6 婚約お披露目の夜会


 マリアは私のみっともない姿を見て、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

「何ですの、その恰好は。お相手もいらっしゃらないの? 可哀そうに。ダヴィード様はわたくしをそりゃあもう離してくれませんの。他の殿方とお話しするとやきもちを焼かれて──」

 ダヴィードの事をこれでもかと惚気られて、聞く方が疲れる。


「そういえば、これからお茶会にいらっしゃらない?」

「え?」

 いきなりのマリアの誘いに驚いてしまう。マリアの家に行ったことってあったかしら。いや、そうじゃなくて、まだ新婚じゃないかしら。仲のいい所を見せつけたいのかしら。


「いえ、私は──」

 ダヴィードに会いたくない。マリアにも会いたくなかった。私は平気で笑って過ごせるほど出来た人間じゃない。

「あら、まだこだわっていらっしゃるの? それとも未練でもおありなの?」

 マリアの目が獲物を見つけたように意地悪になる。唇がにんやりと歪む。

「いいえ、でも……」

「なら、いらっしゃいよ。ダヴィード様によい方を紹介して頂けばいいわ」

(そんなものは要らない)


 マリアは私のことは知っていないようだった。私から話すことはない。

 断りたい。行きたくない。何と言って断ろう。

「ええと……」


 そこにドアをノックして侍女が入って来た。

「お嬢様、お友達のベルタ様とロザリア様がおいでになりました」

「あら、約束していたわね」

 とっさに嘘を吐いた。私は家でダラダラと過ごす予定でどなたとの約束も入れていない。こちらに帰っていることも内密だった。

「マリア、またね」

 私をすごい目で睨んでマリアはベルタとロザリアと入れ違いに出て行った。


 ため息を吐いて「ありがとう」と言うと、二人は顔を見合わせる。

「そのう、セラフィーナ様」

「あの方はあんな事をしておいて、こちらによく来るの?」

 ロザリアが遠慮がちにベルタが不満げに聞く。二人とも強張った顔をしている。

「いえ、アレ以来だわ。それより二人とも座って、お茶にしましょう」

 二人はまた顔を見合わせて侍女がテーブルを片付けるとおもむろに座った。


「セラフィーナ様、お綺麗になられましたわね」

 ロザリアがお茶を一口飲んでほうと息を吐く。

「あら、そうかしら。物凄い恰好でしょ」

 部屋着姿でお化粧もしていない。髪は緩く三つ編みにして括っているだけだし。

「あちらで磨かれているのね。私もお役に就けるよう頑張らないと」

「そうですわね、うふふ」

 二人は公務員志望らしい。私も公務員のようなものだろうか。

「そっかー、私も頑張らないと」

 後はもう久しぶりだし気安くおしゃべりを楽しんだ。本の話、お菓子の話、美容の話、お化粧の話で盛り上がった。


 明日は殿下が公爵家の別荘に行かれるのでご一緒する。私の自由で気楽なお休みは終わってしまった。



  * * *


 秋の夜会の為に帰国して、王宮でお披露目をして、オルランド殿下とワルツを踊る。王宮主催で広まったこの三拍子のダンスは瞬く間に民間にまで広まった。二人で王宮のホールを翔けるようにくるくるとドレスを翻しながら踊ると、万雷の拍手喝采であった。

 王族としてどうなんだろう、と思ったが王宮主導であるからいいのだろう。隣国では作曲家を擁して広く世間に喧伝しているという。

 王族も伝統に囚われ重いドレスで着飾るのではなく、軽やかにしなやかに踊るように生きるのも素敵かもしれない。


 殿下に連れられて会場にいらっしゃった方々と談笑していると視線を感じた。そちらを見ると紺の髪の背の高い方がいた。表情は遠くて分からない。フイと背を向けて行ってしまった。

