現実(中編)

 手渡された記憶にあったのは、みんな個性的で良い人たちで、なんだかんだあったけれど仲良くやっている。先輩たちからは大事にしてもらえて、先生からも大事にしてもらえているという内容だった。


 本当は違うんだろう? 中学に入ってそんな急に大事にされるなんてことありえないよな?


 そっと、見つけたページの袋とじに目を通す。




 まず、7か8歳くらいの頃に夢の中で、芸能人ではないけど有名なある人が地域にやってきたのを見たと親に言ったら鼻で笑いながら馬鹿にされ、そこまで頭ごなしに否定しなくてもいいのにと思ったことが書かれていた。


 この夢も出来事も氷の中で一緒に見ていたものだ。




 次に、ロボットが昔は大嫌いだったことが書かれていた。


 言われた通りにしかできなくて、どうして怒っているのかわかってくれなくて、人の気持ちなんて一切関係ないところが嫌いだった。


 親が観ない方が良いといった子供のロボットの映画があったこともそこに書かれていた。


 どんな内容だったのか知らないまま、中身に興味を持っていたことがつらつらと書かれていたけれど、ロボットに良い印象がなかったから、軽い心残りとして書かれているだけだった。


 しかし、とある映画でロボットが人との出会いと別れを通して様々なことを学び、成長し、最後は人として生を終える映画をきっかけに、ロボットが大好きになった話が書かれていた。




 誰にも内緒の話だからなのか、こうして記憶のページの裏側に隠してある大事な物らしかった。


 記憶を共有している部分ではあったから、この出来事についても知っていたけれど、どんな思いで観ていたのか知ったのは初めてだった。


 面白くなって、次のページも広がるか試してみると、ぐわんと広がって楽しい気持ちが湧き上がってきた。




 次のページに書かれていたのは料理の話だった。


 昔作ったべちゃべちゃのチャーハンは、何度か作るうちに水気の少ない具材を選んで炒めることでパラパラなものへと進化していった。


 水気の多い具材を選んでいるせいでべちゃべちゃになっていると学び、具材選びの段階で進歩があったからこその上達だった。


 普通に美味しいチャーハンを作れたのが嬉しかったけれど、弟は頑なに食べようとしないどころか、自分で作ったチャーハンの方が美味しいと豪語していてライバル心を燃やしていた話が続いた。


 実際、弟が作ったチャーハンはとても美味しくパラパラしていたのだ。


 作り方の秘訣を聞いても長い間秘密だと言われていたけれど、そのうちご飯と卵を先に混ぜておくのだと教えてもらえて、真似して作ったらとても美味しくできたと嬉しそうな気持がわかる文脈で書かれていた。


