第21話
四人は引き続きダンジョンを探索していた。
とりあえず、誰もトラップにはかかっておらず、普通の探索を続けられている。
ハルジオンの格好以外は。
(一人だけこの格好なのは恥ずかしい……)
他の三人はいたって真面目にダンジョン攻略を行っているため、一人だけスク水を着ていると、空気から浮いている。
さっさと呪いが解けてくれないだろうかと思いながら歩いていると、
「あっ……」
SAYAが思わずといった様子で声を上げた。
その目線は足元に向いている。
予想通り。SAYAの足元から五芒星が浮き上がる。
そして気がついたときには、SAYAの格好はバニーガールに変わっていた。
『魔王様バニー!』『踏んでください!』『ヒールで踏まれるのは痛いぞ』『経験者は語る』
カジノのディーラーとかやってそうなオシャレな雰囲気だ。
足を包む黒タイツが怪しく光る。
ハルジオンとは違って、耳や尻尾は作り物らしい。
SAYAは自身の姿に気づくと、その顔が真っ赤に染まった。
羞恥よりも、怒りの方が強そうだ。
「な、なんなのかしら。この格好はッ!」
カレンが馬鹿にしたように笑う。
「あー、SAYAさんトラップ踏んじゃったんですね。よくお似合いですよー」
『煽りよる』『あとで自分に帰って来ますよ』
「は? 調子に乗ってるようだけど、どうせキミも踏むことになるわよ」
SAYAは今にも爆発しそうな爆弾のように震えている。
カレンも下手に刺激しないで欲しい。
ハルジオンは気が気でない。
「残念でしたー。私は勇者スキルのおかげで勘がいいのでトラップなんて踏みませーん」
「はぁ!? じゃあ私だけが馬鹿正直に前を歩いてたってこと!?」
「結果的にそうなっちゃうかなー」
「殺す」
SAYAが大剣に手をかける。
『やばい!』『勇者対魔王はもはや運命の対決』『こんなクソダンジョンで戦うなwww』
慌ててハルジオンは二人の間に入った。
「SAYAさん、すっごく似合ってるにゃ。キレイだにゃ!」
「え? そ、そうかしら?」
SAYAが大剣から手を離す。
良かった。勇者と魔王の対決は避けられた。
「それにカッコいいにゃ。思わず見とれちゃったにゃ」
「フフ、そんなに褒めても何もでないわよ?」
SAYAはニヤニヤしながら、ハルジオンの頭をなで回す。
『ちょろ!?』『ハルちゃんがスゴイのか、SAYAさんがチョロいのか』『魔王の威厳はズタボロよ!』
そして満足すると、くるりと後ろを向いてなにかブツブツと呟いていた。
「似たようなの買っちゃおうかしら。『あの人』に見せれば泣いてすがりついてくるかも――」
とりあえず怒りはおさまったらしい。
ハルジオンがホッとしていると、カレンはなにやらウロウロと歩いていた。
それをころねが呆れた目で見ている。
「あ、トラップふんじゃったー」
「いや、わざと踏みに行ったじゃない……」
『ハルちゃんに褒められようとするなwww』『さて、どうなるか……』
例のごとく、カレンの姿が変わった。
ハルジオンところねは、バッと顔を背ける。
そして、カレンの姿を見たSAYAが思わず笑った。
「プッ、フフフ、キミ、ナニその格好」
「え、なに、どうなってるの!? 見えないんだけど!」
カレンの服装は変わってなかった。
ただし、頭には馬の頭が付いていた。
動画投稿者とかが付けてるような、ジョークグッズの。
色は白く、馬の額から角が生えている。ユニコーンだ。
ドコを向いているか分からない目と、ぼんやりと口を開けたアホ面が笑いを誘う。
『草』『なんだそれwww』『ヒヒーンwwww』『馬面で草ですわwww』『草食べますか? つw』
SAYAがスマホの内カメラを鏡のように使い、その姿をカレンに見せる。
「はぁ!? なにこれ!!? やり直しを要求したいんだけど!」
「いいじゃない。よく似合ってるわよ。キミの馬鹿面」
カレンは馬の被り物を取ろうとする。
だが馬面が伸びるばかりで取れない。
諦めたカレンは、もう一度トラップを踏もうと歩き回る。
「あった!」
再びカレンの服装が変化する。
今度はミニスカートのメイド服だった。
血まみれの。
手には鮮血がしたたる包丁を持っている。
「どうかなハルちゃん、似合う?」
似合いすぎていて怖い。
可愛いと言わなければ殺されそうな凄みがある。
「にゃ、にゃん。可愛いにゃん」
『ひえ……』『なんでこんなに似合うんだ……』『こ、怖え』『これは可愛い以外は言えんわ』
カレンとSAYAの二人は、結局よくわからないコスプレトラップを踏んだ。
