第13話 パクり、ではなく地球の英知

――再び、食堂



 盛り付けされた皿を使用人に並べさせて、父セルガ以下家族たちへ香辛料をかせつつしっかり生かした料理を提供する。


 皆はナイフで肉を切り、フォークを使い口へ運ぶ。

 その反応は――?

 セルガ・ダリア。

 次兄ザディラ。双子の弟妹ていまいアズール・ライラと続く。


「ふむ……」

「あら、美味しい。香辛料の風味がお肉の味を引き立てて」


「薄味だが、悪くない」


「もっと刺激が欲しいけど、さっきよりかは味にぽやっと感があるな」

「舌先に広がる香草の清涼感がお肉の油の重たさを緩和して……いえ、溶け合い味に奥行きを持たせているんだ」



 以上の反応だが……ダリアとライラは中々の味覚の持ち主のようだ。セルガは不明。

 そして、濃いめの味付けしたのに薄味だと言っているザディラに、味を以前のものと比較してぽやっと感があるという、わけのわからない感想を言っているアズール。

 ザディラは舌馬鹿で、アズールの方は独特の味覚を持っている様子。

 そんなアズールが好むという、香辛料メニセルを使ったお茶はどんな味なのだろうか?


 怖いもの見たさであとで試してみるか? いや、お腹を壊したら嫌なのでやめておこう。



 各々が口に運び、感想を表したところでセルガが俺に問い掛けてくる。

「それで、どうするつもりだ?」


 短い質問。しかも内容には触れない。受け取るこちらとしては理解に頭を回さないといけないので面倒。

 とはいえ、この程度わからないほどボンクラではないので答えを返す。



「御覧の通り、先ほどの料理と比べて格段に香辛料の扱い方が良くなったことは理解していただけたと思います。では、先程の料理が何故問題だったのかという点に触れましょう。それはまだ、香辛料の扱い方に不慣れであるということです」


 ザディラは言っていた。

 世界中の海に散らばる珍しい香辛料が集まっていると。

 つまり、彼が扱っているのは未知の香辛料。そのため、料理人たちが扱いに困っている。

 料理長もまた勘を頼りに使用していると言っていた。


 

「未知の香辛料のため、使い勝手が難しい。わからない。という方々が大勢いると思います。そういった方々のために基礎となるレシピを配ってみてはいかがでしょうか?」


 そう言って、ルーレンにメモらせていたレシピをセルガの前に出す。

 彼はレシピを手に取り、俺の狙いを口に出す。


「香辛料の扱い方を指導することにより、取引量が増えて利益を伸ばせるというわけか」

「ええ」


 にこやかに返事をする俺とは対照的に、セルガの表情には不満が残る。

 これだけでは足りないのだろう。

 だから、次の矢を飛ばす。



「香辛料市場の活性化。もちろん、これらを他の町へ伝播します。そして、それらを宣伝するために、格付けを行ってはいかがでしょうか?」

「格付け?」

「新しい香辛料を使用した食事を提供する料理店の格付けを行い、それを広めます。幸い、ここは港町であり交易の中心地。大勢の人々が訪れる町ですから」


「格付けで競争を煽り、それをイベントとして注目を集める。提供される料理が多くの者に評価されれば、各地域に伝播する。すると、香辛料を求めて町に人が集まり、香辛料市場だけではなく、経済そのものが活性化する、か」


「はい。それに格付けされたお店……つまりは美味しい料理を提供してくれるお店があると広まれば、このダルホルンに訪れる旅人も増えるでしょう。料理は観光の目玉にもなりますから観光業の活性化にもつながりますわ」


 俺はほくほく顔で語りつつ、とあることを考える。

(ミ〇ュランのパクリなんだけどね)と


 

 話を聞き終えたセルガはレシピに視線を落として、こちらへ移す。

「ふむ、面白い着想だ。しかし、旅人はそう望めぬかもな」

「それは……道中の治安の問題ですか?」

「それもあるが、大元はそれではない。問題は、料理を目的に旅をする者がさほどいないということだ」


 この言葉を受けて、俺は心の中で顔をしかめた。

(そうか、まだこの世界では庶民がそれほど裕福じゃないんだ。つい、地球感覚で考えてしまった。ならば、これを付け足して)