 しかし、そうやってだんだん料理が上達していったけれど、下手だったときのことをずっとネタにされていたらしい。


 悔しかったけれど、それだけ面白いことをしていたんだなと思う気持ちもあってさほど嫌ではなかったそうだ。


 でも、成長を楽しんで上達を喜んでいる身としては少し寂しくもあった。


 いつまでたっても、たまごサンドの卵に水を入れたことをネタにされ、チャーハンはべちゃべちゃでまずかったことをネタにされ続けていた。




 読み終えると、楽しくも切なくもある不思議な気持ちになった。


 上達していく様子が挿絵に映像で載っていたから余計に面白い話で、こうして人は成長していくのかと胸を打たれるところがあった。


 これも見ていたから知っている部分の記憶だったけれど、本人の心情を知りながら回想するのはまた訳が違って良いのだった。


 いつまでも下手だったころのことを話されるより、昔はこんなだったけど、徐々にこうなってああなってという流れが見えたのは心躍るような何かを私に与えてくれた。


 人の成長ってみてて楽しいし、自分で実感するのもまた楽しいものなんだな。


 人の大事にしまい込んだ記憶を読むことに喜びを見出し、次はどんな話が読めるのか、心躍りながら、ページの隙間を覗き見た。




 次のページにあったのは海での思い出だった。


 海を泳いでいると、イカの子どもを浅瀬で見かけたことから内容が書かれていた。


 一生懸命素手で捕まえたけれど、手の平を噛まれて一度取り逃してしまったらしい。


 最初は周りの人が吸盤にやられているなんて騒いでいたけれど、イカがガッツリ口の部分で噛みついているのが挿絵にある映像からわかった。


 手の平にイカが口を押し付けるようにしている様子と、皮がめくれて痛そうな様子とが挿絵部分に映像として流れている。


 今度は頭を掴む。


 そう心に決め、手の平から海へ落ちたイカの子どもを執念深く泳いで追いかけた。


 墨を吐かれて見失ったけれど、そのままなんとなくまっすぐ泳いで、砂の下にイカがいる気がして手を素早く伸ばして掴んでみると、イカの子どもがいて掴み取ることができたらしい。しかも、うまい具合に、掴みたいと思った通りに、今度は足ではなく頭の部分を。


 でも、まだ子どもだから食べるのはかわいそうだと母親が言うので海へ帰したようだ。


 バケツの中を泳いでいるイカの映像と、海へ帰しているところが挿絵にあった。


 父親が一緒に遊びに行っていた親戚に嬉しそうに話したり、家に帰ってからもしばらく近所中に自慢しまくっていて恥ずかしかったそうだ。


 恥ずかしかったけれど、そんなにすごいことだったんだと知ることもでき、ちょっぴり誇らしかったけれど、父親があんまり長い間自慢するから少し疲れもしたそうだ。


 海の中を泳いでいると、日焼けの痛みが多少マシだったけれど、砂浜で夢中になって遊んだ日の夜はとてつもない痛みで寝づらかったことも書かれていた。




 普通に楽しそうな思い出だった。これも見ていて知っている出来事だったけれど、心底楽しくて心底うんざりしたのが読み取れる内容だった。


 そういえば、まだ一つだった時に海なんて行ったことあったっけかな。


 うっすらとそんなことがあったような、なかったような。


 どちらにせよ、素手でイカを捕まえるなんて面白エピソードが羨ましいと思った。


 私も冒険に出たらなんかすごい話を残したいな。


 そんなことを思えるくらい楽しくて面白い話だった。




 次にあったのは、親が持っていたペン型の電気マッサージ道具のことだった。


 本来つぼを刺激するものらしかったけれど、遊びで使っているうちに、刺激を与えれば勝手に指が動く場所があるのを見つけたり、電気の流れを感じ取りやすい場所があるのを見つけて楽しんだことが書かれていた。


 ペンつながりなのか、学校で、ある男の子が言った言葉を、言われた男の子本人に何言ったか聞かれて素直に教えてしまったら、ある男の子の太ももを何か言われた方の男の子が鉛筆で刺してしまった事件があったと書かれていた。


 言ったことをすごく後悔していて、自分のことを責めて落ち込んだとも書かれていた。




 全部自分のせいにしすぎるとそのうちまずいことになるよ。精神的にね。


 そんなことを思いながら、次のページの中身を覗き見た。




 その次には山で見かけた綺麗で頑丈な木の枝の話だった。


 軽くて持ち運ぶのに苦労しないだけでなく、体重をかけても曲がらないくらい硬くてお気に入りの木の枝だったらしい。


 その枝に一種の神聖さを見出して大事に大事に持ち歩いていたけれど、最終的に山へ返したようだ。


 母親からあれこれ言われ続けたことが大きな理由だった。


 本当は捨てたくなかったらしい。様々な後悔と未練がつらつらと書き連ねられている。




 思えば、好きになる物なんでも否定されて最終的には捨てろと言われてきていたな。


 そんなことに気づかされる記憶だった。




 その次には頭を強く打ってハゲができたこと、ハゲになった部分は刺激を与えられると酷く痛んだこと、人への親切が空回りして辛かったこと、その次のページでは、父親が中学の面談で小さい頃の話しかしなくてショックだったことが書かれていた。


