5/15 西加奈子『漁港の肉子ちゃん』
日本海に面したある港町に流れ着いたのは、肉子ちゃんというあだ名のぽっちゃり女性とその娘のきくりん。焼肉屋で住み込みで働き出した肉子ちゃんは、裏表のない性格で愛されるマスコットキャラになっていくが、小学校の高学年になったキクりんは、周囲に馴染もうといつも空気を読んでいる。
見た目も性格も正反対な訳あり母娘によるハートフルホームコメディ。近年、明石家さんまさんのプロデュースでアニメ映画化されたのも記憶に新しい、西加奈子さんの代表作。
本作の語りはキクりんなので、世界はキクリンが見たものを中心に描かれている。感性が強いキクりんの目から見る、何の変哲もない世界は、トカゲもペンギンも家の中の家具も、いつもワイワイ喋っている。その中で、肉子ちゃんのいびきが「すごーい」と表現されているのには笑っちゃう。
だけど、キクりんを囲む社会は結構シビアだ。キクリンは大阪弁の肉子ちゃんと一緒の時は同じ大阪弁を喋るけれど、転校先ではその土地の言葉で話そうと努力して生きる。きっと、「異なる言葉を喋る」転校生というのは、クラスで浮いてしまうというのがこれまでの経験で分かっているのだろう。
また、キクリンは思ったことを抱え込むタイプでもあるので、クラスの女子の派閥争いに、自分と転校したての頃からの親友のマリアちゃんに巻き込まれても、自分の意見を言えずに流されてしまう。そんな彼女が、周囲から浮いている隣のクラスの男子の二宮とちょっとずつ距離が近付いていく様子は微笑ましい。
子供の世界だけではなく、商店街を中心とした大人の世界もしっかり描かれる。母娘がお世話になっている焼肉屋さんの老人・サッサンを始め、キクりん憧れの大人な女性のマキさん、コーヒーのおいしいお茶屋さんや、仲の悪いおもちゃ屋とペットショップの店主などなど、くすりとしてしまう個性的な大人たちだ。と同時に、海を見詰める三つ子の老人の幽霊など、不思議な世界も並行して描かれているのが面白い。
肉子ちゃんと水族館に行ったり、東京から来たモデルの撮影を見に行ったり、沖合の漁に行く船に乗ったり、町内総出の運動会に挑んだりと、キクりんの日常と非日常は、眩い輝きを放ちながら過ぎていく。そんな中で、思春期に入る前の彼女は、少しずつ成長していくのだから、とても愛おしい。
しかし、後半で、とある女性の半生が挿入される。彼女の切実な事情と、その心情がつまびらかにされているので、胸がぎゅっとなる。この女性の半生が本編とリンクした瞬間に、目の前がパッと明るくなった気持ちになれたのが印象深い。
本作の映画化に際して、「みんな望まれて生まれてきた」というようなキャッチフレーズが賛否を呼んだ。だが、本作を読むと、このキャッチコピーを全肯定したくなる。どんな境遇の中で生きる人たちでも、力強く抱き締めたくなるのだ。
最後のシーンも、また祝福したくなる瞬間だった。キクりんと肉子ちゃん親子は、これからも一緒に笑い合いながら暮らしていくのだろう。そんな明るい予感に満ちた読後感だった。
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