魅了の力 賢く使って完璧な男性と幸せになる!

琥珀川 あまな

前編

昔、この国に魅了の魔女が生まれた。


魔女は婚約者がいる王子やその側近たちをその力で次々に虜にして婚約を破棄させ、妃になろうとした。その魔女は最後は投獄され処刑された。彼女の母親は既に死んでおり、父親は処刑され家は断絶。王子は廃嫡されて辺境へ飛ばされ、何人もの男たちが家ごと巻き添えを食い、彼らの婚約者たちもある者は修道院へいき、ある者は生涯未婚を通した。


◇◇◇


わたしには魅了の力がある。この力は病で亡くなった母から受け継いだものだ。

母は病で死ぬ前に、まだ5歳のわたしに言った。


『わたしはあなたのお父様にここぞと言う時に一度きり、わたしが持つ力を使ってお父様に魔法をかけたから幸せになれたの。可愛いソフィア。あなたにも同じ力があるわ。男の人には絶対に秘密よ。その力を賢く使って幸せになりなさい』


わたしだって処刑されたくない。


男爵家に生まれて子爵家のお父様に嫁ぎ、幸せな家庭を築いたお母様のように、賢く力を使うと心に決めている。


◇◇◇


「ソフィア様!」

「ジェイン様。おはようございます」

「放課後、話題のカフェへご一緒しませんこと?」

「もしかして帝国から出店したという?」

「やっぱりご存知ですのね!」

「もちろんですわ。参りましょう!」


わたしは15歳になり、貴族学園に入学した。


友人にも恵まれ、楽しい毎日を過ごしている。子爵家の娘であるわたしは、下位貴族クラスで学んでいる。上位貴族クラスでは、第一王子と公爵家嫡男が入学したために色めきだっているらしいが、わたしには関係ない。


魅了の力を使えば王子も虜にできるけれど、わたしは悪女の教訓を忘れるつもりはない。田舎男爵家出身の母は同じ地方の子爵家の令息を捕まえて満足した。父と母は娘の目にも仲が良かった。今も父は母ひとりを想って再婚していない。


わたしは、同じ子爵家か、裕福な男爵家あるいはそれほど家格の高くない伯爵家の子息と結婚しするつもりだ。


わたしと仲のいいジェイン様も子爵家の令嬢。彼女には幼馴染がいて、既に婚約しているからお相手探しはしていない。


わたしにはまだお相手がいないから、学園はお相手探しの山場なのだ。


貴族は子供のうちから相手を決める場合もあるけれど、結婚する年になるまでに家同士の理由やお互いの相性の問題で破談になる場合も多く、婚約は大人になってからでいいという考え方が主流になっている。特に男性の結婚年齢は昔より上がっているから、卒業してしばらく働いて落ち着いてからお相手を選ぶというケースも多い。


わたしたちにとっては昔話だけれど、学園という大人の目が届かない場所で起きた『魅了の魔女』のせいもあると思う。


それでも高位貴族は家同士の結婚、政治の一環、という意味合いが強いから、今も婚約者は子供のうちに決まったりする。


婚約者から相手を奪うのはリスクが高い。特に高位貴族とトラブルを起こすのは物理的に首が飛びかねない。


頼りがいはある方がいいし、最低限の地頭はほしいけれど、学園でも一、二を争う秀才とか、宰相にもなれるというような賢さじゃなくていい。領地経営を無難にこなせる才覚があれば十分。


見目は毎日見るのが嫌なほどじゃなければいい。できればお父様のように地味で穏やかな容姿が望ましい。あまりキラキラしいお顔は浮気の元だし、落ち着かないし、わたしの地味な容姿では釣り合わない。


お金も貧乏は嫌だけど嫉まれるほどはいらない。爵位もあまり高いとわたしの家の家格からいって釣り合わないし苦労するのが目に見えている。


クラスにも数人条件に当てはまる男子がいるが、このクラスだけで決めるつもりはない。まだ上級生のクラスも調べていないし、相手がどう思うか分からないが下級生だってかまわない。一つや二つ、年下でもわたしは全然大丈夫。


焦らなくてもターゲットを決めさえすればいい。


魅了の力を使えばモノにできるのだから。



「マーガレット様だわ。お綺麗ねえ」


とある放課後、ジェイン様と校舎の回廊を歩いていると、おなじ1年の侯爵令嬢マーガレット様が取り巻きを引き連れて中庭を歩いているのが見えた。マーガレット様は綺麗な艶々した金髪にぱっちりした青い目でお人形のように綺麗だ。つい最近、公爵家の嫡男との婚約が調ったと聞く。


「ドーセット家のご子息とご一緒のところをお見掛けしたのよ。もう、物語みたいに素敵でしたわ」

「公爵子息様もお美しい方ですものね」

「はああ。わたくしたちとは別の世界ですわね」

「ふふ、わたくしはジェイン様とこうしてお喋りする方が楽しくっていいですわ」

「わたくしもよ!」


ジェイン様とわたしは顔を合わせて笑った。


マーガレット様の美しさは、与えられた『力』だと思う。

そして彼女の家の財力もその美貌を支えている『力』だ。至って平凡な小麦色の髪と琥珀色の目、背の高さも普通、下位貴族クラスの中で埋もれてみえるわたしとはまるで別世界の人。


わたしは、見た目の美しさも、家の財力も、身体能力の高さも、生まれ持った『力』だと思う。


使い方さえ間違えなければ、魅了の力も同じように生まれ持った『力』。


男の腕力の強さは騎士になったら評価される『力』。魅了の力は邪悪で、容姿の良さや腕力の強さは善だなんて思わない。要は使い方なのだ。


わたしは、この人と決めた相手を見つけたら『力』を迷わず使うつもりでいる。


マーガレット様ご一行を遠目に見送り、わたしは図書館へ向かうべくジェイン様にご挨拶をした。


「ジェイン様、ではまた明日」

「あらソフィア様、お帰りにならないの?」

「図書館で調べたいものがありますの」

「ソフィア様は勉強熱心でいらっしゃるのね。ではお先に。ごきげんよう」

「ええ、ごきげんよう」


ジェイン様と別れて図書館へ向かった。図書館で調べものをするのは本当だ。わたしはターゲットを決めるために、徹底したリサーチを重ねている。


領地の状態、将来性はどうか。税収大きな変動がないか。

国内での位置関係はどうか。問題のある領地に挟まれたりしていないか。


図書館にある資料を漁って下調べをするのだ。


これはという男子を見つけたら、父にさりげなく噂話として聞いてみたり、クラスの友人に話題を振ってみたり。さすが貴族の子弟たち。色んな話を知っている。


『隣の領地の誰それは金遣いが荒い』

『親戚が嫁いだ先は裕福だけれど親族の中で争いがあるらしい』

『どこそこは羽振りがよく見えるけれど内情は悪いらしい』


噂を鵜呑みにすることはないけれど、図書館で得られる情報では分からないことも多い。


『わたしはあなたのお父様にここぞと言う時に一度きり、わたしが持つ力を使ってお父様に魔法をかけたから幸せになれたの』



一回きりの魅了の力を使う相手を、わたしは絶対に間違えない。


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