第11話 胡散臭いのは嫌いです

 結局、公爵から下ったエドモン騎士の処遇は『俺たちの旅に着いて行き、命をかけて守ること』になった。


 正直断りたかったのだが、エドモン騎士が俺と美砂に忠誠を誓ってしまったのだ。騎士の忠誠は重いらしく、離れろというセリフは死ねというのと同義らしい。


 流石に死ねとは言えず、こちらも同意するしかなかった。


「オサム殿、美砂殿、死ぬまでお守りいたします」


 美砂が大変困ったような顔をしているが、その気持ちは良く分かる。重い、重いんだ。


「エドモン騎士、気持ちは嬉しいが少し重い」


「な、やはり死ねと仰るのですね、分かりました」


「え、何?普通に接して貰うのもダメなの?ずっとこのまま?」


「私は忠誠を誓っておりますので」


「それは同意ってことかな?返答も分かりづらいな。分かった、し「待って!」


 このままの旅を想像すると大変息苦しいものになりそうだったので、苦渋の決断でエドモン騎士とお別れしようとしたのだが、美砂が食い気味で入ってきた。


「待って!オサム君、何を言おうとしたのかな!?」


「何を、って旅がつまらなくなりそうだから」


「言わなくていい!言わなくていいからね!エドモンさん、これは命令です!今までみたいに接してください」


「そ、それは」


「忠誠を誓ってくれたのに、言うことを聞いて貰えないのですか?とても悲しいです」


「い、いえ、このエドモン、全力で普通に接することを誓います!」


 真面目か!それにしても美砂は上手いな、俺は死んで頂くしかないと思ったけど、そういう手もあったか。


 晴れて普通に接してくれるようになったエドモンが旅の道連れとして追加された。


「わ、私も、ついて行きますからね!」


 いい感じに空気も好転したので出発しようとしたら、エリーズ隊長が走ってきた。


「声もかけないで出発するなんて酷いですわ!まだ新たな魔法が見られるかもしれないのです、せめてこの国にいるうちはついて行きますからね!」


「エリーズ隊長は欲望に忠実なんだね……」


 あまりに裏表のない赤裸々な発言に、美砂が呆れているようだ。


「それと、私はもう隊長ではありませんので、エリーズとお呼びくださいまし」


 もう隊長じゃない、という言葉に引っかかりを感じたが、再出発は四名で行くことになった。


「それじゃあ行きましょうか」


――出発して数日。


「それで、どこに向かっていますの?」


 エリーズが今更ながら目的地を聞いてくる。ホントに行先なんかは興味ないんだなこの人。


「メフシィ辺境伯領ってとこだよ」


「あら?確か麻薬の商人が向かったところでしたか?」


「偶然ではあるけど、剣と魔法のファンタジー世界に麻薬や毒ガスなんて持ち込んだ奴の顔は見たいよね」


「オサム殿、ありがとうございます……」


 エドモンが何か感動してしまっている。違う、多分違うぞ!と思ったが、美砂から突き刺さるような視線を感じたので、そのままにしておいた。


「それに、また新しくお作りになった浄化魔法の付与魔石はそんなに作ってどうされるのです?」

 

「メフシィ辺境伯は、商売人みたいだからね。ちゃんと理解出来る人なら専売契約して貰おうと思ってね」


 以前、魔石への毒ガス魔法付与の話しを聞いてからずっと考えていた。


 魔力量も増えたし、試しに膨大な魔力を魔石に送り込んだら、魔石の色が変わったのだ。


 魔力視で見る分には変わらずベンタブラックなのだが、普通に見ると、中心部は濃い紫色のまま、外側はダイヤモンドのように輝いていた。


 そして美砂に魔法付与をお願いしたら、魔力を流し、魔法名を言うだけでセットされた魔法が発動する魔石が出来てしまったのだ。


 とりあえず、身体清潔魔法クリーンとトイレ浄化魔法ピュリフィケーションを魔石に込めてもらった。

 

 今は、トイレ浄化魔法ピュリフィケーションが込められた魔石を大量生産してもらっている。


「やはり、ついてきて正解でしたわ。魔石への魔法付与を研究している魔法研究所の所長にも教えてあげたいです」


「んー、悪いけどまだダメかな。俺たちも旅のお金を稼がなきゃいけないし、しばらく独占させてもらうよ」


「分かってますわ、技術の安売りはよくありませんもの」


 御者をやってくれているエドモンが、間もなく街に着くことを知らせてくれる。


「皆さん、メフシィ辺境伯の領都が見えて来ましたよ」


 馬車から外を見ると、黄金色に染まり始めた麦畑が傾き始めた日に照らされ、微かな風に揺らされる様相が波のようで涼しげだ。


 街への到着は夕暮れどきになっていたため、すぐに宿を見つけ、辺境伯の元へ向かうのは明日にすることとした。


 今までお風呂は我慢していたけど、美砂がお風呂上がりをイメージして作ったクリーン魔石のおかげで大変快適だ。


 久々のベッドや、快適な衛生環境によって幸せな気持ちで翌朝を迎えることができた。

 

