時神と暦人2⃣ 湘南と多摩の時間物語(後編)
南瀬匡躬
第1話 ♪ガーベラが包むピアニストのまごころ
――暦を司る神さまを
相南桜台
「あ、知り合いだ」
美瑠は新聞を広げて呟いた。
ここはギャラリー喫茶「さきわひ」の開店前の店内である。
コーヒー豆を手動でごりごりと挽きながら、「誰?」とオーナーの山崎凪彦は美瑠に問う。
「凪彦さんは知らないわ。私の音楽教室時代の先輩だから」
「へえー」と山崎は興味ありげに、手を止めて美瑠の方へと寄ってきて、新聞を覗き込んだ。
そこには、『
「国際モーメント首位の受賞者か。すごいね。もう有名人だ」
「毎年名前は挙がっていて、ようやくの受賞だったわ」
自分のことのように誇らしげに思った美瑠は笑顔だ。
「どういうご関係ですか?」と眼鏡を正しながら山崎。
「わたしは電子オルガンを使ったメトロノロンって楽器コースの講師だったんだけど、栄華さんはピアノ科の人気講師。大学からのお誘いを断って、単身ヨーロッパに乗り込んでいった人」というと、山崎は「男のわたしよりも男前ですね」と感心した。
新聞を読んで、そんな話をしている最中、美瑠の携帯電話が鳴る。
番号表示のみの電話を取ると「もしもし。明治さん」と美瑠にとって、どこか聞き覚えのある声がした。
「えっ? あ、はい」と美瑠。
「よかった、番号変わっていなくて。今、私、日月町のあなたの実家のお店にいるんだけど、義理のお姉さんに伺って、
「はい。あの……、どちら様でしたっけ」と美瑠。頭の中は『?』でいっぱいだ。
「すみません申し遅れて。
「あら栄華さん。この度はおめでとうございます。今新聞見たところでした」とすぐに声の主を理解して、慌てて祝辞を述べた。
「ありがとう。実はちょっと相談したいことがあって、仕切り直して、お邪魔でなければ、今からそちらに行こうと思うんだけど、良いかしら?」という問いに、二つ返事で「勿論です! ぜひお越し下さい」と答える美瑠だった。
一時間後、今風のフィアット・チンクエチェントを運転した栄華がやって来た。美瑠は彼女が店に入り易いように、扉を開け放したままにしておいた。なので、店の前の駐車場に入ってきた、その見覚えのあるチンクエチェントが、栄華の車だとすぐに分かった。
栄華はフレアスカートを翻して、店内に美瑠の顔を見つける。
「お久しぶり、明治さん」と美瑠と軽いハグをする栄華。
その横に山崎を見つけると「ご主人ですね。初めまして、角川栄華といいます。ピアニストをやっています。本日はお邪魔します」と丁寧な挨拶をする。
この店にこんな礼節重視の人間が来ることはほぼない。慌てて頭を深々と下げると「山崎凪彦です。本日はようこそおいで下さいました。今コーヒーを入れますので」と言ってカウンターの中に戻った。
栄華が席に着くやいなや 、美瑠は「さっき
「あら由衣ちゃん。懐かしいわ」と栄華が言ったところで、「どうぞ」と山崎がコーヒーをテーブルに置いた。
栄華は彼に軽く会釈をすると、「電話でお話ししたけど、今日、わざわざお伺いしたのは、お願い事があってなのよ」と美瑠の方を向いて、間髪入れず本題に入る。
「はい」と美瑠。両手を膝において、礼儀正しく了見を聞く準備は出来ている。
「あなたも一度、お教室時代に会っていると思うんだけど、私のおばあちゃんのことなの」
「おばあさまって、あの歩く大正美人、絵のような、あの方ですか?」
「ええ。もうずいぶん前に亡くなっているの。ただ私が留学中にね、一度不思議な手紙をよこしたのよ。内容がね、トンチンカンっていうか、私には何が何だかちんぷんかんぷん。ただ文面に町山田の日月町のことが出てきたので、あなたのご実家は、ちょうどそこだったでしょう。それであなたに訊いてみようとやって来たの。遙か、港区から」と栄華。
そう言った後、彼女は鞄から祖母の手紙を出してテーブルの上に置く。
「見て良いんですか?」と美瑠。
彼女は笑顔で「勿論」と言って、掌で『どうぞ』のジェスチャーをする。
赤と青で縁取られたおきまりのエアメールの封筒には、「VIA AIR MAIL」の青いシールが貼ってある。ローマ字綴りで栄華の宛名もある。美瑠は封筒から手紙を出すと、ぱらぱらと音をたてて、四つ折りの手紙を広げる。
「拝啓 日差しも落ち着き、日本は空が高く感じるようになりました。お変わりはないでしょうか。先だって町山田の日月さまにはキンモクセイの御神酒を納めてもらい、ご機嫌よろしく喜んでいただいたようです。旧友にお願いして、あなたが帰国した折には、そのすばらしい演奏も聴くことが出来ました。トリーサン・ホールにはたくさんのガーベラの花を用意できました。七色の街の住民の人たちのおかげです。こんな立派なあなたを見ることが出来て、私は幸せに思います。美しい音色、ありがとう。敬具 祖母より 留学三年目の秋」
美瑠は読み終えて、一頻りすると手紙を自分の前に置いた。
「栄華さんは、留学三年目って何をしていたんですか?」
「もちろん留学していたわ。私は、そのときはヨーロッパにいて、師事する先生からレッスンを受けていたわ」
「うーん」
「ついでに言っておくと、この頃、帰国もしていないし、トリーサン・ホールでコンサートもしていないし、ガーベラももらっていないわ」
腕組みをしながら唸る美瑠。眉間にしわでも出来そうだ。難問を突きつけられた感がある。
「この文面にある日月さまって何?」と栄華が問う。
「栄華さん、私の実家にさっき行ってきたんですよね?」と美瑠。
「うん。お店の方だけどね」
「お店の駐車場に車を止めたとき、お店に向かって左側に用水路あるの気付きました?」
「ええ」
「その小川のような用水路の向こうに、鳥居と石畳の参道見えたの分かりますか?」
「ええ」
「その参道が、日月さまの参道で、奥にこのおばあちゃんの言っているであろう、日月さまがあります」
栄華は懐疑的な様相で「じんじゃ?」と訊ねる。
「はい。アマテラスさまとツキヨミさまの姉弟神を祀る神社です」と説明の後、「おばあさまはあの辺に土地勘のある方なんですか?」と反対に訊ねてみる。
「いいえ。生まれは千葉の南房総市って言っていたわ」と栄華。
その言葉に美瑠の眉は再びピクリと動く。鬼太郎の妖怪アンテナのようだ。
心中で『丸御厨?』と呟く。
話を聞いていた山崎は、二人の横にやって来る。そして栄華に向かって、
「あの、すみません。私は日月社にもご縁のある者なのですけど、その手紙拝見してもよろしいですか?」と訊ねる。彼も何か感じ取った様だ。
栄華は「もちろんです。協力者は多い方が良いです」と笑顔で快諾した。
山崎は、さっと文面を読み終えると、笑顔で「ありがとうございます」と栄華に言う。
「念のためスマホに画像を撮らせて下さい」と山崎。
栄華は「どうぞ」と普通に応える。
