7話 キラ・ヒューズ子爵


 その大きくて、頼もしい肩をした男は、また俺を置いて行った────




 3歳のとき、俺はキラ・ヒューズ士爵という騎士に拾われたらしい。


 まだ若くて、外の世界を歩きまわる男には、泣きつづける子どもは重荷だったのかも知れない。


 俺は、彼の国に着くと、アナスタシア独立院に入れられた。


「また来る」

 彼は、大きな手を俺の頭にのせてそう言うと、立ち去って行った。




 この国には赤毛がいないようで、いつも不思議な目で見られた。

 俺が来たときは、他に子どもがいなかったので、たいてい1人で部屋にいた。

 アナスタシア院長さまも、夫人も、優しかったけれど、忙しい人たちだった。


 だから彼が本当にまた来たときは、嬉しかった。


 会いにくるたびに、「来たぞ」と「また来る」しか言わないけれど。


 それでも、俺にとっては彼が唯一、外の俺を知る人間のはずだから。


 俺は、彼が来るのをいつも待っていた。


 けれどそのうち、彼は何も知らないんじゃないかと思い始めた。



 アナスタシア独立院に連れてこられた、銀髪の子を拾った騎士の言葉を聞いてから。


「いや、彼女の両親のことは分からない。俺が行ったときには1人だった」



 彼がまた院を訪れたとき、俺は思い切って両親のことを聞いてみた。


 彼はただ、黙って俺を、悲しそうに見た。





 それから、「また来る」と言って去って行った彼を、俺はもう待たなかった。

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