ハルジオンはなんとなくころねを見る。
「いや、私は踏まないわよ」
それはそうだ。
どんな格好をさせられるか分からない。
自分から踏みに行ったカレンがおかしいのだ。
「そうね、ころねさんには後で役に立ってもらうから」
「今は踏まなくて良いよ」
「おねがいします。回避不可能なトラップなんてありませんように」
話を終えた四人は前に進む。
そしてふすまを前にしてカレンが止まった。
「このふすま、なんか怪しい気がする」
「あら、トラップかしら」
二人はころねを見る。
どうやら出番のようだ。
ころねは嫌々ながら前に出て、ふすまに近づく。
「お願いします! 大したことないトラップであれ!!」
ころねが勢いよく取っ手に手をかける。
ハルジオンが居た横の壁が勢いよく開き、そこから縄が飛び出てきた。
縄はハルジオンとSAYAに絡みつくと、壁の中に飲み込んだ。
「ハルちゃん!?」
壁の中は狭い。
ロッカーくらいの広さだ。自然とハルジオンとSAYAは抱き合うような形になる。
だが、とりあえず危険はないようだ。
壁の一か所に木版が貼られており、そこには『しばらく待てばふすまが開く』と書かれていた。
「とりあえず大丈夫よ。しばらく待ってればふすまが開くらしいわ」
しかし、なぜこんな所に入れられたのだろうか。
ハルジオンは首をかしげる。
「これ、内側からは開けられるようね」
SAYAがそう言った。
ハルジオンも壁の一面を触ってみると、軽く押しただけで動く。
出ようと思えば、出れてしまうらしい。
「にゃんで、入れられたんにゃろう?」
「ふすまが開くまで耐えろってことなんでしょうけど……こんなの少し体が痛くなるくらいで――ッ!!」
SAYAが喋っていた途中で、天井からガスが噴き出てきた。
ピンク色っぽいやつ。
毒かと思ったが、特にハルジオンに変化はない。
だが、SAYAは違ったらしい。
「あ、あれ? なんで、キミがここに、あ、違う、これはハルジオンさん?」
SAYAが慌て始める。
どうしたのだろうか。
ハルジオンが首をかしげると、SAYAが答えてくれた。
「い、いえ。ハルジオンさんのことが違う人の姿と格好で見えてるの。ちょっと、この状況では顔を合わせづらい相手と言うか」
なるほど。
家族かなにかに見えているのだろうか。
ハルジオンは納得した。
〇
SAYAはロッカーぐらいの狭さの場所に閉じ込められている。
謎のガスを吸い込んでから、五感がおかしい。
SAYAと共に狭い空間に閉じ込められているのはハルジオンだ。
そのはずなのに、目の前には詩音の姿が見える。
……ちなみにコスプレはしてない。私服姿だ。ついでに猫語も喋っていない。
そのようにSAYAは感じている。
「大丈夫?」
詩音に声をかけられる。
いつものように、にらみつけそうになるが目の前に居るのは『ハルジオン』なのだと思い出す。
「え、ええ、大丈夫よ」
ふと、SAYAは自分の姿を思い出す。
顔から火が出そうになる。
だけど、それと同時に喜んでくれるだろうかと期待する。
もしかしたらもう一度、一緒になれるのではないかと淡い希望が浮かぶ。
「ね、ねぇ。この格好、やっぱりおかしくないかしら?」
目の前に居るのがハルジオンだと分かっていても、聞きたくなった。
「さっきも言ったけど、すごくかわいいよ」
「はぅ」
ドキドキと心臓が高鳴る。
つい詩音を抱きしめる腕に力が入る。
暖かい体温がSAYAを包む。とても安心する。ずっとこうしていたい。
「SAYA?」
目の前に詩音の顔がある。
二人の鼻先が触れる。
SAYAは詩音の口元に顔を近づけて――
バン!!
勢いよく壁が開いた。
「な、なにやってんのかなぁ!!?」
カレンの怒鳴り声が響いた。
SAYAはハッと気づく。目の前に居るのはハルジオンだ。詩音ではない。
「あ、いや、これは」
『あちゃー』『続けて、どうぞ』『密室でいちゃこらしてたの?』『俺らにも見せてください!!』
カレンがハルジオンを引きずり出す。
そして自身が守るように抱きしめた。
「ハルちゃんに近づかないで、淫乱うさぎ!!」
「いんら――ッ!?」
怒鳴り返そうと思ったが、キスしようとしたのは事実なので強く言えない。
「ハルちゃん! 今度は私と入ろう!!」
「いや、開いたんにゃから先に進もうにゃ……」
カレンを説得して先に進むまで、少し時間がかかった。
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