”あ”の世 序章
ろぶんすた=森
プロローグ
第0話 始まりの怒号
———— 大阪某所
サイレンが鳴り響き、人々の怒号、車の盗難防止のアラームがとめどなく鳴り響く。何かが引きずられ、破壊されてる音も所かしこから聞こえている。
「だから住民は反対したんだ!」
齢八十くらいであろうお年寄りが妻であろう人物に向かって大声で話しかけている。苛立ちが隠せず、ウロウロと机の周りを回っている。
「ここの町民はこの古墳と共に生きてきた。神の末裔であろう人物の墓を暴き、あまつさえそのご遺体を持ち去るなんて…。考古学者による調査だと…なんて事をしてくれたんだ。」
焦り、不安、恐怖が顔に滲み出ており、顔からは汗が滴り落ち、小刻みに震えている。
公的な調査名目でこの町にあった古墳が暴かれ、その中の遺体まで運び出された。そんなニュースが一月ほど前大々的に流され、良い意味でも悪い意味でも世間をざわつかせた。
「これは天罰だ…そうに違いない。母さん、アイツに電話しておいてくれ!」
気が動転している様子で妻に対して指示した。妻もまた、同じ様にそわそわと落ち着きがない様子で電話を手に取った。
「あんた、そっちは大丈夫かい?こっちは呪いか何かわからんけど、人が暴れとる。絶対に大阪にはきたらあかんで。」
明確な説明ができない。暴徒は門前まで迫っており、一刻の猶予も許さない。
「あかん、なんやこれ…、あいつらどうなってんや。どないすればええんや…、入ってきよるぞ。」
次の行動が浮かばない。チラチラとカーテンを少しめくり外の様子を確認する。
一般家庭にある門など人が5、6人集まり押されればいつかは壊れる…。門の蝶番が不快な金属音を鳴らす。
「「「「「あ、あ、あ…。」」」」」
暴徒の勢いは増すばかり、門をガンガンと揺らすのではなくゆっくりと確実に押しこじ開けようとしている。その様子はまるで、人間プレス機の様である。一番前で推している暴徒は門の隙間に顔が挟まれその隙間から肉が飛び出している様にも見える。
「母さん、勝手口の方に逃げといてくれ。逃げるのに必要そうなもん準備するから。もし、あいつらが入ってきたら私のことはほって逃げてくれ。」
断固たる意志を感じる顔つきで、妻に対して命令した。妻もその意志を汲み取り勝手口へ向かった。
「あんたも早よ来てや…。」
そう言い残し勝手口まで駆ける。
「こんな時は何持っていけばええんや…。車は玄関やかからあかん…。包丁…、あかん…年寄りがなんとかできるわけもない。」
パニックと混乱で頭が回らない。
そう言ってる内に、石と金属がぶつかる大きな音が鳴り響く。門が崩れた。
雪崩れ込む様に迫り来る暴徒。玄関の引き戸など門に比べると時間稼ぎなどできるはずがない。
「母さん、逃げろ!」
もうその言葉しか出てこない。
「あんたも早く!」
妻の声で我に帰り、一目散に勝手口へ駆ける。荷物など何も持っていない、着の身着のままで…。
玄関のカラスが割れる音が家中に響き渡る。その後、ドタドタと廊下を走り回る暴徒の足音が迫ってくる。
「母さん走れ!」
私は無我夢中で走り、周りのものを床に落とし、少しでも暴徒の足止めをしようと足掻いた。
よく映画などではタンスを倒して足止めなど、あるあるシチュエーションだが、年寄り一人ではタンスを倒すことなどできるはずもなく、暴徒は迫り来るばかりである。
暴徒は本当に人間なのであろうか…、床に逃げる際に撒き散らかした陶器などが割れ、足に刺さっているがその勢いは衰えることはない。
「これは天罰なんや…。もう、ちょっと…や。」
この歳になり勝手口まで全力で走ったことなどなかったため、息が切れてきた。
あと少しの勝手口がこんなにも遠い…。一歩が重い。
「あんた!」
そんな時に聞こえた妻の声。最後の力を振り絞り駆ける。
「い…ま、いく。」
あいた勝手口をくぐり抜け、ドアを閉める。ドアノブを回す知恵など無いのであろう暴徒がドアにドンドンとぶつかる音が鳴り響く。
「あんた、あっちこっちにおるわ…。」
外の状況もさほど家とは変わらなかった。家の方が閉鎖空間であり、障害物がある分良かったかもしれない。
「踏ん張りどころやな…。神様、ご先祖様どうかお見守り下さい。」
そんな神頼みをした時に車のクラクションが鳴り響く。
パンパンパン、暴徒達を引きつけるかのように車はクラクションを鳴り響かせた。その車影に隠れるかの様に上手く隠れこみ一台のトラックが近づいていた。
「畠さん、どうして…。」
ここら町内会の会長を務めている八百屋の畠さんがトラックに乗って助けに来てくれた。
「副会長にはもっと頑張ってもらわなあかんからな!」
そんな冗談を言いながら、私たち夫婦をトラックの荷台に乗せた。
「暴徒はあのドラ息子に任せとき!好きに車で走れるわ言うてなんかテンション上がっとったわ。」
いつもスポーツカーを乗り回し、うるさい排気音に悩まされていたが、今これまで頼もしいと思った事はなかった。
「ちゃんと掴まっときや。振り落とされてもどうもできんからな。」
暴徒を縫う様に走り抜ける。
私たちはまるで積み込まれた野菜と共に出荷されるようにこの町を後にした。
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