そして一枚撮影した後で、山崎は、
「一つだけ質問です。ご自宅にはキンモクセイの木は植えてありますか?」と栄華に問う。
「いいえ」と答える栄華。
「一日、二日かな。時間をくれますか? 七色の街を案内したのが、誰なのかを調べてから、ご説明します」と機嫌良く厨房へと引っ込んだ。
意味の分からない栄華は美瑠の顔を見たまま、不可解な表情で苦笑いをした。
そして厨房の奥から念を押すように、
「お任せ下さい」と愚直なまでに聞こえる、山崎の優しい声がした。
「ではお任せします。よろしくお願いします」
栄華は素直な性格のようで、山崎を信用して深々と頭を下げた。
「彼に任せれば百人力だわ。じゃあ、この件は凪彦さんの預かりってことで」と美瑠も厨房に向かう。
栄華も祖母の手紙を鞄にしまう。山崎の謹厳実直さに託すことにした。ただし反面『そんな簡単な物なのかしら』と傾げる思いもあった。
……と、屋外でエンジンの音がしているのが聞こえた。
開け放したままのドアの外には、クラッシック・ミニが車庫入れしているのが見えた。二〇〇〇年代初頭まで生産されていたBMW傘下前の英国車ミニのことを、今日ではこう呼ぶ。
この「さきわひ」の駐車場は、店の前に左右三台の駐車スペースが設けてある。そのうち左奥一台分と右側は全て埋まっているので、左側一番手前に入ってきた。
しかもその後ろには、プジョー三〇七クーペカブリオレが、ハザードを光らせて待機している。ミニの次に車庫入れをするようである。従って、右の店の入り口側から順に、トヨタのランクル、シトロエンC1、フィアット・チンクエチェント、左手前に行って、クラッシック・ミニ、プジョー三〇七クーペカブリオレ、トヨタ2000GT と満車状態だ。統制こそとれて無いけれど、見る人が見れば、そこそこのカーマニアの集団が来店しているように見える光景だ。
「久しぶり。連絡ありがとう」と声をかける登坂由衣。「こちら婚約者の
二人は「いいえ、おめでとうございます」と彼の遠慮を一蹴して祝辞を贈る。
カウンターの中では、山崎が新たに二客のカップを用意して、お湯を沸かす。自分のゲストでない人を前にすると山崎は無口だ。
「ごめん。顔見せしておきたくて」と由衣。
「ありがとう。でもまずは栄華さんにもお祝いの言葉を」と笑う美瑠。
「そうよね。栄華さんおめでとうございます」と由衣は姿勢を正して微笑む。彼も一緒に声をそろえた。
「ありがとう」と栄華。
今度は美瑠。山崎に向かって、
「登坂由衣ちゃん。音楽教室の元同僚。彼女は今も別の教室で先生を続けています」と紹介する。
山崎は銀盆にカップを載せながら、「いらっしゃいませ」と笑顔で応える。
そしてテーブルにコーヒーを置いていく。
思い出話に花が咲き、ふと入口に目をやると、晴海が立っていた。なぜ誰も気付かないのか不思議なくらい、随分な時間そこにいた筈だ。トヨタ2000GTが入庫していたのは、クラッシック・ミニより先だ。
気がついて、目線が合った美瑠に、
「ノック、ノック」とドアノックの真似をする。
首を傾げながら、「何それ?」と美瑠。
「だから! ノック、ノック」と再び晴海。無理にでも理解させたいようだ。
このお遊戯を理解している栄華が、
「フーズ・ゼア?」と尋ねる。
「晴海」
彼女は分かってくれて嬉しそうである。
「ハルミ・フー?」
「ずっと<見張る>晴海ちゃんよ」と言葉遊びでオチをつけた。
「前からいるのに誰も気付かないんだもん」と愚痴る晴海。そして「私もお手伝いさせて。美瑠さん」と続けた。
参加希望の晴海に、美瑠は、
「勿論、お手伝いは嬉しいけど、さっきのお遊戯なに?」と軽い肯定の後、逆に尋ねた。気になるのは、面妖な遊戯のようだ。
「イギリスの遊び」と晴海。
すると心得のある栄華が頷き、代わりに答える。
「<コンコン>、ノックして、<誰がいるの?>って訊くと、<栄華>ってファーストネーム言うのね。そしたら<どこの栄華さん?>って訊いて、ジョークを交える答えをするの。<エー格好しいの栄華です>とかね」
栄華は笑って「留学で覚えたの?」と訊く。
「いいえ。映画で見たまま真似してみました」と晴海。
「アイシー」と笑う栄華。
「でもこう言った文化までご存じなんですね。やっぱり世界を相手にする人は違いますね」と晴海は尊敬の眼差しを栄華に向けた。
何気なく山崎はふと窓を見て普段と違うことに驚いた。
「美瑠さん、凄いことになっています」
「えっ?」と美瑠。
「うちの駐車場が初めて満車に」
きっと時間を飛び越えることよりも、店の駐車場が満車になることの方が、山崎にとって青天の霹靂なのだ。どこかズレた感覚である。その言葉に美瑠も外を確認する。やはり同様の反応をした。この人もズレている。夫婦漫才のようだ。
「それも見て! ランクル、シトロエン、フィアット、クラッシックミニ、プジョークーペカブリオレ、トヨタ二〇〇〇GTだって。なんて車の勢揃いなのかしら」
「写真撮っておこうかな?」と山崎も未だ興奮の最中だ。
そこで晴海が、「そういえばMR2が見当たらないけど、マスター、車変えたの?」と訊く。
「うん。中古だけど、ランクルにしました」と返す。
晴海は「こっちのほうがマスターには合っているわ」と軽く笑った。
「……ということは、その隣に止まっているシトロエンC1って美瑠さんのか。ついに手に入れたのね」と、晴海が車の話に触れる。
すると美瑠は喜び勇んで、
「よくぞ訊いてくれました。せっせと貯めたお金で、がんばっちゃいました。設計は日本のメーカーなんだけど、チェコで生産しているらしいのよ」と説明。嬉しさのあまり、余計な情報ものせて答えた。
数時間ほどして、思い出話も一段落した頃、由衣と真言は帰ることにした。結婚の迫った二人はなにかと忙しい身だ。
駐車場で彼らの車を見送ると、皆が店内に戻った。
「ねえ、美瑠さん。私、今日、ここで晩ご飯食べていっても良いですか? 作るの面倒くさい」
晴海のいつもの言葉に、「良いわよ」と言う。
そして美瑠は、
「栄華さんも、もしよろしければご一緒しませんか? 私、腕を振るいますよ」と栄華に訊ねる。
「いいの? 突然押しかけたあげくでご飯までって、図々しい感じもするけど……」
「全然……。むしろ、少しでもお話したいから。ただお口に合えばの話」と笑う。
「相変わらず、嬉しいこと言ってくれるのね。気遣いの明治先生だもんね」と古い仲間内の褒め言葉を出す。
「嫌だわ。昔のことを」と笑顔でエプロンのひもを結んでいる美瑠。
自分の知らない美瑠の昔の話に、晴海はかなり興味を持っている。
「何ですか。その気遣いの明治先生って」
栄華は、晴海の方を向き直ると、