「どうしたんだい」

「あ、いいえ何でもありませんわ」

 ダヴィードだろうか。マリアとは一緒ではなかったようだけれど。



 殿下と離れて王宮のホールに集った友人達と話していると声をかけられた。

「セラフィーナ様はこんな所で何をしていらっしゃるの?」

 マリアがいた。今日は伯母と一緒に来ているようだ。

「まあ、あなたはこんな所まで来られるような身分でもないのに」

 今日は貴族であれば誰でも参加できる王宮で一番大きなホールで開催している。ベルタもロザリアも来ている。その代わり警備もガッチリで庭園にも行けない。私の側にも貴族令嬢の姿をした警固の方が何人も付いているし、近衛兵が近くで待機している。


「この子はとても意地悪ですの。人の差し上げた物を捨ててしまうような方よ」

 回りの聴衆を引き摺り込むように伯母がいつもの私を貶めた言葉を発する。何度言われただろう、小さな頃から。嗤われ誹られどれだけ傷付いただろう。


 でも今の私には伯母がとても小さな人間に見える。

「あの時いただいたお菓子は侍女が片付けて犬にやってしまったの」

「何という意地悪な事を──」

「犬が具合が悪くなって大変でしたの、お医者様を呼んで──」

「まあ、マリアの所為にする気なのね、どこまでも──」

「私はその時、呼ばれた医者です」

 中年の紳士が出てきた。

「ランス博士」

 彼は世界的な流行り病のワクチンを家畜から開発したとして、医学博士として認められ医学会の正会員になり、叙勲され凖男爵の称号を贈られている。

「食中毒を起こしておりましたな。ご令嬢がたいそう心配されて、近所に住まいする私までが呼ばれ駆け付けました」

「先生のお陰で無事に回復いたしましたの。今も元気でおりますわ」

 時ならぬランス博士の登場で慌てたのだろうか、伯母のいつもの弁舌もさえない。


「ななな、そんなことで貶めるおつもりですの。この子はマリアを茶会に呼んで皆で苛めましたのよ」

「そうですわ、わたくしの食べ方が汚いと言われて──」

「あの時はエルブ伯爵令嬢シュザンヌ様のお茶会でした。とてもお優しい方ですの」

「わたくしお菓子作りが好きです。セラフィーヌ様に勧められてお店も開きました」

 スッと前に出てカーテシーをしたのは私の友人のひとりシュザンヌだった。

「お分かりいただけるでしょうか、自分の作った物は我が子のようなもの、皆様に味わっていただくのが何よりの楽しみでございます」

 シュザンヌの作ったケーキは宝石のよう、一口か二口で食べられるケーキの中に様々な工夫がしてあり食べた時の驚きを語り合うのが楽しかった。

「それを幾つもぐしゃぐしゃにしてすべてを食べる訳でもなく……、わたくしの気持ちが──」

 彼女はしばらくお茶会を開けなかった。でも私の噂を聞いてロザリアやベルタと同じように戻って来てくれたのだった。


「わ、わ、私の所為ではないわ」

「ステキなお菓子を作られる方だと申し上げました。皆さまで一緒にお菓子を頂いてお話をするつもりでおりました。食べたお菓子ならお話も弾むかと思いまして」

「酷い、そうやってわたくしをみんなで苛めるのね」

「そうですわ、酷いじゃございま──」

 まだ言い募る伯母を遮って、

「今宵はめでたいオルランド王太子殿下と我が娘セラフィーナの婚約お披露目の日ですぞ、お祝いの心もない無作法な方は出て行っていただきたい」

 公爵が合図をすると近衛騎士がマリアと伯母を取り囲み会場の外へと連れ出した。


「私の出番はないのかい」

「オルランド殿下」

「これからですぞ」

 公爵が私の背を叩いて押しやり、殿下は私をエスコートしてホールへと向かう。

「大丈夫……、のようだね」

「はい、殿下のお陰で強くなりましたの、とても心強い方達もいらっしゃっていて」

 私の周りには鉄仮面を外せば、優しく見守る方も仲間として共に歩もうとする方もいらっしゃるのだった。

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