8話 小賢者黒金


「ウィルは了解しているのか?」


 そんな言葉を投げかけたヒューズ士爵は、更に言った。

「ウィルが理解したあとに、手続きを、する」そう告げて立ちあがり士爵は部屋を出て行った。言われたほうのアナスタシア院長さまは、しばらく額に手を当てていた。



「去年は……そうだ、魔力量検査のあと、猛吹雪があったのか」

「……ああ、ありましたね」院長さまの横で、机の上からメモ紙とペンを取りながら黒髪の男が言った。

「あれはもう、大変でしたねー」院長さまが座るソファのうしろにいる金髪の男が、そう言って手を広げた。



「……ウソだろう? こんな大事なことを、私は伝え…………ああ、伝えたことがなかったんだ……この院から魔力量が多い子どもなんていたことが……いや、それは言いわけだ。……いやでも」

「小賢者さま、先にこれからの話をウィルにしてください」と黒髪。

「そうそう、いつもの後悔ぐせは1人のときにしてくださいよー」と金髪。



 グッと口から変な音を立てた院長さまが、すぐに俺に頭をさげた。

「ウィル、すまない。………………ああ、なんてことだ、やっぱり信じられない。普通話してたら気付くことではないのか? 心の中で『きみは王都立』と思ってるんじゃなくて、ひと言でも『王都立』と声に出せば何か違ったんじゃないのか? ……いや、『学園』としか呼んだことがないのに、私の口がそんなことでき……」


「小賢者さま、ウィルは来年から王都にある学園に通うんですよね?」


 握っていたペンをボキッと言わせている黒髪の発言に、俺は驚いた。


 思わず叫ぶ。

「王都?!」


「ン? あ。ああ、そうだよ。きみは魔力量検査の測定球が白い色になったからね。そういう子は、王都立学園に行くんだ」と小賢者が軽く言った。


 俺は、まさかと思いながら聞いてみた。

「エ、エイダン、王都?」

「いや、エイダンは町にあるアナスタシア王立学園だよ。王立は測定球が透明なままの子が行くところで、町の子はほとんどそこだね」

「…………小賢者さま、その言い方はさー……」金が言う言葉が途中から聞こえなくなった。



 *****



「嫌だ! 俺は行かない!」


 小賢者と黒金がギョッとしたように俺を見る。

 俺はそいつらを睨んでかえす。



 頭がガンガンする。

 耳の奥がグーッと痛い。

 目から涙が出てきた。



 大体、なに言ってるんだよ? 魔力量なんて知らないし、そんなものいらない。

 俺は今、ここにいたいんだ。

 ここから離れたら、俺はまた1人だ。

 エイダンと学園で一緒に勉強しようと思ってたんだ。

 学園から帰ってきたら、エイブリンと一緒に畑仕事をしようと思ってたんだ。

 それでまた、一緒に本を見て……。


 なんでだよ。

 なんで一緒にいられないんだ。

 なんで、なんで俺が一緒にいたいと思ったら、離れるようにするんだよ。

 なんで俺のそばに誰もいないようにするんだよ!

 なんで…………! 一緒に……。


 一緒に……一緒に、いられないんなら……いられないなら!


 俺は口をあけた。

《こんなところ──────



 突然、カタカタカタッと棚が揺れ出し、窓がビリッと震えはじめた。

 机がズサーッと大きく動く。床が傾く。


 ハッとした男たちがとっさにそれぞれ叫ぶ。


《魔術解除!》

《心の防御!》


 不思議な2重、3重の声が2つ響いて、部屋の揺れはスッと止まった。





 …………部屋にいる全員が、茫然として俺を見つめる。


 俺はポカンと、目の前の白い壁のうえを見ていた。

 まるで、そこに掛かっているアナスタシア独立院を描いた絵を見て、泣いているかのように。




 長い沈黙のあと、小賢者が、両手で顔を覆って「ウソだろう?」とつぶやいた。



 *****



「ウィル……」

 覆っていた両手で、顔をグーッと横に伸ばしながら小賢者が俺の名を呼んだ。


 俺はゆっくりと視線をおろして、目の前に座る小賢者の顔で止めた。


「いいかい、[心の防御術]をかけてもらってるから、今、きみの心はさっきまでとは違うと思う。これは明日には自然に解けるから。いいね?」


 顔を伸ばしていた小賢者の手が、そのまま髪の中へ行き埋まった。



「……そして、恐らく。さっききみは何かの魔術を……知らずにだと思うけど、かけようとしてたと思うんだ。…………でもね、僕は見たことがないんだよ。口術を習わないうちに魔術を使える者を……」


「……そうですね、私も初めて見ました」黒。

「魔術解除で効かなかったらどうしようって、一瞬思っちゃいましたよ」金。



「王都立学園で魔術をきちんと学ばなきゃ、ウィル。そうしないと、ねえ、分かるかい? 一緒にいられなくなってしまうよ…………」





 ────結局俺は、1人なんだ。

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