 これは氷の中から出た後の出来事のようで、知らなかった上にショックな出来事だった。


 え、知らないうちに私ってはげてたのか。


 思わずそっと自分の頭に手をやったけれど、髪はふさふさでつるんとした部分はどこにもなくてほっとした。


 ほっとしたけれどほっとできなかった。


 心が痛くてショックで、今までハゲといわれて笑い者にされてた人に対する罪悪感もそこに書かれてあった。


 それからというもの、ハゲネタで笑うことができなくなっただけでなく、むしろこれは笑える話では全くないことを理解した上、相手の気持ちに寄り添えるようになったようだった。




 辛いことも楽しいことも一緒に隠されているのが不思議だった。別に楽しいことくらい表のページに書かれていても良さそうなものなのに。


 なんで裏のページに書かれているのか不思議に思いながら、次のページの裏側に目を通した。




 次は書道の道具にあった吸い取り紙を捨てられた話だった。


 隣のクラスになった、じゃんけんの時に開いてないチョキはグーだと言ってきた女の子が、私から書道の道具を借りた時に捨ててしまった時のこと。


 幼稚園の時に知り合って仲良くしてくれて、一緒に遊ぶことがあったり、割り算を教えてくれようとしてくれたことのあった、鉛筆で刺された男子が何をされたのか教えてくれていたけれど、怒らず許そうと思って見逃したらしい。


 しかしそれが信用されてないと捉えられてしまい、傷つけてしまったことについて書かれていた。


 捨てられちゃったことについては正直辛くて、本当はめちゃくちゃ取り戻したくて捨てられた半紙の山を後で漁ったりもしたくらいだった。


 男子のことだって、信用してないわけじゃなくて、親切で教えてくれたこともちゃんとわかっていた。


 教えてくれて感謝していたし、捨てられたことも許せなかったけれど、自分がちょっとしたミスをしただけで悪いとかわざとだとか謝れとか言われて失敗が怖くなるような物言いをされ続けてきたから、間違えて捨てちゃっただけなんだと、あれがどういうやつなのかわからず捨てただけ、価値や使い方、ただの半紙との違いがわからなかっただけなんだと自分に言い聞かせて許したつもりだった。


 でもその結果、男子を傷つけて疎遠になり、女子からは逆恨みをされて終わってしまった。


 すごく嫌だった。どうしたら良かったのかわからなかったし、どうしてどちらも不機嫌になったのか、どうすれば両方とも笑顔にして終われたのか、わからなくて後悔したと、素直な心情が綴られていた。




 しんどいな。


 読んでいて人の心を知りたいだなんて思えなくなってきた。それどころか、顔色なんてうかがってないで、他人の機嫌なんて無視して、自分の心に素直に生きればいいんじゃないかという気さえしてくる。


 それにしても、しんどいと感じながらも、読むのが楽しくて止められなかった。




 次にあった内容は中学に入って男子から意地悪をされている話だった。これも知らない話だ。


 中学生になって初めてのクラスで隣に座っている男子のことを母親が陰気臭いと評価し、気をつけるように言ってきて嫌だったことが最初に書かれていた。


「見た目や雰囲気で人を判断するのは良くないと思う、お母さんのそういうとこが昔から苦手だ」


 そういって反抗したけれど、結局母親が忠告した通り、その男子を含んだ複数人にからかわれて意地悪され続けた話が書かれていた。


 母親の言うとおりだったことを認めたくなくて、人は見た目や雰囲気で決めつけられていいわけがないって思いたくて、いじめじゃなくていじられてるだけだから、友達として接してもらえてるから明るく返事してるんだと自分に言い聞かせながら気丈に振る舞っていたけれど、それもしんどくて頭が痛いのが強くなってきて、食欲がなくなってきた話だった。


 母親は昔から、なにかされたときもなにかされなかったときでも、自分の気に障った人間の陰口をよく言っていてしんどかったこともこのページで一緒に吐きだしていた。


 そんなに嫌なら意識の外に出して関わらなければいいのに。


 わざわざ関わってきたわけでもない嫌な相手について、自分から悪口言って余計しんどい気分になって何がしたいのか理解できない。関わらなければいいだけ、関心を持たなければいいだけなのにと書かれていた。


 他にも、友達といいながら意地悪してくる子らのことも同様に思っていることが書かれていた。


 そういうキャラだと言って意地悪されたこともあったと。


 キャラって何? 勝手にターゲットにしてることを正当化してるだけでしょ? 自分が相手をどうしたいかを押し付けてるだけでしょ? キャラって何?


