中編
入学からほぼ1年。
わたしは、放課後の実習植物園へ向かっている。貴族学園の植物園はかなり広大で、様々な植物を集めてあるが、生徒の姿は殆どない。
「ラルフ様」
一人黙々と樹木の剪定作業をしている男子生徒に声をかける。
ぼさぼさの茶色の髪、くすんだ緑の目にぶあつい眼鏡をかけた、ぱっとしない風貌の男子生徒がわたしの方を振り返った。
ラルフ・レノックス伯爵子息。
わたしが1年かけて選んだ『ターゲット』だ。
嫡男。
婚約者なし。
家格は伯爵家としては中の下。
領地の大きさも伯爵家としては特に大きくもなく狭くもなく。
突出した特産はないものの、領地経営は無難に行われており借金なし。
現伯爵は温厚な人物として知られ、夫人も温和で夫婦仲は良好。
問題のある係累なし。
成績は中の上。
容姿はぱっとしないが不潔ではない。
性格は真面目で目立たない。
趣味は植物園で樹木の世話をすること。
完璧である。
よくこんな上玉が残っていたものだ。
「ソフィア嬢。どうしてここに?」
わたしはとびきりの笑顔をラルフ様に向けた。
「うちの領地の農園で試す予定の果樹がここにあると聞いたので見学に来ました」
わたしの答えに、ラルフ様が嬉しそうな顔になる。
「ああ。ここはいろんな作物が揃っているから。なんて果樹?」
「ええ。黄金林檎というものなの。ご存じですか?」
「それならこっちだ」
ラルフ様は剪定鋏を道具箱へ片付けてパンパンと上着をはたくと、わたしに付いてくるように促した。ラルフ様はリンゴの木が植えられているところまで案内してくれるようだ。あっちだよ、と言われて終わるかなあと思ったけれど。
うん、こういうところ、大変良し。
果樹の剪定作業について、あれこれと知識を披露してくれるけれど、興味がないから頭に入ってこない。それよりも…。
「ラルフ様。結構遠いんですのね?」
「ああ、試験農園だからかなり広いんだ。疲れた?」
「いえ、大丈夫です」
ラルフ様は腕を差し出して『つかまって』と言ってくれる。
こういう心遣いのできるところ、更に良し。ちょっと催促した感じではあるけれど。
わたしは少し躊躇ったふりをしてから、そっと手を彼の腕に預けて彼を上目遣いに見上げた。
ラルフ様はわたしよりも頭一つ背が高くて、意外とがっしりしている。健康であることも高ポイント。きっと農作業で身体が自然と鍛えられているのだろう。騎士志望の男子たちのように筋肉を見せびらかさないところも好感がもてる。
ラルフ様のお顔は、確かにダサい眼鏡にぼさっとした髪で隠れているけれど、意外と整っている。派手な顔立ちではないけれど、髪を整えて眼鏡を変えたら随分変わるだろう。
わたしの中でラルフ様の株がうなぎのぼりに上がっていく。
ラルフ様とは図書館で知り合った。
調べものをしていたときに、ラルフ様と偶然書架の角でぶつかってわたしが抱えていた本が床に落ちたのだ。ラルフ様は、ぶつかったことを謝って親切に本を拾ってくれた。その後も時々図書館で見かけるたびに挨拶を交わすようになった。
わたしはもちろんじっくりとラルフ様のことを調べ上げた。
ラルフ様は女子生徒に人気がない。農園に入り浸って土いじりをしているダサい男子扱いなのだ。
みんな、なんて見る目がないんだろう。彼はいずれ領地で農業振興に力を発揮するに違いないのに。
でも、ありがたいことに彼をわたしの物にするのに誰にも遠慮は要らないのだ。わたしはラルフ様の腕につかまる手にきゅっと力を入れた。ラルフ様の腕がちょっとぴくっとした。
「あれだよ」
ラルフ様が指さす先に、果樹が植わった一角があった。いろいろな果樹を栽培しているらしく、林檎だけでなく柑橘類らしい木も見える。ラルフ様はそのうちの一本の前まで行き、その幹をぽんぽんと叩いた。
「この木だね。今は実がついてないから他の木と区別は難しいけど」
「この木は他の林檎の木とどう違うのでしょう?何が特別なのかしら」
「そうだね、黄金林檎は皮が黄色くて甘味が強いんだ。実が大きめで、中に蜜が入るので人気がある。育て方はちょっと難しいけど」
「そうなんですか。ラルフ様は本当によくご存じですのね」
「これしか取り柄がないからね」
「将来役立つ素晴らしい取り柄だと思います!」
強く言い切ったわたしに、ラルフ様はびっくりした顔をしたあと、目を逸らしてちょっと赤くなった。
「う、うん、ありがとう」
ラルフ様が照れている。
「もう少ししたら花が咲くから、また来てみるといいよ。果樹の花もなかなか綺麗だから」
「ありがとうございます。ラルフ様、また案内してくださいますか?」
「僕でよければ」
ラルフ様は優しく笑ってわたしを見た。
わたしはしばらくラルフ様に林檎農園の話を聞いたあと、正門まで送っていただいて別れた。
「ラルフ様……。完璧……」
ひと月後。
林檎の花が咲く中、わたしは『魔法の力』を使った。
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