第21話 チーズを食っておっさんをしばく
マッチョおっさんはダリオ・ロケと名乗った。ロケが追加分だ。被った時の識別名なので別に名乗らなくていいんだが、誠意だそうだ。
昨日私達が到着した時、ロビーのレストランにいたらしい。気付かなかった。
そこで私を見て、連れの三人を見て、直感が働いたのだそうだ。
よし、命乞いをしよう! と。
なんでだよ。
「最初はよう、あーまっとうな人に拾ってもらったんだな、よかったなーって思ったんだけどよ……絶対ヤベェって思ったら、面が割れてる俺は首に縄がかかったも同然じゃねえの。こいつぁ坊主がいるうちに慈悲にすがって命乞いするっきゃねえなってさ」
……つまり?
「最初はアレアがわたくし達のような善良で常識的な人物に保護されていることを素直に喜んだのですが、己の罪がわたくし達に知られると処刑待ったなしであることに気付いて、しかもアレアを通じて顔が知られていますから余計に逃げ場がありません。アレアを暗殺して逃げようにもわたくし達を出し抜けるはずもなく、一縷の望みにかけて自ら出頭し、慈悲を乞う賭けに出た、と申しておりましてよ」
間違ってはいないが何故か若干盛られたように感じてしまう部分があったけど、なるほど?
「おっさんは山賊の一味とかなの?」
「ちょっと違うが……まあやってることはそんな感じだな」
キリッとしてダリオは言った。床に正座したままで。無駄にキマっているのが腹立つ。
ちゃんとした村のちゃんとした宿に来て判ったけど、この国は椅子も使うし、床に敷物を敷いてクッションをあてて直接床に座る時もある。この部屋だと一階の客間はソファと椅子だし、二階は床に直接座るように出来ている。よりプライベートでくつろいだ空間では靴を脱いで床に座って、公的な場所では椅子とテーブルという使い分けなんだと思う。
なので床に座る座り方みたいなのは自然に身についてるんだなってダリオのおっさんを見て思った。
だが土下座の型はまだまだだね。私の方が上手いぜ。
「犯罪者じゃん。犯罪者はその場で殺していいって聞いたよ」
「そこをだな、坊主を助けたことに免じて一度でいいから見逃してくんねえかな。そしたらおっちゃん、もう尻に火が付いたように遠いところまで逃げて二度とツラ出さねえからさ。あと坊主は嬢ちゃんだったんだな。別嬪さんだな」
そもそもおっさん何やったんだよ。商人拉致って私を森に捨てただけじゃないだろ。
私が胡乱な目で見ていると、グラディがルフィノさんに目線を送った。ルフィノさんはテーブルのドレスの箱を片付け、ワゴンからピッチャーや籠をテーブルに並べていた。シェルリは言うだけいってバスルームに行ってしまった。眠気覚ましにひとっ風呂か。優雅でいいな。私も行こうかな。
「そうですなあ、こやつは元『赤熊傭兵団』の一員で、それなりに名を上げたのですが何があったのやらある時期出奔し、それからは裏の界隈で用心棒仕事をしているようですな。腕前はまあまあですな」
流れるようにルフィノさんがおっさんの素性を語った。さすが大商会の先代、何でも知ってる。
私はそりゃあ商社マンの親玉なら情報通だろうよ、と納得したけど、ダリオは今更ながらに顔色を悪くしていた。グラディの武力から逃げおおせても、今度は情報という力で追っかけてくることが判ったからだろうか。
「あの古着屋とどういう関係があるのかしら?」
「店主殿をまあ……その、誑かしたようですじゃ」
「独身同士、大人の自由恋愛だぜ」
「つまりヒモなんだ」
沈黙して皆が私の顔を見る。なんだよう、つまりそういうことじゃんかよう。
「それでお前、今は仕事を受けているの? それとも自由なのかしら」
「依頼はこの村に来た時点で終わってまさぁ。一仕事終わったんで、まあ可愛いイロのところでちょっと骨休めしようかなと……」
えへえへ、と誤魔化すおっさんにイラッとした。
「そう、なら丁度良いわ。アレア、この男で訓練しましょう」
グラディがルフィノさんが給仕したワインらしきものを飲みながら、いいこと思いついた! という感じでニッコリ笑った。こわい。床のおっさんも引きつっている。でも命は助かったんだよ、多分。
おっさんはいったん解放された。古着屋に戻って仕事が出来た旨を連絡しに行くためだ。通いでよろしくてよ、とグラディは言ったので夜は恋人とイチャイチャできると思う。おう、よかったなおっさん。チッ。
明日から来い、と命令されて、おっさんは命拾いしたことに喜びながら帰っていった。本当に喜べるのかどうかは明日からの訓練内容次第で、恐らく後悔するとは思うけど……命は助かる、のかな?
