5/4 セバスチアン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』
目を覚ますと、顔と両腕に大火傷を負い、自身の半生の記憶を失っていた20歳の女性の「わたし」。周囲の話から、自分はミというあだ名で、自宅で火事に巻き込まれ、当時一緒に住んでいた友人のドは焼死したと知る。しかし、ミは大金持ちの伯母から遺産が譲られる予定だと知り、「わたし」はある疑惑を抱く。
「わたしは、探偵で犯人で被害者で証人なのだ」というキャッチコピーが表す通り、記憶喪失の「わたし」が自分の正体を探し求める異色のミステリー。発表されたのは1963年だが、今読んでも遜色ないほど魅力的な一作。
何か、古今東西の探偵を紹介する本で、この小説が出てきたような……というくらいの、うっすらとした認識で読んだのが、逆に良かった。そもそも、その時タイトルは忘れていたし。でも、礼のキャッチコピーがあったので、『シンデレラの罠』で間違いないと思う。
そんなほぼ初見の状態なので、本作に張り巡らされた「罠」に見事に捉えられた。どんどん変化していく状況と真相。果たして、「わたし」はミなのか、ドなのか、出てきた情報から考えてみても、最後の最後まで全く分からないのが魅力的だった。
そして、最後まで読んで、解説も読んでから、この小説の文章の巧みさに舌を巻く。冒頭以外は、殆ど「わたし」の一人称で語られており、他の登場人物の視点が入ってきても、それを「わたし」が効いたという形で描かれている。
どんな情報を見ても、記憶喪失故に、「わたし」にはどれもあり得るものとして見えてしまう。ミの後継人である35歳の女性、ドの恋人、終盤で現れた謎の男など、誰も彼もが怪しく、疑わしく、「わたし」を翻弄していく。だからこそ、三人称で描かれた冒頭とエピソードが異色で、そこに大きなヒントが隠されているように感じる。
改めて、タイトルを振り返ってみると、「シンデレラ」は玉の輿の代名詞として使われるが、身寄りのいない少女が本当の愛を得る物語だともいえる。それを踏まえると、男をとっかえひっかえしているミも、灰色の毎日を過ごしていた銀行員のドも、誰かからの無償の愛を欲していたように見える。そして、その欲求の背後には、二人の伯母の存在があって……。
女性同士の深い繋がりを描いているという点で、この作品は新しいように感じられた。それは、お金でも肉体関係でも恋愛でも友情でもなく、プラトニックというよりも、家族に近い、でも少し違うような、独特な関係性のように見えた。そこら辺でも、ちょっとドキドキさせられる。
ミステリーとは、事件の真相と真犯人が判明するのが、一番面白いのだと思っていた。しかし、それだけではない、読み解き方によってグラデーションのように真相が変わり、そして、複雑怪奇な人の心に迫っていくという魅力がある。
発表された時期とか関係なく、燦然と輝くミステリー界の金字塔と言われても、非常に納得できる、とても新しい小説だった。
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