 朝食を頂いている間にエドモンが辺境伯へ連絡を取ってくれたようで、朝から時間を作ってくれることになった。


 辺境伯の屋敷は、王城や公爵の屋敷と比べると数段見劣りしてしまうが、装飾品が下品なほどに飾られている。


 貴金属に絵画や陶器、大型獣や魔物の剥製などが所狭しと飾ってある所を見ると、成金の見せたがりを想像してしまう。


 朝の幸せな雰囲気を消されたような気がして、まだ出会ってもいないのに辺境伯が嫌いになりそうだった。


 執事に連れられ、そんな事を考えていると、辺境伯がいる部屋に到着した。


「みんなよう来てくれたな、辺境伯のオディロン・メフシィや。よろしゅうな」


「おはようございます、俺は熊井理です」

 

「僕は東部美砂です」

 

「以前王都でお会いいたしましたわね、バルビエラ伯爵家の長女エリーズですわ」

 

「急な対応ありがとうございます、改めましてエドモンと申します」


 辺境伯を見ると、指も宝石でゴテゴテしているし、話し方がとても胡散臭いし、まるでいい印象を抱けないな。


 最早疑いようがない、嫌いだわ。


「なんや用があるんやって?」


「ええ、商売上手なメフシィ辺境伯に、誰でも浄化魔法が使えるようになる魔石を卸して貰おうかと思いましてね?」


「ほう?ランバート公爵様の手紙には書いてへんかったやんな?」


 俺は劣悪な衛生環境から起こる疫病や、新生児の死亡率について言及し、改善した場合の国力増加、国を相手取った商売の形を伝えた。


「それで、その魔石を使うっちゅう話しやな?」


「ええ、いい利益になると思いますよ」


「そうやなー、五対五の利益折半やったら即動いたる」


「それはふっかけ過ぎですよ、七対三です」


「それこそアカンで、六対四ならまぁ前向きに考えんでもないで。なんや薬の商人も追ってるんやろ?情報はいらんの?」


「それとこれとは話しが違うと思いますけどね」


「ちゃうことあれへん。なんぼなんでもアレも欲しいコレも欲しいっちゅうのは通れへんやろ」


「そうですか、じゃあこの話は無かったことにしましょう」


「はあ?こちらはかまへんけど、ええの?」


「ええ、かまへんので失礼しますね」


 辺境伯は呆気にとられていたが、俺たちはそのまま部屋を出た。


「ねえ!いいの?」


 美砂も疑問に思っていたのか聞いてくる。


「欲の皮が突っ張って商機を逃がしてしまうような猿とはやり取りしたくないからね。契約しても、頭悪すぎて基本契約すら忘れたって言ってくるでしょ?」


 その後、数日間街を散策したが、あまり楽しい街ではなかった。公爵領のように穏やかで暖かい感じはなく、とにかく商売気に溢れている。


 活気があると言えば聞こえはいいが、表の通りにすらホームレスのような人を良く見かけるし、とても臭い。


 街の美化には一切お金を使っていないのだろう。魔石だって商売にしか使わないのがわかりきってしまうな。


 うん、嫌いどころじゃないわ、大嫌いだな。

 

「よし、じゃあ次の街に行こっか!」


「え、本当に行くの?」


「え?なんで?」


「麻薬の出元を探すんじゃないの?」


「いや、猿じゃきっと大した情報持ってないよ。麻薬も既に町中に出回ってるし、活気はあるけど、陰陽の差が激しすぎる。領地運営もまともに出来てないじゃん」


「でも、このままだと皆んな依存性が酷くなっちゃう!」


「俺たちには関係ないよ。それに、美砂は浮浪者達も助けたいと思ってるだろ?それは領主を猿から人間にすげ替えるレベルの変革が必要だよ」


「で、でも……」


「お待ち下さい」


「あれ?あの猿の横にいた……えーっと猿まわしさんですか?」


「その評価も今は甘んじてお受けします。もう一度、我が領主の元に来て頂けませんか?」


「んー、正直こちらにメリッ「すぐに行きます!」


 断ろうとしたのだが、美砂が返事をしてしまったし、美砂を説得する方が面倒だと思ったので、とりあえず領主の元へ行くことにした。


「待っとったで」


「なにか用があるんだって?」


 最初から気に食わなかったが、今はハッキリと嫌いなので言葉遣いも気にしないことにした。


「ええ、こちらも少し事情が変わりましてな、そちらの仰るとおり七対三で受けようと思うんや」


「八二」


「え?」


「しばらくこの街を見て、八対二に決めた。あの時決めとけば良かったのにね、偉い人の判断ミスは損害が大きいね」


「ぐっ、いや流石に」


「無理ならもう行くよ、旅の準備は整ってるんだ」


「わ、分かりました」


 苦虫を噛み潰したような顔とはこの事か。初めてこんなに苦々しい顔を見た。


 目の前の猿は自分の尻のように顔を真っ赤にしていたが、渋々納得したようだ。

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