第3話

 プラネタリウムデートの翌日。

 俺はいつものように、学園に登校し、自分の席に座り、ぼんやりしていると、森崎さんが俺に話しかけてきた。


「……ユイの反応が、金曜日と違うけど、なにかしたの?」

「なにか、って、俺は望月さんに誘われて、プラネタリウムを見に行っただけなんだけど」


 望月さんにキスされたことは伏せた。


「ユイと出かけただけ? なのに、館野君の話をすると、赤くして『なんでもないよ』って言うのよ?」


 森崎さんの言葉に首を傾げる俺。


「そう、なんだ」


 やっぱり、キスしたことが理由かな。

 望月さんが衝動に駆られたのかな、と片付けたけど。


「だ・か・ら、聞いてるの」

「本当になんでもないって。言った通り、プラネタリウムに出かけて、喫茶店でご飯を食べて、本屋に行って、また学園でねって会話しただけだよ」

「…………ふーん」


 疑われている気がする。


「まあ……、館野君がそういうんだったら、そうなのかもしれないわね」


 解せない、という雰囲気を残したまま、自分の席へと戻っていく森崎さん。

 ――本当は、別れ際に、望月さんとキスしたんだけどね。


 △▼△▼△▼


 お昼休み。いつものように、望月さんに誘われて、屋上に向かう。

 今日は、美咲姉さんが作ってくれた弁当を持参している。


「……浩平君」

「ン、どうしたの、望月さん?」


 バターロールに具材を挟んだものを頬張って飲み込んだあとに言う。


「…………その、『望月さん』っていうの、今から『結花さん』に変えてくれる……?」

「え、いいの?」

「うん……。私が浩平君、って呼んでるのに、浩平君は私のことを苗字で呼ぶから……」

「あぁ、それは……。まあ、結花さんがそう呼んでほしい、っていうのなら、そうするけど……」


 かあっ、と顔を赤くする結花さん。


「って、どうしたの」

「あ………、その………、ご、ごめんね………」

「いや、謝る必要はなかったのだけど……」

「あ…………う…………」


 彼女の頭から湯気が出そうなぐらいになっている。


「とっ、とりあえず、た、食べよう!?」

「あ……あぁ、そうだねっ」


 ――確かに、結花さんの反応が変だ。

 昨日のキスもそうだったけど、下の名前で呼んでほしいとか。

 結花さんは俺のことを好きになり始めているのか……?

 家に帰ったあと、俺はキスされた前後を思い出してみた。


 ――まだ、帰りたくない。もう少し一緒にいたかった。


 ……というのは、俺の思い過ごしなのかな。

 俺は結花さんとはよく話す友達……だったと思う。

 森崎さんのおせっかいが理由で、結花さんと知り合い、よく話すようになって。それで、プラネタリウムデートに出かけて……。


 ――キスされた。


 でも、なんでキス? 別に友達なら、行動ではなく言葉で示せばよかったのではなかろうか。

 結花さんは、俺と友達以上の関係になりたかったのか。だから、別れ際に近づいて唇を重ねてきた……のか?

 そうでなければ、納得の行く理由が思い浮かばない。

 俺のこと……好きなのかな……結花さん……。


 △▼△▼△▼


「……どうしたの、結花さん」


 プラネタリウムデートから数日後の昼休み、急にひっつくようになった結花さん。


「その……イヤ……じゃない?」

「イヤじゃないよ」

「それならいいんだ」


 なんだか、結花さんから幸せだなという雰囲気を覚える。

 俺と一緒にいる時間が嬉しいのかな?


「ねえ、浩平君」

「なんでしょうか、結花さん」

「ここ数日の話なんだけど、私、昼休みが一番楽しみなの」

「俺と一緒にいられるから、ですか?」

「あたり」


 こちらを見て、嬉しそうな顔をする結花さん。


「なんでだろうね。自分でもよくわかっていないんだ」

「でも、昼休みが待ち遠しくなっている。……ですよね」


 俺の言葉に首を縦に振って答える結花さん。


「本当に不思議なんだ。自分でも」


 結花さんも俺への感情が強くなっている……?


「浩平君」

「はい」

「……いいよね、こうしていても」

「結花さんがイヤじゃなければ」


 その日は、午後の予鈴のチャイムが鳴るまで、彼女は俺から離れようとしなかった。


 △▼△▼△▼


 デートから一週間ほど経ったある日の放課後に忘れ物に気がついて、教室に戻った。


「忘れ物~、俺の忘れ物~っと。ン?」


 いつぞやのアニメのように、鼻歌交じりでドアを開けると、結花さんがチャラチャラした感じの男に押し倒されてる!

 んで、よく見ると、彼女は嫌がっているようにも見える!


「……なんだよ、お前。邪魔するなよ」

「俺は忘れ物を取りに来ただけだよ。なにも君の行為を邪魔しに来たわけじゃない」

「なら、早くその忘れ物とやらを取って出ていけ」


 そうか。なら、ドン亀の孫のようにゆっくりとした面持ちで、忘れ物を取らせていただく。

 いくらか時間稼ぎすれば、結花さんも逃げやすくなると思ってる。


「えーっと、俺の席はァ~~~っと……」


 ひとつひとつ丁寧に自分の座席を探す。


「っと、あったあった。えーっと……中身、中身、っと……」


 座席を見つけて、どれだったかなァと、これまたひとつひとつ丁寧に探っていく。


「おぉ、あったあった。……んじゃ、邪魔して悪かったな」

「あぁ、邪魔だ。さっさと出ていけ」


 そして、そこには結花さんはいないし、俺は風紀委員のところへ向かうって寸法さ。

 ……まあ、結花さんが先に行っている可能性もあるがね。


「――失礼します」


 念のため、俺は風紀委員のドアをノックして開けた。


「ン、どうしたんだい」

「さっき、自分のクラスで、女の子の友人が、チャラ男に押し倒されてまして、んで、その友人は押し倒されたことに嫌がっていたようなので、という報告です」

「あぁ、その報告か。すでに被害者から報告を受けているよ。今、現場に制圧・・のために向かっている」

「そうでしたか。ありがとうございます」


 やっぱり、結花さんが話していたか。


「それで、その女の子なら、うちにいるよ。少し落ちつく時間が欲しいって言ってたからね」


 受け付けてくれた風紀委員の許可を得て、部屋の中に入る。


「――浩平君!」

「おわっふ――!」


 俺を見つけるやいなや、抱きついてきた結花さん。


「大丈夫だった?」

「うん。今は大丈夫……。怖かったけど、ちょうといいタイミングで、浩平君が来てくれたし、うまく時間稼ぎしてくれたし……」

「それはよかった」


 黒髪のセミロングヘアを撫でる俺。


「……あ、ごめん」

「いいの……。むしろ、撫でてくれて嬉しい……」

「そうか……」


 そして、この出来事の顛末はと言うと。

 結花さんに狼藉を働こうとした男は、三日間登校禁止処分を受けたという。未遂だったことと初犯であることがその理由らしい。

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