「幼児期の子どもって、ピアノもオルガンも最初は鍵盤と言うことで一緒なので、明治さんが面倒見る係だったのね。そうすると子どもだから、中にはお教室に行きたくない、ってロビーで駄々こねる子もいるわけ。それを見て、彼女は空いた時間を使って、その子と遊んであげるのね。たまに難しい曲なんかも弾いてあげて、すると先生とおんなじの弾きたい、って一生懸命に練習に励み出すの。そのモードになった子を私の方に預けてくれたりするのよね。やる気を引き出す美瑠先生」
「へえ……。美瑠さんって、やっぱり昔から優しかったんだ」と晴海の羨望の眼差しが厨房の美瑠へと注がれる。
「よく、『お魚お魚』っていいながら、鍵盤をテケテケと小刻みにしてシューベルトの『マス』を弾いたり、『お散歩お散歩、ワンワン』って言いながら、タッタカタッタカ歩く仕草で『子犬のワルツ』弾いてあげてたわ」と愛情のこもった笑顔で、美瑠の思い出を楽しそうに話す栄華。
「本当なら、明治さんはピアノ科の講師をやるべきだったわ。結構上手なのに『私オルガンが好きなんで』って言って、全く転科しなかった。今でもきっと演奏させたら上手いと思うわよ」
その言葉は美瑠に聞こえていて、
「お褒めにあずかり光栄です。ましてや、角川栄華先生のお言葉で」とまな板の音を立てながら続ける。
「演奏は今でも、店頭の電子ピアノでやっています。良い練習になっています。それで数年に一回、近所の小さなホールやクラッシック専門のライブハウスで一応コンサートもしているんですよ。お客は知人ばかりだけど」と謙遜気味に答える。
「今度、私の舞台でも一曲お願いできる?」と栄華。
「良いですよ。勿論です。ただ芸術演奏はたまにでいいです。頭が疲れちゃうんで。あと、名門音大出ていないですし、劣等生には入口が違いすぎ」とエッグビーターを動かしながら笑っている。飾らない性格だ。
その言葉にピンときた晴海は、「マスターに似てきましたね」と茶化す。
無言で笑いながら、首をかしげる美瑠。
「マスターも、アカデミックやジャーナリステックな文章内容よりも、教養やみんながまじめに楽しめるものが良い、って言ってましたね」と付け足す晴海。
それを横で聞いていた山崎が、
「それ、美瑠さんに言ったことありませんよ。私と美瑠さんは一緒にいるとき、難しい話と込み入った話と、ゴシップ話はほぼしません」と出かけ支度をしながら言う。二人は違う経路で同じ考えに至ったというところだ。
そして美瑠の方を向き直ると、山崎は、
「ああ、夕食。私は結構です。これから秋助さんのところに行きますので」と言って、バッグを肩にかけると、厨房の脇にある鍵掛けから、車のキーを持って店を出た。
「いってらっしゃい」と美瑠は後ろ姿に手を振る。心中声に出さずに、『さすが頼りになるわね。マイダーリン』の台詞で見送った。
日月町
「こんばんは」
山崎が町山田の不二の家を訪れたのは、日の暮れかかった頃だった。
顔を出したは、秋助の妻冬美である。夏夫の祖母だ。
「あら、山崎さん、珍しいわね」と人なつこい口調で出迎える。
「今日はどっちに用事? 夏夫、うちの人?」
山崎は穏やかな笑顔で、「秋助さんに」と答える。
「なら、今、ちょうど田んぼに出ているわ。積み藁の整理しているから、蔵の裏辺りにいると思うわよ」と教えてくれる。
慣れたもので、山崎は、
「了解です。じゃあ、行ってみます」と会釈をした。
そして山崎は一旦玄関を出かけてから、再び冬美の方を向き直ると、
「今日はすぐに帰りますので、何もご用意なさらないで下さい」と笑って加えた。
冬美は「もう!」と出端挫かれたようで、「残念。ちょっと期待しちゃったのに」としてやられたという顔で笑っていた。
『ふう。間一髪。ここで無言で出て行ったときには、たいそうな料理が食卓に並んで、帰れなくなる』と安堵笑いをした。
蔵の裏手は陸稲栽培の乾田である。
「秋助さん」と山崎。
山崎の姿に気付いた秋助は手を振る。
「やあ。いらっしゃい」
「
秋助は稲束を積み上げながら、
「米粉の原料にするやつだ」と教える。
「いろいろな品種を作っていますね」と感心する山崎。
近づきながらの会話で、山崎は秋助の前に到着した。
「今日は何かな?」
秋助は井戸水で手を洗い、手ぬぐいで拭き取る。
「実はちょっとあっちの件で一つお訊きしたいことがありまして」
「あっちとは、暦関係かな」
「はい」
神妙な面持ちに変わった秋助は、辺りに誰もいないことを確認して、前屈みで少し低い声に変えて会話を続ける。
「どんなことだい?」
「ここ四、五年の間に桂花の御神酒を使いましたか? あるいは誰かが使っているのを知っていますか?」と訊く山崎。
「一般人の時間越えを手伝ったかと言うことだね」
「はい」
「『辞世の時越え』か……」
秋助は、畦に腰を下ろすと、
「ここ二十年近く、わしは一人も扱っていない」と否定した。
「あれは、危険すぎる。扱える人も今はもう少ないだろう。現代からその時代に飛んだ者は分からないけど、過去から飛んできた者は調べればすぐにでも分かるよ」と続ける秋助。
「どこからの情報かな?」
「角川栄華さんという港区のピアニストさんなんですが……」
そういうと、秋助はその名前に思い当たる節があるようで、
「角川さん。港区の浜松町芝大門だな。
「文吾さんって誰ですか?」
秋助の眉を読んだ山崎の言葉に、
「君の山崎家は
「はい」と山崎。
「同じように浜松町、芝には
「へえ、飯倉御厨の」
「暦人の家系の傍系親族で、貢献した人の願いを聞く『辞世の時越え』が行われた可能性はある。飯倉の角川家は都内二十三区内に残る数少ない暦人の家だ。都内の案件をほぼ一手に引き受けているはずだ。都内の頂点にいる表参道のマイク花草でさえ、傍若無人には振る舞えないと聞くぞ」
「初耳です」と山崎。
「それはそうさ。滅多に人前には出てこない。用心深い人たちだ。土地柄仕方ない。大都会で静かに伝統と歴史を守っているのだから」
「ちなみにその文面を画像で持ってきたので、見てもらって、知恵を貸して下さい」
秋助はタブレット端末に目をやる。
「キンモクセイの御神酒、旧友、七色の街の住民が鍵言葉だな」と画面を見ての見解、復唱だ。そして「確かに暦人を示唆した手紙だ。しかも我々が今これを読んでも時間が揺れない。……ということは公式な『辞世の時越え』であると言うことだ。要は時間を超えても差し支えない立場の人間、秘密を守れる人物だ」と続けた。
「この文の旧友が誰なのかが気がかりなんです」
「年配の方だろうな。角川の家には残された奥さんが暦人をやっているが、わしよりずいぶんお年を召されている」
「若い人は旧友なんて言葉使いませんよね」
「そうじゃ。『辞世の時越え』の方法を知っているのも年配者だろうし」
「その方、後継者は?」と山崎。
「聞いたことないな」
