第24話

 ハルジオンは眼を閉じていた。

 呼吸に集中する。自身の体に流れる血潮を感じる。

 その血がステッキに流れているのを想像する。


 武器は自分の体だ。

 手足よりも上手く扱える。

 そう信じるのだ。 


 ガシャンと足音が鳴った。

 ユニークモンスターが来た。


『ハルちゃん頑張れ!!』『負けるな!』『クソ侍に引導を渡してやれ!』


 ユニークが刀を構えた。

 ハルジオンもステッキを構える。

 両者の構えはとてもよく似ていた。


 ユニークの姿がぶれた。

 その動きはとても速い。

 だが速いだけじゃない。

 動きに予兆がないのだ。


 戦士たちは敵の動きを予測する。

 目、筋肉、息遣い。あらゆる情報を収集して、敵の動きを先読みする。

 それは達人であるほど、無意識気に行っていることだ。


 だがユニークには、その予兆が一切ない。

 からくりの人形だから。

 それもある。

 だが何よりも技がある。

 予兆を感じさせない技術が。


 だからこそ、カレンにもSAYAにも見えなかった。

 だがハルジオンには見える。

 幼いころから、この程度の小細工はさんざん味わってきた。


 ガギィン!!

 刀とステッキがぶつかる。

 刀があらぬ方向へと振られる。


『見えねぇ……』『早えぇよ!』『これ、たぶん早いだけじゃないぞ』『どゆこと?』


 しかし、ユニークは止まらない。


 振り下ろし、横なぎ、突き、ハルジオンは攻撃をなんとか受け流していく。

 正面から受けてはいけない。


 魔法少女スキルは、ある程度は身体能力を上げてくれる。

 しかし、それはおまけのようなものだ。

 本職の前衛たちに比べれば弱い。


 ユニークの攻撃は、その前衛たちをなぎ倒すような一撃だ。

 たった一度でもまともに食らえば、敗北に直結する。


 しかし、このユニークは甘くなかった。


(受け辛くなってきてる……!)


 ユニークの攻撃に緩急が生まれている。

 少しずつハルジオンの受け流しが甘くなる。


 ハルジオンの頬に傷が走った。

 そこから赤い血がにじみ出る。

 かする程度だがユニークの攻撃が当たるようになってきた。

 ハルジオンの体にいくつもの赤い線が走っていく。

 だが、


「ヒール!」


 ころねの回復魔法がハルジオンにかかる。

 あっという間にハルジオンの傷がふさがっていく。

 小さな傷は心配しなくていい。


『ころねさんナイス!』『こっちには回復職が居るんだ。持久戦じゃ負けへんで!』


 それに、ハルジオンは魔法少女だ。

 剣技だけが能じゃない。


 ハルジオンがステッキを振ると同時に、魔法が放たれる。

 それはユニークの顔の前で爆発を起こした


『近接に魔法をおりまぜてる!?』『ガンカタ味を感じる』『さすハル!』


 ユニークがひるんだ。

 その隙にユニークの胸元にステッキを向ける。

 ズドン!!

 圧縮された空気が放たれた。

 ユニークが吹っ飛んだが……。


(SAYAさんが攻撃した時と同じ。衝撃と同時に後ろに跳んだのか)


 ユニークに大したダメージはない。

 おそらく、そもそもの装甲も硬いのだろう。

 それにユニークの戦闘技術が相まって、そう簡単には倒せそうにない。


 しかも、このユニークは悪知恵が働いた。


「ぴゃ!?」

「危ない!」


 ユニークがころねに向かって攻撃を仕掛けた。

 すんでのところでハルジオンが防いだが、勢いを殺しきれない。

 

