Fabula Magia─縁の旋舞曲(ロンド)─

杜野秋人

プロローグ



「召喚、[雷霆らいてい]⸺!」


 成功したとの感触を得るより先に、天から一筋の稲光が、公園の中央に轟音と衝撃波とともに突き刺さる。自然界で最大級のエネルギーの塊、つまり魔力マナの塊である稲妻は、果たして暗黒の濃霧を半ば吹き飛ばしていた。



 黒森くろもり 紗矢さやは魔術師である。

 魔術師とは、中世までヨーロッパを中心に世界中に存在していた人々で、地球上にあまねく満ち満ちている魔力マナを用いて常人には扱えぬ“魔術”を行使する人々である。

 中世ヨーロッパに吹き荒れた“魔女狩り”以降、魔術師たちは迫害から逃れるため、地球テラの裏側、いわゆる鏡面世界アーウェルサテラに姿を消した。それ以降、地球と地球人類は魔術の代わりに科学を発展させ、空前の繁栄を築き今に至っている。


 だが魔術師たちは、人知れずその命脈を繋いできた。ある者は鏡面世界に籠り、またある者は魔術師であることを秘匿したまま一般の人類を装い人々の生活に紛れて。

 紗矢の黒森家も、そうした人類社会に紛れて生きてきた魔術師の一族である。



 魔術師たちは、世界の神秘を解き明かすことを至上命題とし、日夜研究と魔術研鑽に励んでいる。神秘を生み出す深淵を窺い、その根源を解明するため⸺つまりその“淵源”に至ることこそが魔術師全ての悲願であるのだ。

 そのためには、魔術師は手段を選ばない。時に他の魔術師を殺してその研究成果や魔力リソースを奪ったとしても、自らが淵源に至るためにはそれも必要なことだと考えている。


 そんな魔術師たちは、同胞同士で当たり前に戦い殺し合う。今も紗矢が戦っているように。

 そして今、魔術師が“外道”と忌み嫌う暗黒の下僕⸺死霊魔術師を相手に、紗矢は自身の持てる最大の魔術、つまり雷霆の召喚をもって攻撃をかけたところである。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇



 その日、太刀洗たちあらい 絢人けんとはバイト先にほど近い駅裏の公園で、同級生の黒森紗矢を見かけた。


 バイト先のカフェが久しぶりに店を開けるというので、唯一のバイトである絢人は呼び出され、昼過ぎから店内の大掃除にかかっていた。陽が暮れる頃にようやくそれが終わり、営業再開の前祝いにとささやかな祝宴を開いていたその時、店の外から轟音とともに衝撃が、カフェの入っている飲食店舗長屋を揺らしたのだ。


 何事かと思って店の外に確認に出た絢人。

 そこで見たのが、駅裏の飲み屋街などに居るはずのない、同級生の紗矢だったのだ。


「黒森?何やってんだこんなところで?」

「たっ、太刀洗くん!?」


 突然、後ろから声をかけられて紗矢は凍りつく。魔術師であることを隠して生きている紗矢にとって、一般人の同級生に戦闘を見られるなどあってはならない大失態だった。


「今の⸺落雷か?お前、大丈夫だったか?」

「え、ええ。何とか」


 引きつった笑顔で返事をしてから、そこでハッと気付いて周囲を見渡すが、今まで戦っていたはずの死霊魔術師の姿がどこにもない。一瞬とはいえ意識を逸らしてしまったその隙に見失ってしまったのだ。

 同級生に魔術師であることを見られた上に、敵にまで逃げられたとあっては目も当てられない。


 だがその絢人の背後に人影が浮かび上がる。いつの間にか、死霊魔術師は絢人の真後ろに忍び寄っていたのだ。


「危ない!」


 とっさに叫んで紗矢は絢人に駆け寄り突き飛ばし、押し倒した。その紗矢の左脇を死霊魔術師の腕が掠める。

 死霊魔術師の腕の指先は何故か鋭利な刃物のように尖っていて、それが紗矢の脇腹を切り裂いた。


「うわ!」

「あうっ!」


 もつれ込むように倒れるふたり。すぐに紗矢は気丈にも立ち上がって「逃げなさい!」と絢人に言うが、その彼女は脇腹を切り裂かれている。絢人を庇った時に手傷を負ってしまったのだ。