「なるほど、時神のキンモクセイ・タブーもありそうですね。七色の街って単語も気になる」
「ゲートを使わずに桂花の御神酒の霊威で時を超える。また七色の街の住民とは、ほぼ暦人そのものだ思って良い。特に町山田や芝のゲートは七色をしているから、町山田や芝の周辺の暦人達にはそう呼ぶ人が多い。湘南にいる君は頻繁にはその言葉を使わないだろう?」
「はい。基本的には。でも、たまにゲート自体を一緒くたに、虹の御簾と比喩することもありますが」と山崎。
「芝のゲートは最大で五つ程ある。すべてが他に類のない美しいプリズム色だ。だがらあそこの関係者の言葉とみて、まず間違いない」
「ちょっとすみません。ゲートが五つもあるんですか?」と山崎。
「不思議じゃろう? でもな、自然の摂理でできあがるものなので、理屈は分からないのだが、現実そうなのだよ。一説には増上寺さんと愛宕さんのお力も頂いているとも言われているし、東京タワーのタワー大神宮のお力が昭和三十年代以降に加わって、ビル化の影となった場を、タワーの硝子が反射鏡の役割して、光を取り戻しているとも言われている。でも本当のところは誰も分からない」
無言で頷く山崎にそう言って、秋助は腰を上げると、尻についた藁の繊維を手で払う。
「どうだ。飯でも食っていくか?」と山崎を誘う。
「いえ、今さっきも冬美さんに言ったんですが、今日は急ぎなので、このまま失礼します。この件、慎重に手早く処理したいので……」
「そうか。芝大門の角川にはわしから連絡を入れておくので、もし必要があったら直接行っていいぞ。遠慮は無用だ。暦人同士だからな」
「分かりました。ありがとうございます。もう一度栄華さんに話を聞いて、必要な時はお伺いします」
そう言って、山崎は足早に自分の車に向かう。
車にたどり着いたところで、大学から帰ってきた夏夫が寄ってきた。
「マスター。来てたんだ」
「うん。でも急ぎの用事で、すぐに戻るんだ。あっ、いま晴海ちゃん、うちの店にいると思う」と教えると、
「本当。今日レポートで忙しいから、出来れば、そのまま、向こうに置いておいて。その方が助かる」と笑って答えた。
「了解。その台詞は内緒にしておくよ」と笑いながら、車のスターターを動かした。
相南桜台 再び
山崎が店に戻ったときには、テーブルの上には夕食が平らげてあった。
「ローストビーフに、ポテトフライ、コケモモタルトに、アジの酢漬け。イギリスパンのサンドウィッチに、タルタルソース和えの白身フィッシュフライか。イギリス家庭料理だな。あ、デザートのファッジキャンディーとフルーツスコッチケーキは残っている」
山崎はスコッチケーキに手を伸ばした。車中でコンビニのおむすびをかじって、店に戻ったのが午後九時過ぎだった。さすがにこれらに比べれば、質素な食事だ。
彼は心中『やっぱり美瑠さんの手料理食べるべきだったな』と少し後悔した。
「戻りました」と山崎。
美瑠は別のテーブルで楽しげにしている団らんの会話をやめて、
「あ、お帰りなさい」と山崎の荷物を受け取る。そして「何か分かった?」と訊ねた。
「うん。まだ確定ではないんだけど、少しこっちでも栄華さんに訊きたいことがあってね」と返す。
栄華は、「はい。お教えできることがあればなんでも」と言う。
「まず、あなたは芝にお住まいだった角川文吾さんという方をご存じですか?」と始めた。
「ええ。うちの親戚の大伯父さまで祖父の兄です。よくご存じで」と不思議そうな顔だ。
「今その方のお子さんは?」
「子どもはいなくて、大伯母さまが芝の家に一人で暮らしていると思います」
その言葉を聞くやいなや、山崎は「やっぱり。キンモクセイ・タブーか……」と反応する。
「あなたは、今後、私たちの仲間になる可能性があります」と山崎の言葉に、栄華は「えっ?」と不思議そうな顔だ。そして「もう明治さんとは仲間ですけど……」と加える。
山崎は少々困惑して、慎重に言葉を選ぶ。まだ全てを話すには時期尚早な気もするからだ。そして今の山崎の言葉に、時神さまは反応したようで、厨房の本棚から床に本が落ちる。ドサッという音とともに。
落ちてきたのは、美瑠が仕事で使っている楽譜である。美瑠は慌てて片付けに行く。
「どこのページが開いていますか?」とぬかりのない山崎。
美瑠は「ルロイ・アンダーソンの『シンコペーテッド・クロック』ね」と意味ありげに言う。そして、山崎は美瑠に「その楽譜、こっちに持ってきて下さい」とお願いする。美瑠は彼の前に楽譜を置くと、再び厨房に入って、残りの楽譜を元の場所に戻し始めた。
「カラリン♪」と栄華のスマホにメールが入る音がした。
山崎は「おそらくトリーサン・ホールのコンサートの場所押さえの知らせかと……」と言う。そして加えて、「正確にはもう以前に押さえてあって、予約した人物が、あなたに初めて報告しただけのはず」と伝える。
画面を見た栄華は驚いて、「本当だわ。山崎さん予言者みたい」と鳩が豆鉄砲を食らうような顔をした。
その言葉を受けて、山崎は「だんだん、数年前のおばあさまの手紙に書いてある内容が現実に出来上がっていきますよ」と意味深に返す。
そして「押さえてある日時は?」と山崎。
「明後日の午後五時です」
「リハも含めると午後二時には会場入りですね」
栄華はさすがに、不可解な表情になってきた。
「私の身に何が起こっているんですか? 教えて下さい」
山崎は「ええ、こちらも教えたいのは山々なのですが、何から教えたら良いのか。状況の推移を考慮しながらになります」と慎重に答える。
そして「ちなみにあなたのおばあさまは、あなたの音楽の協力者でしたか?」と加えた。
「ええ、私が音大に入るときも、留学するときも、費用や家族の説得も全て私側についてくれる優しい祖母でした」
「……ということは、この度の受賞を一番に喜んでくれる人と言ったら……」との山崎の問いに、「間違いなく祖母だと思います。帰国の折、芝の神明さまにも伝えてとお願いしました」と山崎にとって重要な手がかりとなる答えを返した。
「やはりお願いをしたんだ。それとさっき少しだけ話に出た、大伯父の文吾さんの奥さんはまだ健在と言いました。その大伯母の生活やその特徴を教えて下さい」
「大伯母は角川あすかです。今は大伯父のやっていた船宿とケーキ店のオーナーをしています。シェフではないので、毎日お店には出ません。よく旅行に行ってます。行き先はあまり教えてくれないんですけど。その船宿にもケーキ店にも、アンティークと思われる振り子時計が幾つもあって、店の中は常に時を刻む音がしています。ケーキ店の方の名前は<モントル>でフランス語の腕時計という意味です。店内のショーケースには高価な舶来の腕時計のコレクションがオブジェとして飾ってあります」
「わかりました。ありがとうございます」と山崎。そして「会場を押さえてくれたのも、大伯母さまですね」と続ける。