ダリオが帰った後は、ルフィノさんが持って来てくれたチーズをいただいた。
チーズだ! ワゴンはチーズやワイン、パン等だった。
ベルレも二階から下りてきて(そして風呂から出てきたシェルリに服を着せ)、客間のソファでみんなでチーズを楽しんだ。パンも切って、軽い昼食となった。
ルフィノさんが産地や乳の元になる家畜や動物を色々と説明してくれたが、思ったより多種多様な家畜がいるらしい。
中でも丸角牛という牛系の魔物が大人しくて飼いやすく、乳も肉も美味いということで一番ポピュラーなようだ。その名の通り角が丸いそう。袋角のままで成長が止まるのかな。餌が変わると乳の風味や色が変わるので、産地や牧場の特色になっているそうだ。
ただこの第三村ではやっぱり保存性の問題から、ほとんどハードタイプのものしかなくて残念がっていた。でもクセがなくて一番食べやすいよね。
お腹いっぱいになった後はグラディは出かけて、ベルレは二階に戻りまた回路図と格闘、私はシェルリと魔法の訓練となった。
あれから合間合間で練習はして、手から魔力を取り込むのはもうモノにした、と思う。手のひらをグッと握り込むアクションは必要だけどルーティンみたいなものだ。もっともそこから先に進めてなかったんだけど。
「背中から取り込む」
「背中から?」
「そうだ。背中から取り入れて、前方に展開するのが感覚的に理解しやすい」
それは判る気がする。
シェルリが私の背中の中心、肩胛骨の間あたりに手のひらをあて、魔力を流し込んだ。シェルリの魔力はもうお馴染みなので何の違和感もない。
背中があったかいような感じがして、胸、腹と胴体に魔力が広がっていく。そこから両腕や両足に流し込む。じんわりと全身が温まるよう。
何度か繰り返してもらって、背中から取り込む感覚を訓練した。背中に口があって、その口で大きく深呼吸するイメージ。妖怪かな。
翌日は逃げずに出頭してきたダリオを連れて、グラディと一緒に宿の裏手の森にでかけた。ちょっとした散策ゾーンで宿泊客用のアクティビティだ。でも今日はグラディス様の貸し切り。
散策用の道から外れて更に奥に分け入ると狭い広場があった。丸太が積んであったりするので宿側の作業場かもしれない。
グラディは白い軽鎧を着て、私は商人市で買った普段着だ。あのドレスの出番はいつ来るんだろう。
「ではアレア、この男を何回か殺してみましょう!」
で、出たー! 教官のスパルタ悩筋訓練だー!
私は天を仰いだ。
おっさんはえっ処刑されるの? と呆然としている。
違うんだよ、その「何回か」というあたりがポイントなのよおっさん。
「大丈夫ですわ、わたくしは巡回神官。本当に死なせたりはしません。シェルリがいないので少し心配ではありますが、まあ大丈夫でしょう」
蘇生に失敗しちゃうかも、ごめんね! ということなんだが、おっさんは神官と聞いてあからさまにホッとしていた。いや死ぬ時は死ぬよ。言わないけど……。
それから始まるデスゲーム。おっさんはハンデとして両足首を肩幅ぐらいのロープで縛られて逃げ、私はナイフ片手におっさんを追う。この狭い広場から出てはダメ。
しかしおっさん、ルフィノさんが評価してたようになかなかの戦士らしくて、肩幅ぐらいしか足が開かなくても巧みな動きで逃げ、私は全然追いつけない。息が切れるばかりだった。結構な運動だ。
「嬢ちゃんそんなことじゃ山賊にコロッとやられっちまうぜ」
「ううう……」
息が切れて返事もできねえや。ちくしょう。
結局その日はダリオを殺すどころか追いつけもしなかった。
舐めたダリオがケツとか叩くもんだから、マジで殺意が高まってきたわ。
ヤれる。私はヤれる側の人間だ。このおっさんなら気兼ねなく刺せそう。
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