 ザディラはこうも言っていた。元よりダルホルンは人や物が集まっている港町だと。

 港町と言えば貿易。貿易に必要なものは港。その港をより活性化させれば……。



「でしたら……」


 ここで言葉を飲み込む。勇み足だと考えて。

 現状ではこの港町ダルホルンがどういった立地に置かれており、周囲にどんな町があり、海の向こうがどうなっているのかわからない。

 もしかしたら、陸よりも治安が悪く海賊が当たり前の世界なのかもしれない

 それらを無視して港をどうするかなど語れない。それに、この話は香辛料の話から逸れたもの。


 途中で言葉を収めた俺へ、セルガが問い掛けてくる。

「どうした?」

「いえ、なんでもありません」

「……そうか。まぁ、格付けを高級店に絞れば、名士たちの注目を得られるだろう。彼らが香辛料に注目すれば自然と利を伸ばせる。同時に、香辛料の取り扱いの基礎を広め、ダルホルンを貿易の町というだけではなく、美食の町として有名を広げるのも悪くない」



 そう言って、セルガは能面のような表情のままザディラへ視線を合わせる。

 そして言葉を発し、それを聞いたザディラの表情が羞恥と怒りに染まろうとした。

 彼の様子を見て、俺は慌てて大声を上げた。


「ザディラ、お前もシオンを見なら――」

「ありがとうございます! ザディラお兄様!」


 セルガの言葉を押さえ込み、さらに続ける。

「お兄様が香辛料に着目したおかげで、こういった発想が持てましたわ。わたくしは1を2や3にできても、お兄様のように0から1を産み出すことはできません。これらは、お兄様の先見の明があればこそ。この愚妹ぐまいであるわたくしに活躍の場を戴き感謝いたしますわ!!」



 セルガは俺とザディラを比べて、俺を褒めようとした。

 そんなことをすればザディラが嫉妬に狂い、関係修復が難しい敵に回ってしまう。

 それだけは避けないと。


 それに現在ザディラは曲がりなりにも大金を動かす立場。

 うまく活用して利用したいと考えている。


 このゼルフォビラ家へ復讐を果たす布石として――。



 いきなりの大声に食堂は静まり返る。

 今のは、あからさまなヨイショ。やりすぎたか?

 と思ったのだが、ザディラは……。



「お、お、おお、その通りだシオン。わかっているじゃないかっ。この私の先を見る目というものがあったからこそ、お前の着想が生まれたのだ! ふははははは」


 ちょろい。

 ふんぞり返って笑い声を上げ続ける彼を見て、俺は薄く笑う。

(セルガと比べてかなり隙があるな、こいつ。よし、こいつをまず失脚させよう)



 最初のターゲットが決まった。

 ゼルフォビラ家の崩壊。もしくは乗っ取り。これを行うには隙が全くないセルガを倒さなければならない。


 しかし、今のシオンにそれを行える力はない。

 だから、ザディラを取り込む。

 取り込み、彼の持つ財と人脈を奪う。

 だが、今のままの彼を利用するにはが強すぎる。自信家であるこいつは必ず暴走を起こし、それにより俺を巻き込み窮地に立たされかねない。



 だから、一度地に堕とし、彼に絶望を与え、救う。

 心を折り、シオンという存在を拠り所に感じさえ、またシオンが無ければ立場が成り立たせなくさせて、傀儡くぐつとするために。

 

 さらに一度失脚すれば、兄弟間の競争から外れ、注目を失うことになる。

 そうすれば水面下での動きが可能になる。


 再び浮上するときは、他の跡取り候補を叩き伏せる準備ができたとき。

 そうして俺はザディラを人形として前に置き、セルガへ戦いを挑む。


 そのための布石をここで打つ。

「お兄様、今後ともご指導をお願い致します。お兄様のような才あるお方の傍にお仕えできれば、愚鈍な妹であるわたくしであっても、幾許いくばくかの見識が得られるというもの」

「あははは、もちろんだ。私を見てよく学ぶがいい。あはははははは」

 

 相も変わらず馬鹿笑いを上げ続けるザディラを青の溶け込む黒の瞳に映し込み、心の中でほくそ笑む。

(フフ、愚かなお兄様。神輿は軽くて馬鹿が良いなんていう言葉があるが、それはあんたのためにあるのかもな)

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