「はい。よく分かりましたね」と感心する栄華。
「同業者ですから」と山崎。
「えっ? ここケーキ屋さんなんですか?」と辺りを見回す栄華。
栄華は特に天然ボケしているわけではなくて、超常現象やファンタジー、SFの類いを現実とは考えていない普通の人なのだから当たり前である。
山崎は少しだけ微笑むと、「直に分かります」と言葉を濁した。
この質問の繰り返しに、晴海もだんだんと山崎の言いたいことが分かってきたようで、
「マスター。その大伯母のあすかさんって、私たち同業?」と訊く。
「ええ。おそらく」と返す。
そこで山崎は、「栄華さん。あなた明後日、その一番の理解者、おばあさまにあなたの演奏を聴かせてあげることが出来ますよ」と告げる。
「えっ?」と栄華はよく分からないまま首をかしげた。
『もうこの世にいないって説明したのに』と少々困惑気味だ。
「詳しい種明かしは、コンサート当日になりますが、とりあえず、私からのお願いは一つ。アンコールも含めて、一番最後の曲は<シンコペーテッド・クロック>をお願いします。そうすれば、おばあさまはその場で自分の時代に戻れます」と謎めきながらも、まじめな指示を出す。
「はい、わかりました」と栄華。『自分の時代』の意味が分からなかったが、言われたことをこなすことが最善と思い、質問を思いとどまった。
「それと、客席のあすか大伯母さまの横にいるお連れさんを絶対に見逃してはいけませんよ」
意味が全く理解できていないが、「はい」と続ける栄華。
「そのコンサートが終わった夜の打ち上げが、全ての種明かしになります。きっと大伯母のあすかさんも同席します。それが継承の時でしょうから。あなたは私など足下にも及ばない程の同業者になる可能性があるのですから」と山崎は優しく微笑んだ。そして「では明後日に」と言って店奥の自宅部分へと姿を消した。
栄華の頭は『?』だらけだ。
『私、もの凄いケーキ屋さんやるのかしら? 折角音楽賞とれたのに?』
この疑問を美瑠や晴海に尋ねて良いのかも躊躇している。
そんな栄華の思案を悟ったのか、美瑠は先回りをするように、
「明日は栄華さん、お仕事?」と話題を変えた。
「ええ、午後から雑誌のインタビューがあって、新宿のオペラシティに行く予定なの」
「じゃあ、お布団用意しますので、明日明け方に起こしますね。シャワーは先に使って下さい」と言って、「晴海ちゃん、案内よろしく!」と目配せをする。
「OK。バスタオルはいつものところから出して良いのね」という言葉に、
「お願い」と美瑠。
晴海は栄華を手招きすると、彼女を浴室へと案内した。
初台
栄華はオペラシティのインタビュー室に時間通りの到着をした。家庭的な美瑠は、しっかりと栄華の起床と食事を促し、余裕を持って送り出したのだ。
栄華は、一旦車を家において、身支度をし直すと、電車を使って新宿に到着した。
ドアのノックとともに、インタビュアーらしき、雑誌記者が四、五人入ってくる。
先週までヨーロッパの留学生だった彼女が受賞をして、間もないこともあり、マネージャーなどついていない。直に皆が名刺を差し出す。
「『週刊小学管楽器・鍵盤楽器』の
二人目も名刺を差し出して、「『月刊集映音楽』の
「この度は国際モーメント・ピアノ・コンクール音楽祭金賞受賞おめでとうございます」記者達が言う。
一夜にして有名人だ。栄華は自分が初めて、プロのピアニストとして、扱われていることを実感する。しかし昨日の自分と今の自分が人間的には何も変わっていないのも本当だ。この違和感をどう処理して良いのか、気持ちは不安定だった。
「ではインタビューを始めさせて頂きます。後で社に帰ってから、音声おこしをするので、音声機材の録音もさせて頂きます。ご了承下さい」と先に断りが入る。
「まず、今回の受賞は、一番に誰に報告しましたか?」と岩波。
栄華は、穏やかな顔で、
「いつも協力者だった、天国の祖母に報告しました」と答える。
「おばあさまは、どの様な協力をして下さったのですか?」
「三歳の時にピアノを与えてくれて、発表会の衣装、音大への入学費用、そして留学費用などを全て出してくれました」と答える。
「とても理解のあるおばあさまだったんですね。ではおばあさまがあなたをピアニストにしてくれたと言っても差し支えないのですか?」と岩波。
「ええ、おそらく七割くらいは祖母のおかげだと考えています」
「そのおばあさまに、もしお声をかけるとすれば、どのようなことを伝えたいですか?」旺文が今度は訊く。
「はい。ありがとうの一言です。それもとても重いありがとうだと思います」と祖母の在りし日の姿も重なり、にじみ出る涙が栄華の目にうっすら映る。
「ご苦労もあったと思いますが、おばあさまの支援が一番の応援だったのですね」と再び岩波。
「はい」
その返事とともに、シャッター音が鳴り響く。
控えの部屋では、登坂由衣と美瑠が穏やかな顔で見守っていた。
「ちなみにいま三十代半ばと言うことですが、ご結婚のご予定などありましたらお聞かせ願えればと思いますが……」
女性記者の質問に、
「今はピアノのことでいっぱいで、そこまでは」と返す。
「では、お付き合いされているお相手などはいらっしゃいますか?」
「いいえ。そっちの方もまだ。ただでさえ縁遠い年齢になってしまい、どうしようかと思っていました。受賞などして、とても悲願だったから嬉しい反面、これで敷居が高くなって、また一層プライベートでは、縁遠くなったら困ると、少し懸念しています」と笑いを含めてのコメントをしていた。
控え室の由衣も美瑠に向かって、
「本当。三十過ぎたら、ぱったりとお誘い来なくなったって、よく聞くわね」と笑う。美瑠とは同い年の由衣だ。
「良いじゃない。日半くんがいるんだもん」と笑いながら、二人の視線の先には、輝いている栄華の姿があった。
浜松町 現代
その頃、山崎は単身、浜松町の駅で改札を抜けていた。モノレールとの乗換駅なので、大荷物の人たちが行き交う貿易センタービル内のコンコースを一路、角川家に向かって歩く。
すると自分の行く手、目の前に秋助と品のある装いの見知らぬ老女が立っていた。
「秋助さん」と山崎。
「やっぱり今日来たな」と笑っている。そして「今朝早く相南の店に電話したら、美瑠ちゃんが浜松町に向かったと教えてくれたんだ」と加えた。
山崎は、笑顔でお辞儀をする。
秋助は「紹介しよう。この人が文吾さんの奥さんで今の角川御師を務めるあすかさんだ。昨日の栄華さんの大伯母に当たる方だ。どうやら今回の仕掛け人っぽいな」と含みのある紹介をする。
会いに行くはずだった人が、あちらから出向いてくれたことに感謝する山崎だ。
「わざわざすみません」と言うと、秋助は「いや、違うんだよ」と山崎の礼を打ち消した。