 意地悪してくるなら、嫌いなら関わってこなければいいのに、友達という言葉を使って性悪ばかりで、なんでそういうことするのか理解できないと。


 だから相手にするのをやめて無視し続けたことも書かれていた。


 シカッティングとか言われながら、エスカレートしていく嫌がらせに耐えながら過ごしていると、庇ってくれる子がいて、それ以来変にたむろされないし意地悪される頻度が減ったと嬉しそうな気持も一緒に添えて書いてあった。


 良かったじゃん。


 そんなことを思いながら続きを読むと、男子からの意地悪と母親の偏見に関する話の続きが書かれていた。 


 夏だから、学校で水を飲まず、家でガブ飲みしていたから、食欲がなくなったのだと自分に言い聞かせていたけれど、お腹がペコペコでも食事はのどを通らなかった。


 食べているところをみられてひそひそ言われたり、何か言われるのが嫌で給食も食べなくなっていたこと。給食費払ってるんだから食べなよと先生に言ってもらえたけれど、手を付けたらそれ欲しかったのになんて後から言われて罪悪感があったこと。


 手をつけずに残して他の人に譲るようになったことが書かれていた。


 結局優しくしたところで仲良くなれることはなかったし、小学生の頃味方してくれた一個上の先輩が教室に来た時、意地悪してきた人に用事があった様子なのが少しショックだったことまで書かれていた。


 帰り道、一緒にたむろしてるのをみられたらもっといじめが酷くなると思った。また何かあってずっと嫌な思いをするのが嫌で走って逃げたことも書かれていた。


 本当は悪いことをしたとずっと思っていたこと、そうやって突き放したからもう仲良くしてもらえることはないと諦めたことも。


 陰気臭いと言われていた男子から家庭科の時間に包丁で脅されていたことも書かれていた。


 強気に振舞ったけれど、母親が言った通りの人間だったのが本当はショックで、頼むからそんなことしないでくれ、人間は見た目や雰囲気がすべてじゃないって信じさせてよ! と心の奥底で叫びそうになりながら接していたこと。




 これはしんどいなあ。意地悪されるのも、偏見や先入観が正しかったと認めたくないことも、相手に信じさせろという気持ちをぶつけちゃってることも、その全部が。


 親の偏見や先入観に抗ったけれど、言われた通りだったこと、そんなもんが人のすべてじゃないと信じたかったことについて、つらつらと気持ちが綴られていた。




 そんなしんどい内容を目にしても、次のページの中身を読むのを抑えられなかった。


 人の秘密を読むのって実はすごく楽しいことなのではないか? それがたとえ自分のものであっても。 


 いけないことをしているような気持ちが余計にそれを加速させた。読まずにいられなかった。




 次に書かれていたのは社会で赤点ギリギリの点数を取ったことだった。


 社会の授業は話している内容が聞き取りづらい上に黒板の文字も読みづらく、席が後ろの方で目が悪かったからとても苦労していたこと、元々社会の科目がえげつないくらい苦手でちんぷんかんぷんだったことも吐露されていた。


 メガネを作ってもらいはしたけれど、メガネをかけ続けていると、目になにか刺さったかのような激痛で目が開けられなくなったこと、滝のように涙が流れ出すからかけなくなったことも一緒に書かれていた。


 目が悪いけれど、メガネをかけずに、あまり目が見えない状態で生活するようになった理由だった。




 社会は私も苦手だ。


 そういえばこちら側のみんなは誰も社会のことを教えようとしないな。歴史も社会の仕組みも。


 魔法の変遷、自然の原理、暮らしている生き物のこと、そういったものを教えてもらえて学びはすれど、社会というものはさっぱりだった。


 社会ってなんだろう?


 片割れが苦手として苦しんでいる社会の科目が、私にとっても苦手な上にちっとも理解できないものだった。


 社会ってなんなんだ? 社会ってなに?