「逃げろってお前はどうすんだよ!?お前置いて行けるわけねえだろ!」


 絢人としては普段あまり接点のない彼女だが、一緒に襲われたのに置いて逃げるわけにはいかない。特に彼女は怪我まで負っているのだから。

 だがそう返された紗矢のほうは、なかなか逃げてくれない絢人に苛立ちを募らせる。絢人の反応を見るに、どうやら魔術師として決定的な場面までは見られていないようだったから、今逃げてくれればまだ何とか誤魔化せるのに。



 カラカラカラ、とアスファルトの路面に何かがいくつも散らばる、乾いた音が響く。あっと思う間もなく、それはすぐに角と尻尾、それに長い口と牙を持って剣を携えた骸骨の姿になる。死霊魔術師が触媒を用いて竜牙兵を召喚したのだ。


「えっ……?まさか竜牙兵ドラゴントゥースウォーリアー?」


 現実では、少なくとも通常の人類の常識ではあり得ない、魔術によって生成された地球上に・・・・存在しない・・・・・ハズの・・・モノ・・の姿。それを絢人に見られたからには、もう隠し通すのも不可能だろう。


「……貴方が早く逃げないから、こういう事になるのよ」


 絢人に背を向けたまま、紗矢がぽつりと呟く。

 もうこうなってしまっては、彼を巻き込まずに事態を収めることなど不可能だ。だから彼女はもう、全て諦めて覚悟を固めていた。



 詠唱とともに両手を握り胸元に引き寄せ、紗矢はそれを開きながら前方に突き出す。両掌の先に4本ずつ、計8本の光の矢が浮かんで竜牙兵めがけて飛んでいき、1本につき1体を破壊する。すぐさま紗矢は再び[投射]を起動して次の竜牙兵を打ち倒しにかかる。

 見えているだけでそれ・・は数え切れないほど立ち上がってきていて、もう彼を守るためにはなりふり構っていられなかった。


「お、おい黒森……」

「黙ってて!」


 やがて、紗矢の魔術による光の矢が竜牙兵を全て打ち倒した。目の前で繰り広げられる現実離れした戦いに、絢人は息を呑んで固まったまま、何もできなかった。


「もしかしてお前、魔術師マギ……だったのか……」


「⸺そうよ。悪い?」


 かろうじてそれだけ問うた絢人に、振り返らずに紗矢が答える。

 魔術師である紗矢の正体を彼に知られた以上、そして死霊魔術師に彼の存在を知られた以上は彼を殺すしかないと、紗矢はすでに覚悟を固めていた。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇



 前世紀末、世界に突如として現れた“魔術師”たち。それからおよそ20年、世界は魔術と魔術師の影に怯えながらも表向きは平穏に時を重ねていた。

 彼らは科学技術では対抗できない圧倒的な魔術を操る以外に一般人と見分けがつかないため、人々は誰が魔術師であるかも分からないことに疑心暗鬼を抱いていたが確かめる術がない。

 結果的に、魔術と魔術師に対する恐怖から様々な憶測と誹謗中傷が吹き荒れた。そうして、現れてから数年で“現代の魔女狩り”によって魔術師たちは再びその姿を隠した。そのはずだった。


 そんな中、絢人は紗矢が魔術師だったことを知ってしまった。



 謎に包まれた魔術と魔術師。

 紗矢は一体何者なのか。

 何故、彼女は戦うのか。


 そしてその戦いに、巻き込まれた絢人の運命やいかに⸺!?






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る