「実はこれから、あすかさんは栄華さんのおばあさんを迎えに行く準備中なんだ。つまりは『辞世の時越え』だ」と意味深に言う。
続けて「それで町山田でキンモクセイを御神酒に浸して、霊威をつけるため、お供えしなくてはいけない。そのために町山田に行くところなんだ。結構大変なので、わしも同行することに決めた。とんぼ返りで、芝乃大神宮の七色の御簾で過去、あの時代に向かうつもりだ。幸い、満月に近い今日明日だ。おおよそのことは、君の推測通りなので、彼女が暦人になるまでは内密に、上手く行動してほしい。それを言いたくて、ここで待っていたんだ」と秋助は手際よく説明を入れた。
そして「どうやらあの旧友の正体はわし自身だったよ」と笑いながら加えた。
山崎は一瞬驚いた顔をしたが、まずはとりあえずの報告で、
「では話は早いですね。私は明日、彼女にアンコールの演目、<シンコペーテッド・クロック>の演奏を指示してあります。これご託宣のようです。そしてその演奏のあとで全てを打ち明ける準備をしています。詳しくはまた後で」と言うとあすかが反応した。
「優秀な暦人ね。噂通りだわ。おじいさんに負けないくらい、よい暦人だわ」と感心している。そして「ぜひ、その段取りでお願いします。私のこのおつとめも、失敗できない一世一代の大舞台なの」と深く頭を下げた。
山崎の方も、「無事のおつとめで、お気をつけて行かれて下さい。よろしくお願いします。一般人の時間越え、大変かと思いますが……」と言って、「現在のこっちの世界の方は、段取りすすめておきます」とやはり深く頭を下げた。
用件も済んでしまい、そう言って、秋助達と別れ、予想外に早い自由時間になった山崎。このまま帰るのももったいないので、たまに出てきた東京方面、どこか寄り道をして帰ることにした。
「うん。餡子たっぷり西新井の草団子、黒蜜たっぷり川崎のくず餅。どっちがじいさんはお供えすると喜ぶかな。『光明真言』の後のお茶にはどちらも合いそうだ。お彼岸も近いしな」
そう言って、JR浜松町駅の方へと引き返した。
町山田の鎮守さまのご本殿、賽銭箱の奥には、畳にして半畳ほどの大きさの大幣(おおぬさ)とその奥、上の棚には円形の鏡が両方とも立てて祀られている。その手前に、秋助とあすかは三島から頂戴したキンモクセイ、つまり桂花を浸した御神酒をお供えする。
「かけまくもかしこき……」
二人による
厳かな儀式は淡々とすすめられ、滞りなく神前奉納の儀は終わる。あとは五時過ぎ、陽光と月光の霊威を浴びたこの御神酒を持参して、栄華の祖母のいる時代に行けば良い。
芝の角川家は代々、霊威を持つ暦人御師でおおよその年代に飛ぶことが出来る技を備えている。カレンダーガールは渡航時代指定が可能だが、暦人で出来るのは、おそらく東京周辺では角川家の人間だけである。
過去の浜松町
桂花の御神酒を手に秋助とあすかは浜松町に戻る。
「こちらのゲートは手水舎の水の反射光で出来るので、少し小さめです。お気をつけて、くぐって下さいね」
あすかは使い慣れているために、先に諸注意を促している。
「あまりよそさまのゲートをくぐることがないので緊張するな」と笑う秋助。
「まあまあ、秋助さんでも緊張するのねえ」とあすかは軽く笑う。
西日の差す中、月も昇りはじめ、反射した光の影が揺らめいている。
「帰りの分は、三島で頂いた桂花の御神酒で大丈夫だから、今回は行きだけだな、ゲートくぐるのは」と確認する秋助。
「ええ、今回のキンモクセイの御神酒は結構強力だから」と安心するあすか。
ゲートを抜けた二人は数年前の東京・浜松町にそのまま着地した。
「正直、この十年ぐらいは、町の見た目は変わっていないので、不便はないと思うの。とりあえず、私がオーストラリアに旅行に行っている日なので、自分を見ることはないわ」
あすかがそう言うと、「わしも町山田を滅多に離れないので大丈夫」と返す。
浜松町の船宿街を抜けると、昔からの住宅地に行き着く。その中で、こぢんまりとした昔ながらの和建築の家の前に着いた。表札には「角川」の文字だ。
「昼間は息子さん夫婦はいないから大丈夫。あっ、栄華の両親のことよ」とあすか。
呼び鈴を押して、反応を待つ。インターホン越しに栄華の祖母、善子の声がする。
「はい、どなた」
インターホンに口を持って行き、
「わたし、あすかよ」と名乗る。
「まあ、お義姉さん。どうしたの?」
「出てこなくて良いから、入って良いかしら?」
「勿論です」
あすかは秋助に頷くと、格子戸を開けて玄関へと入る。
「こんにちは、お邪魔するわね」と大声で挨拶すると、靴を脱いで、廊下を奥へと入っていく。突き当たりの部屋には、車いすに座ったままで、音楽を聴いている善子の姿があった。
彼女は秋助の顔に見覚えがあるようで、
「まあ、秋助さん! ……よね。三十年ぶりぐらいかしら」と驚く。
驚いたのはあすかも同じで、
「お知り合いだったの?」と秋助の方を見る。
秋助は照れくさそうに、
「何度かお会いしたことはあるんだ。彼女が暦人をやっていたときに。まだ丸さんという名字の頃にね」と頭をかく。
「そうだったの」と笑うあすかは、
「それなら話は早いわ」と言う。
「私たちはね。あなたのいない時代から来たのよ」と言うと、
「顔を見れば分かるわ。あすかさん、この時代より、かなりのおばあさんよ」と上品に笑う。
「まあ、ひどい」と冗談を物ともせず早速本題に入る。
「用件はきっと栄華のことね」と先回りの善子。
「ええ、分かるの?」
「私のいない時代なら、あの子が留学から返ってきたんでしょう?」と言う。
嬉しそうな善子の顔である。
「それどころか、国際モーメント・ピアノ・コンクール音楽祭金賞受賞で凱旋帰国なのよ」と報告のあすか。
「あの子がモーメントコンクールに」
その言葉を聞いた老女の瞳にはつぶてのような涙がぼろぼろとこぼれ始めた。
「モーメントにねえ」と何度もかみしめるように涙が止まらない。
「あの子ね。まだ小学生の時、私があの子のピアノを聴きに行く日はね、必ずお小遣いでピアノの横のテーブルに一輪挿しでガーベラを飾ってくれるのよ。あれは小学生のお小遣いでも買える花だったから、精一杯のコンサート気分だったのね」
「あの子優しくて良いところあるのね」とあすか。
「ええ、ガーベラの花を持って家に帰ってくると、今日はおばあちゃんがお客さんでコンサートがありますって、家中みんなに言って回るのよ。そして新しく覚えた曲を真っ先に私に聴かせてくれたわ」と善子は嬉しそうに、彼女の幼少期を回想している。
そして、「それを教えに来てくれたの。わざわざ。ありがとうね」と話を完結させようとした善子。
その言葉に「そうじゃないのよ」と遮るあすか。
「あなたをその凱旋帰国のリサイタル会場に連れて行くために来たのよ」と両肩を握る。