 そんな私たち二人は同じ社会でも地理なら好きで得意に思えた。残念ながら名前は覚えられなかったけれど、地理は自然の話だったから好きになれた。他には倫理が好きになれたけれど、そのどちらも深く触れられることはなかった。


 社会とは何かがますますわからなくなった。


 地理は自然の話だし、倫理は魂や心、崇高さとは人を人たらしめるものは何か、己との戦いとはなにか自分に問いかける領域に足を踏み込もうとしている話なのに、得体のしれない社会という分野に属しているのが疑問でならなかった。


 それが余計に社会とは何か、わからなくなっていく原因の一つでもあった。




 社会なんてわからないままだったけれど、とりあえず続きを、次のページの裏を読んだ。




 小学6年生だったときだ。


 仲良くなりたいと思った子の家に遊びに行った時、可愛いと褒めたらぬいぐるみをもらった。白くてふわふわしたアザラシのぬいぐるみ。


 それを劇の舞台道具に持っていったら、大人しそうな先輩が可愛いと言いながら手に持ってじっと見つめていたことがあったそうだ。その劇の主役をするはずだった先輩だ。


 その先輩が、練習中にいきなり台本を床にたたきつけてどこかへ行ってしまったことがとてもショックだった。


 部活でいじめがあったのかなと心配と不安になったけれど、先輩たちは「何言ってるの? いじめなんてないよー」なんて言っていた。


 そのあとも先輩は戻ってこなくて、部活に顔を出すこともなくなってしまった。


 大丈夫なのかな?


 心配だったけれど、直接話す機会はないし、先輩たちに聞いてみてほしいとお願いすると「聞いてみる」と言ってくれたけれど、教室での様子を話すだけだった。


 そんなある日、OBが来るという話があった。


 OBがなにかわからなくて、よく話を聞いてくれて楽しい話を聞かせてくれて面倒を見てくれている大好きな先輩がOBについて教えてくれた。


 卒業した部活の先輩たちのことを意味しているそうだ。


 どんな人がくるのか、怖い人じゃないか、人見知りだからシンプルに緊張しつつ、心配でいると、大騒ぎになった。


 私は何が何だかわからなくて、何をどうしてそんなに騒いでいるのかさっぱりだった。


 先輩たちが周りであれこれ騒いでいて、部活の顧問の先生は同情するような様子で私に話しかけてくれていた。先輩たちも驚いたような、ショックを受けたような様子で話をしている。


 態度がガラッと変わって同情的になってわけがわからなかった。


 私はパニックになりながら、昔のことを全部覚えているなんて言ってしまった。覚えてないことなんて、記憶からなくなっていることなんてないと思っていた。


 そうすると、先輩たちは「記憶喪失?」「いや、でもそうしたらあれが本当のことに……」なんて話をしていたけれど、さっぱりわからなかった。「あんな被害者面するような人間になんてなっちゃだめだよ」とも言っていたけれど、もしかしたら私がすでにそうなのかもしれないと不安になった。


 ただ、なんとなくこの騒ぎが私のせいなのだとしかわからなかった。


 OBの一人がもう来ないなんて言っていたけれど、残念がっていたのはとある先輩一人くらいで、他の先輩たちは何とも思ってないようだった。


 その流れで、顧問の先生はすすり泣いたような様子で私を主役にすると言っていた。この劇の主役にぴったりだと。


 もし戻ってきたら先輩が主役、戻ってこなければ代役の私が主役をするのだという話だったけれど、先輩が戻ることは残念ながらなかった。


 しかし、そのせいでか知らないけれど、先生がそんな人だと思わなかったなんて言われ方をしているのが聞こえてきてもいた。


 息が苦しくて、過呼吸になりそうなプレッシャーと不安と、訳が分からない状況にどんどんなっていっているのがとにかく不安でたまらなかったから、正直なところ強がっていた。


