桃色騎士が知る世界

嘉那きくや

序章

心を残す人


「わたし、あなたのことが気にくわないんですよ」



そんな言葉とともに、ダンッダンッと床を鳴らして靴が現れた。


椅子に座ってボーッと床を見ていた俺は、しばらくその靴を見ながら先ほど発せられた言葉をなんとなく思い出そうとした。けれどカケラも思いかえせないので、仕方なく靴の持ち主を見あげた。なるべくゆっくりと。


相手の顔を認識する前に見えたのは1本の指で、しかもそれはゆらゆらと揺れている。

初めはなんなのか分からず見つめていたので、だんだんと気持ちが悪くなった。つと視線をはずすと橙色オレンジが目に入り、それが彼女の髪色であり靴の主人であることを理解した。


彼女は指だけではなく、全身が小さく横に揺れていて、たまにカクッと自分の片膝が曲がるのを、「おっ、と?」と不思議そうに見ている。


「クリス、大丈夫か?」

奇妙な動きを見せる橙色頭の彼女と話すのは、ずいぶん久しぶりだ。


「へ、へいきれす。兄上ののんでいるものと、同じものを、ちょっと舐めただけです」


……お前の兄上が飲んでいるのは、外国の冷えた茶色のお茶だ。そんなもんではフラフラしないぞ。


「いいで、すか? あなたへの苦情が、騎士学院に、入学してからというもの。ゥ、ウンッ! なぜかわたしのもとへとやって来るんです。……もうあなたの、名前鳥ではないと皆さんに暗に伝えたく、あなたには全く近寄りもしなかったのに!」


話しかたがだんだんとしっかりしてきた。本当に舐めただけみたいだな。

安心したあと、彼女の言葉を拾う。


「苦情」


なんだろうか。

はて? と首をひねると、彼女は目を細めて睨んでくる。


「見習い期間に噂で聞いても、信じずにいた君の行動ですよ!」


「行動」

腕を組んで考える。……何をしたんだ?


クリスは苛立ったように、出していた人差し指を俺の胸にグッと押しつけて言った。


「あなたの胸の奥になにがあるのか知りませんが、女の子の気持ちを考えてください!」



────胸の奥。女──



その言葉に、淡い茶の髪で水色の瞳の、笑顔の女性が、浮かんだ。

と同時に、この橙色の髪の少女の瞳を、初めてまっすぐに捉えていた。

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