった。


「まぁ、貰えるものならありがたく貰っておくわ」

「うん。受け取って欲しい」


 飯野は指輪を受け取る。


「しかしとはいえ、あなたからプレゼントを貰えるなんてね」


 ピタリと、詩音の動きが止まった。

 今、なんて言った?


「え、なんて言ったの?」

「は? あなたからプレゼントを貰えるなんてね」

「その前は?」

「安物とはいえ」


 安物。


「安物!? 高かったんだよ!?」

「いや、別にケチつけるわけじゃないけど、これはそんなに高くないわよ。あなたからすれば高いかもしれないけど……」


 そんなはずはない。

 現に詩音の銀行残高はゼロになっている。

 あれだけの大金を消費しているのだ。

 まさか、


(だ、だまされた……?)


 ガクリと詩音は膝を落とした。


 詩音が指輪を買ったのはネット通販でだった。


 指輪を買おうと決めた詩音。

 しかし本格的なお店に行くのは怖いなと考えていた。

 そんな時に、ハルジオンあてのメールにアクセサリーのネットショップからメールがきていた。

 そのネットショップは有名な所だし安心だ。

 これ幸いとばかりに、詩音はそのメールの相手と交渉して指輪を買ったのだ。


 それが有名なネットショップを騙る詐欺師だと気づかずに。


「あ、いや、ごめん。嬉しいわよ? プレゼントは値段じゃなくて気持ちだから、私はすごく嬉しいから!」


 飯野がはげましてくる。


「ほんとにそれでいいの」

「すごく嬉しいわ。さっそく付けるわね」


 飯野はに指輪を通した。

 指輪のサイズは詩音が目測で測った。

 ぴったりのようだ。

 無駄なスペックだけは高い奴である。


「そっか、飯野が喜んでくれるなら、それでいいや」

「うん。ありがとうね」


 飯野はにこりと笑った。

 本当に喜んでくれているようだ。


 詩音は立ち上がる。

 安物なのは残念だが、今さら仕方がないと開き直る。


「じゃあ、紗耶にも渡してこようかな」

「は?」


 飯野の笑顔が一瞬でくもった。


「なんで?」

「いや、謝罪の気持ちとして渡そうかなって」

「……止めておいた方が良いわよ?」

 

 飯野は笑いながら言った。

 だが目は笑っていない。

 なにか不満があるのだろうか。


「謝罪するときに物を上げるのは、物で釣ってるように感じられる場合があるわ。紗耶さんに安物の指輪を贈っても意味がないと思うし」


 紗耶はなかなか稼いでる人だ。

 そんな人に今さら安物の指輪を贈っても仕方がない。

 飯野の言う通りかもしれないと、詩音は納得する。


「そっか。それもそうかも……」


 詩音は残念そうにつぶやいた。





 実は、詩音はすでに紗耶と約束をしていた。


 日が傾き始めた時間。

 人気のない公園に向かう。


 すでに紗耶が待っていた。

 紗耶は詩音に気づくと、キッとにらみつけてくる。


「ごめん。待たせたかな」

「話ってなに」


 詩音は高校時代から使っているメッセージアプリで紗耶に連絡を送った。

 あれだけ怒らせたのだから、ブロックされているかも。

 不安だったが、無事に連絡がとれた。


「その……ごめんなさい」


 詩音は深く頭を下げる。


「いろいろ考えたんだけど、なんで紗耶を怒らせたのか分からない」

「……そう」


 落胆したような、ため息が響いた。


「話ってそれだけ? それなら私はもう行く――」


 紗耶が立ち去ろうとする。


「待って!」

「ふにぃ!?」


 詩音が紗耶の腕を掴むと、紗耶は不思議な声を上げた。

 顔を真っ赤にして、ぱくぱくと口を動かしている。

 

「ボクと……ボクとまた仲良くして欲しいんだ」


 詩音はそれが伝えたかった。

 ダンジョン探索を通じて、紗耶と一緒に居るのが楽しいと感じた。

 また仲良くなりたい。

 友だちとして一緒に遊びたい。


「また、ボクと一緒に居て欲しい」

「い、いっしょに!?」


 紗耶の目が、ぐるぐると回っている。

 頭から煙が噴き出しそうなほど真っ赤になっている。


 詩音はポケットから箱を取り出した。


「いらなかったら、捨ててもいいから。ボクが紗耶にあげたいから渡すんだけど」

「ゆ、ゆゆゆゆ指輪!?」

「謝罪の気持ちとか、そういうのは関係ないから」


 詩音は紗耶に指輪を渡した。

 紗耶にはいらない物かもしれないが、それでも気持ちだけでも受け取って欲しかった。


 ちなみにデザインは飯野に渡したものと変わらない。

 ついている宝石の色が違う程度だ。


「受け取って、貰えるかな」


 紗耶に箱を差し出すと、それを大事そうに受け取った。

 そして、


「へ、へへへへ返事はまた今度するからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 

「え、どこ行くの!?」


 紗耶はもの凄いスピードで走っていく。

 なにか急ぎの用事でもあったのだろうか。

 詩音は首をひねる。


「とりあえず、受け取ってもらえたからいっか」





 空を見上げると月が出ていた。

 満月。

 綺麗な月だ。


 自宅のアパート前に着くと、華恋が待っていた。


「こんばんは。詩音先輩」

「華恋ちゃん。はいこれ」


 詩音が箱を差し出す。


「指輪、ですか?」


 華恋は不思議そうに詩音の顔を見つめる。


「うん。いつものお礼」

「なんだ、お礼ですか。こんなもの渡したら告白かと勘違いされちゃいますよ?」

「あ、ごめん。いらなかったかな」

「いいえ、貰っておきます」


 華恋は指輪を取り出すと、につけた。


「え、そこに付けるの?」


 さすがの詩音も左手の薬指は結婚指輪をつける場所だと知っている。

 そこに付けた華恋にびっくりする。


「ええ、ちょうど良かったので」

「ちょうどいい?」


 アパート前での出会いは偶然じゃない。

 華恋から詩音に、会いたいと連絡がきたのだ。


「先輩は、私に感謝してるんですよね?」

「それはもちろん」

「じゃあ、」


 華恋は詩音の首に手をまわす。

 二人の顔が近づく。

 鼻先が触れ合う。

 そして、ささやくように言った。


「私と付き合ってください」





とりあえず1章完結です

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