 ハルジオンはステッキを起点に吹っ飛ばされそうになる。

 しかしそのエネルギーを曲げて、ぐるりと回転してユニークに叩きつける。

 だがユニークはその攻撃を受け流す。

 そして体勢の崩れたハルジオンの首元に斬撃を放つ。

 ハルジオンは首を曲げてなんとか避けるが、前髪の毛先がはらりと落ちた。


『女の子を狙うなよ!』『ハルちゃんも女の子ですよ』『ヤバい。ころねを狙われると戦い辛くなるぞ』


 このままじゃ負ける。

 ハルジオンはそう直観する。


 その時だった――





「さっさと終わらせるわよ」

「言われなくても」


 SAYAはカレンをにらみつける。

 これからカレンとキスをする。

 本当はしたくないが、ハルジオンを助けるためだ。

 そう思ってなんとか自分を奮い立たせる。


 二人は顔を近づけた。

 SAYAのほうが背が高い。

 上から見下ろすような形になる。


 そっと顔を下ろして、口づけをした。


 口先をつけるだけの軽いものだ。

 唇を通じてカレンの体温を感じる。


 SAYAは手錠に意識を向ける。

 外れない。

 外れる条件は時間か、あるいはキスの仕方なのか。

 いちゃラブキスとしか書かれていなかったので分からない。


 SAYAは悩む。

 カレンが首に手を回してきた。

 そしてグイッとSAYAの顔を引き寄せる。


 キスが深くなった。

 カレンの吐く息が口を通じて、肺へと流れる。


 SAYAは文句を言いたかったが、その口はカレンにふさがれている。

 かわりにキッとカレンをにらんだ。

 しかしカレンはいたずらが成功した子供のように目で笑った。


 なんだか小バカにされている気がした。

 お前はまともにキスをしたこともないだろうと。


 バカにするな、キスぐらい『詩音』としたことがある。

 

 SAYAはいら立ちをぶつけるように、カレンの口に舌を突っ込んだ。

 そしてカレンの口の形を確かめるように舌を動かす。


 カレンの目が見開かれた。

 しかし、すぐに睨みつけてくる。


 そしてSAYAの舌を追い出すように、舌を絡みつかせてくる。

 そう簡単には追い出されない。

 SAYAはカレンの舌の裏をくすぐるようになぞる。


「んっ……」


 カレンがくすぐったそうに、甘い声を上げた。

 だがすぐ後に、不機嫌な唸り声のようにのどを鳴らした。


 カレンはやり返すように、SAYAの口に舌を入れてきた。

 お互いの口の中をでまわす。


 ずっとキスをしていると、酸欠のせいか頭がぼんやりしてきた。

 相手のことが分からなくなってくる。

 柔らかいものが、口の中を優しく動き回るのが気持ち良くなってくる。


 カレンの目が溶けてくる。

 SAYAも同じ状態なのだろう。

 夏場のチョコレートのような、甘くとろけた瞳。

 二人は見つめあいながら、キスをむさぼる。


 ギュッとお互いを抱きしめる。

 溶けあうように、お互いの境界線が分からなくってくる。


 もう、『ずっとこうしていたい』と思った時だった。


 ガシャン!!

 手錠が落ちた音が響いた。


 二人は正気に戻る。

 バッと体を離した。


「い、今のは違うわよ!? 手錠を外すために仕方なく!」

「私だってそうだけど!? 嫌で嫌で仕方がなかったけど、しなきゃいけないことだから!」


 二人して似たような言い訳をしていると、馬鹿らしくなってきた。

 それに、彼女たちには時間がない。


「早く戻ろう」


 カレンのその言葉と同時に、二人は走り出した。





 ユニークの刀がハルジオンの体を切り裂こうと迫る。

 

 ガギィン!!


「遅くなってごめん!」


 カレンの剣がそれを受け止めた。


「待たせたわね」


 SAYAの大剣が振り下ろされる。

 狙いはもちろんユニークだ。


 ユニークは後ろに勢いよく跳んで、その攻撃を避けた。


「二人とも! 手錠は外れたんだね」

「ええ、ちょっと口をつけたら簡単に外れたわ」

「愛のこもったラブラブちゅっちゅは、ハルちゃんのために取っておいてるから安心してね!」

「ああ、うん。ありがとう?」


 強がっている二人。

 それをころねが怪しんだ目で見ていた。


「いや、かかった時間的に、そこそこ濃厚なのをしてきたんじゃ……」


『なんか、二人の距離が近い気がする』『あれ、キスシーンはカットなの?』『円盤なら収録されてるよ』『買います!!』


 それはともかく。


 四人は武器を構えた。

 ユニークはそれを警戒するように見つめてくる。


「反撃を始めよう」

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