 本当にいろいろなことがあった。


 二個上の残念がっていた先輩は、これ見よがしに大好きな先輩を抱っこしてこっちに微笑みかけてきたことがあった。


 他にも、近くに誰かがいないときに「キモ」「死ね」と小さな声で囁いてきたこともあった。


 先輩は抱っこされるのがすごく嫌だったと、やり方が気に食わないと怒っていてくれたけれど、私がそれについて何か言うことはできなかった。どうして先輩が怒っているのかがわからなくて、先輩二人が仲良さそうにしているならそれで良いと思っていた。


 でも本当はすごく嫉妬していた。妬いていた。でも我慢していただけだった。


 ただ、本当に、先輩がどうして怒っているのかが本当にわからなかった。わからなかったけれど、怒ってくれたのがなんとなく私のためな気がして本当はちょっと嬉しくて、でも、それは良い感情じゃないからと蓋をして隠していた。押し殺していた。そんなこと思っちゃだめだと自分を叱っていた。


 そうやって意地悪するようになった先輩は、親が言うところの陰気な人間だった。


 本当に陰気臭い人間は、そういう印象を見た時に与える人間は、みんなそういう人間なのだろうか。


 認めたくない気持ちがあったから、例え意地悪されていても気づかないふりをし続けた。


 私が何か悪いことをしたのだと、人には相性があるから仕方がない、相性が悪かっただけなんだと、きっと何か言われていたのは気のせいだったのだ、聞き間違えだったのだと。


 そんなあるとき、先輩が文化祭の舞台で体操服の下側を貸してくれた。


 舞台で劇中椅子に座った時、スカートの中が見えて危ないからちょうど良い履物として用意してくれたものだった。


 洗って返すといったけれど、先輩はそのままでいいと言ったので、そのまま返した。


 意地悪なことをされていたのはやっぱり気のせいだったのかと思った。私が憂鬱な気分になっていたせいだったんだ、きっと。


 文化祭の舞台を終え、次の年先生は違う学校へ行くことになった。


 そのことを部活のみんなはあらかじめ知らされていたし、なんとなくだけれど私のせいだと思った。


 全部自分のせいだと思うところがあったからそう思っただけだったけれど、「知ってたの?」とか言われているのが聞こえてきて、ああ、やっぱり私のせいなんだと確信した。




 一人称で書かれた部活での出来事を読み終えると、深いため息がでた。


 いや、間違いなく自分のせいじゃないだろ。誰だよそいつ。


 挿絵に映像が載っていたけれど、私にも誰かわからなかった。


 人の話を聞いただけで周りが勝手に盛り上がってなんか勝手に騒いでなんかやってただけだろ。それでああだこうだ言われても知らん。性悪するとか論外だろ。


 自分のことだけど客観的に読んで思った感想だった。


 それにしても……。


 話してみたいと思った先輩はやはりすごく立派に見えるのだった。


 片割れの認識で美化されている可能性はあったけれど、やはり話してみたい気持ちが抑えられなかった。


 次はいつ交代しよう……。


 その前にまず、片割れの隠していることを暴いてからだ。また聞いてた話と全然違うなんてまっぴらだから。




 次の話も文化祭のことについてだった。


 担任の先生が勝つためなら手段を選ばないところがあったという内容だった。


 クラスで歌う曲には必ず一番に選ばれる曲が存在し、先生はあらかじめそれを知っているとのことだった。


 生徒たちが頑張って練習していくら上手に歌おうとも、その曲が選ばれるシステムらしい。


 先生はそれを知っていたからそれとなくその曲を選ぶようにし、文化祭に向けて練習するよう促していた。


 負けず嫌いなところもあるんだという印象を受けたエピソードだった。




 うーん。二年生の今は担任変わってるし興味ないな。次だ、次。




 その次にあったのは、友達だと信じている子をネタにして笑いをとろうとしていた人から、なんでも知っていると言われて嫌だったことが書かれていた。


 そいつは意地悪してくるやつの仲間だったし、友達のこと悪く言われて怒ったくらいしか口を利いた覚えがないのに、急にそんなことを言い始めて不可解で不愉快だった。


 私のこと知ってる人なんて誰もいないのに。ろくに話したことなんてなのだから。私のことを知っているって言える人なんて部活で友達だと言って仲良くしてくれている先輩一人だけだ。