不思議そうな善子は、
「だって、私もう暦人はやめてしまったから、ゲートをくぐったら、時神さまにしかられてしまうわ。なにか異変でも起きたら大変よ」とかぶりを振る。
「そのために、秋助さんにも来て頂いたの」
そう言ってあすかは秋助に言葉を促す。
秋助は「託宣キンモクセイ、覚えているかな?」と御神酒を彼女の前に示す。
「三島大社の二度咲き木犀のこと? 託宣の神さま事代主のご神木よね」と善子。
「知り合いに頼んで、手に入れて、町山田の日月社で日光、月光通しをした御神酒だ」
「後がいない飯倉御厨の暦人御師の後継者に栄華さんが決まって、キンモクセイ・タブーの用意をした。会いたい人の顔を見られる彼女の願い。ひとつだけ叶えてくれる時神さまの慈悲。彼女が選んだのは、ピアノを丸さんに聴いてほしいという願いだよ」
「まあ」と言って、善子は止まった涙が、再びぼろぼろと流れ始めた。
「当日ドタバタした会場で、会話することは出来ないけど、あの子に顔を見せることは出来る。しかもすでにご託宣で、帰路の用意は出来てる。アンコールの曲を聴くと、自然にここに戻れるようだ。時神さまのご配慮らしくて、私の仲間が栄華さんと話していたときに啓示されたようだ」と秋助は事の次第を善子に話した。
「じゃあ、あの子に買ってもらった南村のバッグで行きましょう」と誇らしげに奥の衣装部屋へと車いすを走らせていった。涙をぬぐいながら、まるで少女のように楽しげだ。
善子はあすかの方をもじもじと見ると、
「お義姉さん。ひとつお願いがあるの」と笑う。
そして「お金渡すから、会場のステージをガーベラでいっぱいにしてほしいのよ」とリクエストした。
あすかは微笑むと「そんなこと、お安いご用よ。知り合いの花屋に頼んであげるわ」と彼女の肩をぽんとたたく。
「着替えが済んだら、移動するわよ。早く用意して!」
キンモクセイの御神酒をコップに三人分用意して、彼女の支度を待つ秋助とあすかだった。
トリーサン・ホール
「本日は、トリーサン・ホールにようこそおいで下さいました。国際モーメント・ピアノ・コンクール音楽祭金賞受賞ピアニスト 角川栄華さんのソロ・コンサートです。栄華さんのお祝いと言うことで、音楽仲間の皆さんが思い出の曲で前座を務めて下さるということです。四時半から登坂由衣さん、演目は<ノクターン>。四時四十五分からは明治美瑠さん 演目は<幻想即興曲>です。どちらもショパンですね。そして五時過ぎより角川栄華さんの演奏になります。角川栄華さんの演目については式次第プログラム参照でお願いします」
司会の挨拶が終わると、壇上には由衣がシルキーな生地の美しいノースリーブのドレス姿で登場する。スポットライトが点灯した後、喝采の拍手。そして椅子と鍵盤の距離を確かめる。
しばらくの間を置いて、最初の指が鍵盤に落とされる。柔らかな<ノクターン>のメロディが会場に響き渡る。
続いては美瑠。貸衣装で奮発した黒のドレスに、ピンクの志摩パールのネックレスが輝く。山崎の視線は美瑠に釘付けである。その役目そっちのけで見入っている山崎を、晴海は肘で突くと、
「惚れ直してるでしょう。マスター」とからかう。
「ええ、持って帰りたいくらいです」と眼鏡のずれを直しながら赤ら顔だ。
晴海は、山崎が照れ隠しに否定するものと思い込んでいたので、素直に認めて返ってきた答えに、架けた梯子を外された気分だ。会話はそこで終わってしまった。
美瑠の弾く<幻想即興曲>はしなやかでスピード感もあり、左手と右手の、シンクロニシティとディレイが織りなす効果を存分に発揮した美しい響きだった。
「本当に上手よね。美瑠さん」と晴海が頷いたとき、彼らの背後、一階席舞台の
「ありがとうございました。明治美瑠さんでした。これより十分間の休憩に入ります。午後五時より国際モーメント・ピアノ・コンクール音楽祭金賞受賞ピアニスト 角川栄華さんの演奏となります」
美瑠の演奏が終わり、司会進行役のアナウンスとともに会場の照明が一旦明るくされる。
すると、花屋のスタッフ達は車いすの老女の指示を受けて、美瑠の退席した後のステージの縁にガーベラを敷き詰め始める。黄色を基調とした中に、赤や橙の暖色系の鮮やかな花が、ステージを絵の具箱のように美しく彩る。
その光景を目にした晴海は、
「あの時の手紙、そのままの光景ね」と呟く。
「ええ、あの未来からの手紙の優しい予言はまだまだありますよ」と山崎は感動を覚える。
休憩時間終わりのチャイムの音が会場に響く。各々が着席し始めた。
舞台袖から登場した栄華は、そのまま一階席を見回す。山崎に言われていたからだ。今回はピアノの公演なので、パイプオルガン側の背面の二階席は使われていない。彼女の前面の席のみに客が入っている。
だがそれよりも先に、ステージいっぱいに敷き詰められたガーベラの花に栄華の心は、嬉しさでいっぱいだった。反面驚きに思わず手で口を覆った。そしてそれが祖母の意図であるためだ。
さらに次の瞬間、目を舞台上手の非常口のすぐ横のわずかな空きスペースにやる。そこに、もうこの時代にはいないはずの車いすの老女が座っていた。静かに栄華に頷いている。
栄華は目を見張った。善子は栄華が留学前にプレゼントしたMの金文字が細工されている白いシンプルな南村鞄店のハンドバッグを膝に載せていた。そして手には一輪の黄色のガーベラが握られている。
『おばあちゃん……』
彼女のそのつぶやきは声になっていたかどうかも、彼女自身でも分からなかった。気を緩めると目頭が熱くなる。気丈に振る舞うことが、失敗のない演奏に繋がる。聴いてもらえるはずのない人が、いま自分の演奏を聴きにきている。栄華は口を真一文字に結ぶと、静かに客席に礼をして、椅子に座った。
「おちつけ」
自分を戒める彼女。しかし祖母の姿にうれしさが押し寄せてくる。
会場の照明がゆっくりと落ち始めて、スポットライトを浴びた彼女とピアノだけが闇に浮かぶ会場。彼女の視界には白黒の鍵盤だけが見えている。
呼吸を整えて、両手を振り上げると、彼女は最初の一音をたたき出した。
「善子さん。よかったわね」
あすかは公演の終わったアンコール前の休憩時に言った。
「お義姉さん、秋助さん。ありがとう。本当に嬉しい。あの子の夢が現実したんだもの。トリーサン・ホールで公演なんて、立派な事よ。神さまに感謝しなくてはいけないわね」と涙目である。
再び栄華がピアノの前に立ち、山崎に言われたとおり<シンコペーテッド・クロック>を弾き始める。ジャズ調にも、カントリー調にも聞こえるピアノ曲、長調ののどかな曲調が郷愁を誘う。
その曲の流れとともに、車いすに座っている老女の体は、暗闇の中へと消えていった。彼女のいた車いすの席には、一輪のガーベラが置かれていた。彼女がさっきまで握りしめていたガーベラである。
