第6話 からかい
「ほりゃ!」
甘酸っぱい青春のような透明感のある掛け声と同時に、カランカラン……とプラスチックがぶつかる音が耳に入ってきた。
上に映し出されたいとのカウントが一つ上がり、4。俺のカウントはこれを初めて20分経っているが、未だピクリとも動いていない。
「いやぁ〜初心者をボコボコにするの面白いっ!」
「鬼か」
いとに連れ出された場所は、常に爆音がなっているゲームセンター。今初心者の俺が容赦なくボコボコにされているのは、アイスホッケーだ。
ここに前すべてを見透かしたようなことを言ってきたので、ファミレスで合コンのことを言及してくるのかと思っていたが、単純に遊びたいだけだったらしい。
「ふっ。守ちゃんのためなら鬼でも悪魔にでもなってあげるよ」
「頼んでないんだけど」
そうして十数分間、やけにノリノリないとにボコボコにされ続けた。
「ゲームセンターに来たならやっぱやるのはクレーンゲームでしょ!」
アイスホッケーが終わったあと、いとは看破入れずクレーンゲームをし始めた。
なんというか……ものすごく楽しそうなので、何も口出しできない。
「むぐぐ。全然とれない……」
もう400円使ったが、景品はピクリとも動いていない。
ん? というかこの景品、俺が好きなアニメのフィギアじゃないか。まさかいと、俺のためにおろうとしてくれてるのか? いや。俺の好みなんて知るはずないか。
「ねぇ守ちゃん。これどうやったらとれると思う?」
「っ」
右腕ににゅるりと手を回して上目遣いで聞いてきた。
ベンチのときも思ってたけど、いとってやけに人との距離が近いんだな……。こんなことされたら心臓がいくつあっても足りない。
「どーしたの?」
このにやけ顔……。俺の気持ちわかっててからかってるな?
「女性経験がない人をからかうのは良くないと思うんだけど。俺たち血は繋がってないけど家族じゃん?」
「家族だから、だよ」
ニヒヒと映画で出てくる悪者のような笑いをしたいとは、右腕に回していた手を離して、再びクレーンゲームと睨めっこし始めた。
いとからしたら今のはただからかっただけなんだろう。女性経験がなく、二次元しか知らない俺があんなことされると、家族だと言うのに変な勘違いをしちゃいそうになる。
「よし。とれたっ!」
俺が悶々と男としての大切な防波堤を増築していたら、いとが飛び跳ねるような喜びを感じる声を発した。
嬉しそうに下からフィギアを取り出して、大切そうに両手で抱えている。
400円でピクリとも動いていなかったのに、一体どれだけお金を使ったことやら。
まぁでも、楽しそうだからいいか。ゲームセンターってそういうところだしな。
「はい、これあげる」
「え?」
袋に包んだフィギアを渡してきた。
「え? って。守ちゃんってこのアニメ好きだったんじゃないっけ?」
「なんで知ってるの……」
「ふっふっふっそれは女の秘密ってやつだよ」
戸惑う俺を見ていとは太陽のような明るいニッコニコな笑顔を向け、嬉しそうに軽くスキップしながら次のところへ足を進めた。
これまでだらしない人だと思ってたけど、不思議と今見えるその背中は大きく感じる。
それもこれも、まさか本当に俺の好みを知っているなんて思ってもいなかったからだ。このもらったフィギアのアニメが好きだなんて、誰にも言ってない。知るはずがないことを女の秘密だなんて言われてもな……。
女の秘密に虜になっていたが、俺はいとが足を進めた場所を見て次の一歩が重くなった。
「え。ちょっと待って。もしかしてこれから俺たちってプリクラとるの?」
「そうだけど。もしかして嫌だった?」
「……いや別に」
「ふーん。実は私、最近ゲームセンター自体全然行ってなかったから、プリクラ機がおいてある青春真っ只中みたいなキラキラした場所に行くのちょっと抵抗あるんだよね」
実はいとって俺と気が合うのでは!?
「まぁ〜でも、久しぶりのプリクラってなるとちょっとテンション上がっちゃうなぁ〜」
いや陽キャと気が合うわけないか。
俺はわかりあえるかもしれないという希望が闇に消え少し悲しくいと追っていき、プリクラ機の中へ入った。
肩と肩が当たりそうな距離に、鼻歌を歌っているいとがいる。
「もうすぐ始まるからねっ」
「あの……実は俺、人生で一度もプリクラ撮ったことないからポーズとかわかんないんだけど」
「ルールなんてないから、ポーズなんてノリですればいいんだよノリノリっ!」
「ノリかぁ」
俺が苦手なやつだ。
『シャッター音と同時にポーズをとろう!』
「はいノリでポーズ!」
「え、あ、う、あ」
いとは両手をほっぺたに当ててぶりっ子がしそうなポーズ。
俺は最終的に慌てすぎてポーズができず、笑顔も出なかったため、忙しない人みたいになってしまった。
『シャッター音と同時にポーズをとろう!』
「じゃあ次は私のことおんぶして!」
「い、いえすまむ!!」
突拍子もなくいとのことをおんぶすることになり、焦りでまた表情が忙しない人みたいになってしまった。初めてのプリクラが大事なだ。ちなみに普段なら戸惑う体の密着性なんて、おんぶに手一杯で一切頭に入ることはなかった。
それから俺たちはカップルがしそうな指ハートや、青春真っ只中のような空気のハイタッチをし、プリクラをとるのは終わった。
とるのは、だ。
「よぉ〜し。守ちゃんにらくがきしちゃお〜っと」
「あの……そんな顔にしわなかったと思うんだけど」
「自分のことちゃんと鏡で見たほうがいいんじゃない?」
「俺の顔ちゃんと見たほうがいいんじゃない?」
いとはニヤニヤと悪い笑顔を度々向けながら更に俺の顔にしわを増やし、最終的に出来たプリクラは俺が知らないおじいさんに成り果てていた。
「結構うまくできたかも……ぷっ」
「いや笑っちゃってるじゃん」
「プ、プリクラって記念みたいなものだしそんな気にすることないよ」
「おじいさんにした張本人にそんなこと言われても」
「よいではないかよいではないか。守ちゃん、更にイケメンになったと思うよ」
安心して、と言わんばかりに肩に手を当て励ましてくるけど一切励ましになってないんだよね。
「今の方がイケメンだよ」って言われたほうがまだ救われてた。
「いーや。本音を言うと今の方がイケメンだよ」
「……ありがと」
あぁ、なんか最初から振り回されてばかりだ。
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