 それが闇の片割れの主張だった。


 ろくに話したことない人からキモいと言われ、後ろ指差されて笑われ、髪染めてないのに染めてるとか言われ、やたら目の敵にしてくるろくに話したことなくて名前すら知らない他人がいて……。


 ただただ気持ち悪くて気分が悪かった。


 なにも知らないくせに、話したことも深く関わったこともないのに、はじめからキャラ付けされて、決めつけでものを言われて、知らない人になぜか名前とか見た目を知られていてひそひそ言われて気分が悪かった。


 軽く話したくらいで知ってるなんて言うなよ。人の何を知ってるっていうんだ。知ってるなんて言うな!


 素直な心情の塊だった。




 これは確かに気分悪いよな。次は?




 友達がいろいろ言われるきっかけを作ってしまったことを後悔しながら、注意したら余計酷くなるからもう何も言えないことを悔しがって泣いていると、先輩が守るって言ってくれて嬉しかったことが書かれていた。


 話を聞いて、一緒に怒ってくれて、守るからねって言って心に寄り添ってくれて、とっても温かかった出来事。


 そんな先輩はアトピーを気にしていたことも書かれていた。


 すごく痛そうで、痒そうで、人目を気にしていて、でも私は痛そうだなとしか思えなくて、どうして人目を気にしているのかちっとも理解できなかった。


 先輩が守ってくれるように、私も先輩の心の支えになれたらいいなという願いがそこにはあった。


 理解できないなりに、先輩が話してて心休まるような存在になれたらいいなと思っていた。




 この先輩のことは読めば読むほどどんどん好きになった。早く話したくてたまらない気持ちが溢れて止まらない。




 次のページの中身は将来なりたい夢は声優だという内容だった。


 授業で将来の夢を書く欄があり、そこに書いた話だった。


 特に理由をいうでもなしに、周りからきっとなれると言ってもらえたのが嬉しい反面、いつも意地悪なのにどうして? という疑問も抱いていたようだ。




 次は学校の帰り道、鞄の金具で足が抉れるような傷を負ってしばらくとある絆創膏を貼って治したけれど、その絆創膏を見た意地悪して付きまとう人たちからクスクス、ひそひそ笑いながらあれこれ言われていた。そうやって何かあるたびにずっとクスクス言われていたから何か身動きしづらくて、体の動きがカチコチになっていたらしい。


 走り高跳びや百人一首で私に負けるのが嫌で悔しくて泣いた人がいたことや、〇〇ちゃんの癖になんて言う人がいたらしい。




 百人一首のときには、弟子にしてくれと言ってくる人がいたけれど、突然のことでびっくりしたことや、あんまりよく知らない、一度百人一首を同じテーブルでやっただけだったから相手にできなかったことについての申し訳なさが綴られていた。




 百人一首の話の後はついに2年生の出来事のようだった。ようやくここまで読み進めたぞ。


 いろいろな出来事を読んでしんどくなったけれど、ついにここまで読み進めたか。


 深いため息をつきながらゆっくり目を通す。これも先輩と話すため、入れ替わった時うまくやるためだ。


 気合を入れて続きを読もうとしたけれど、誰かが近寄ってくる気配を感じた。


 劇場に続く廊下を歩く、コンコンという鈍い音。


 昔一人だった時、親が階段を上る足音を聞いて心臓がバクバクと音を立てるままどこかに隠れる習慣があった。二つになってからは闇の片割れがそうし続けていたように、つい自分自身も劇場の座席裏に身をひそめた。


 魂にしみついた習慣だった。


 座席の隙間から様子をうかがっていると、現れたのは本のお姉さんだった。


 どうしたんだろう?


 疑問に思いながら様子を見続けていると、本のお姉さんはどこかへ行ってしまった。


 探しに来たのかな? 何か用事だったのかな?


 そんなことを思いはしても、記憶の本に隠された秘密を話す気になれなかった。すごく悪いことをしているような気になっていたためだった。


 二年生になってからの出来事の裏側へゆっくり目を通しながら、先輩と話す事ばかりを考えた。

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