両脇には満足げに、幸せのお裾分けが出来た秋助とあすかが無言のまま拍手を贈っていた。勿論、二人とも何もなかったかのような表情をしているが、胸の奥底では善子の感謝をしっかりと受け止めていた。
浜松町
浜松町の英国風パブを貸し切りにした打ち上げの二次会会場には、暦人が揃っていた。部外者がいないため、ここで暦人の謎解き種明かしが始まる。ただしこれは推理小説ではないのでトリックなどない。勿論ホームズも出てこない。
秋助、あすか、山崎、マイク、シスター摩理朱の御師マスタークラスに、美瑠、晴海、ちこ、夏夫が加わり、さらには会場に駆けつけていた、葉織、芹夏、映美の姿もあった。東京や横浜近郊の暦人はほぼ揃っていることになる。
着替えを済ませた栄華は、花束を店のカウンターに置くと、皆が集まっているテーブル席の中央へと、勧められるまま腰を下ろす。
山崎に目配せをするあすかと秋助。その所作を受け取り山崎が切り出した。
「もう分かっているかも知れませんが、栄華さん、おばあさまの善子さんをご覧になりましたね」と言う。
栄華は「はい」とだけ告げた。他には何も言えない。超常現象もSFも理解できないため、素直に聞き役という具合だ。
「あなたが私たちに託したあの手紙は、未来からの手紙のようなもので、先ほどご帰宅なさった善子さんが、今頃きっとご自分のいる時代でしたためているはずです」
栄華は「だからガーベラの花のことが書かれていたんですね」と納得した様子だ。
「今回、話が複雑になったのは、もう一つの役割、暦人御師という代々受け継がれている、時を超える役割の家にあなたが生まれてしまったことも大きいのです。ここの説明は長くなりますが、重要なお話なので心してお聞き下さい」
山崎の言葉に「はい」と真顔で返事をする栄華。周りのみんなも真剣だ。
「三重の神宮には、江戸の頃まで、旅の案内役の
その言葉に夏夫は驚いた。
『母さんの実家だ』
「そしてその小宅家に次ぐ、まとめ役が、ここ浜松町付近の
山崎からは、暦人のシステムについての簡単な説明を一通りした。
そして「そして今、ここにいる全員が暦人です」と最後に付け加えた。
左右を見た後で、栄華は「明治さんも?」と不思議そうに訊ねる。
「はい」と笑顔で答える。そして美瑠は、
「それぞれの暦人には所属みたいなものがあって、私は御師の家柄ではありませんが、大庭御厨で、その役目を授かりました。だから実家横の日月社は所属ではないみたいです。ご託宣は大概、相南で頂いています」と言う。
晴海もここで補うように、
「暦人でも、神社ではなくて、主に教会を使う人たちもいます。カレンダーガールって呼ばれています。それが私。ちなみに隣の母や芹夏さんも、もとはそうでした」と説明を入れた。
栄華は思い当たることを山崎に問う。
「じゃあ、ご託宣って、お宅にお邪魔していたときに、楽譜が落ちて、自然に<シンコペーテッド・クロック>のページが開いたあの時もそうだったのね」
「はい。ああいった作業を見落とすと大変なことになります。あのご託宣のおかげで、足の悪いおばあさまは無理することなく、あの場から自然に自分のいた時間に戻ることが出来たのです。あれを『時神の粋な計らい』と呼ぶ人もいます」
栄華は向き直って、
「大伯母さまが頻繁に旅行って言っていたのは、こういうことだったのね」と全ての合点がいったようだ。
「大伯父さまもそうだったから、旅行好きの家なんだとばっかり思っていたわ」と加える。
その言葉に、「その旅行が好きというのはその通りよ。でも人の幸せのためで、自分のための旅行ではないけどね。それにあの人は漁に出ているときもあったから全てご託宣ではないわ」とあすかは笑う。
「それとここにいる暦人全員が会場で、善子さんを囲むように、一般の方々にばれないように、死角を作ってガードしてくれていました」と山崎が伝える。
おおよその合点がいった栄華は、
「皆さん、私に祖母の顔を見せてくれて、祖母が私のピアノの音を聴く機会を与えて下さってありがとうございました」と深々とお辞儀した。
今回の栄華への説明は、夏夫や晴海にとっても暦人全体の役目を知ることができた良い機会だった。断片的に自分でつなぎ合わせた知識と違う体系化された話だった。
「では、乾杯しますよ!」
音頭をとったのは勿論、芹夏である。
「やっぱり飲むときの音頭は芹夏さんか」と夏夫は少々あきれ顔で、グラスを上げる。
「乾杯!」と芹夏。
「かんぱーい!」と皆々がグラスを合わせた。
芹夏は「次は男よね」とグラス片手に栄華に笑いかける。
「こればかりは、ご縁ですから」と言う栄華に、
「そんなこと言っていると、この人みたいにあっという間に『行かず後家』よ」と映美をたぐり寄せてカラカラ笑っている。
おもちゃにされた映美は少し憤慨して、「ちょっと芹夏。あんた飲み過ぎ」と掴んでいる芹夏の手をほどく。
映美の姿に栄華は「あらモデルの
「えっ、私のこと知っているんだ」とちょっと意外に思う映美。
「だって有名なモデルさんですよね。パリコレ見学のとき、一度お見かけしました」
「ちょっと芹夏、この子良い子じゃない」と笑う。『有名』と言われ上機嫌だ。
そこに愛想の良い、四十代前後の男性がやって来て、
「栄華さん、もし困ったら、いつでもご相談下さい。出来る限りお力になりますよ」と『ライター
「船橋の時空御厨の暦人御師、夏見です」とお辞儀をする。
またもう一人、三十代の和装女性は「
『うずま酒造 代表取締役 思川乙女』とあった。
心強い協力者に囲まれて、栄華の船出は順風満帆である。
栄華の周りから人が引けて、小休止といったところで山崎が声をかける。
「人気者だ」
「ええ、ありがたいことに」と彼女が返すと、山崎は一輪のガーベラを栄華に渡した。
「はい、おばあさまがさっき持っていた一輪の花です。メッセージなのかな?」
彼女はそれを見て、
「幼少の頃に、おうちで祖母のためだけのコンサートをしていたんです。そのときに、いつもガーベラを一輪ざしに飾っていたんです。子供じみたおもてなしなんですけどね。きっと祖母からすれば、幾つになってもあの時と同じ気持ちなのでしょう。『コンサート聴きにきましたよ』ってメッセージですね。でもご存じのように、もう十年近く前に、今日の感想とお礼状は先にエアメールでもらっていますけどね」と思い出の祖母に微笑んだ。
その笑顔は遙か昔の幼い日、彼女が、優しかった祖母、善子の来るのを家で待ちわびていた時の、そうピアノの前で見せていた時と同じ無垢な笑顔だった。その傍らには、いつもガーベラの花が寄り添っていた。
了
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