第10話 麻薬はダメゼッタイ、です

「エドモン騎士、それなんの飴だ?」


「え?どうしたんです、そんな怖い顔して」


「いいから、どうやって手に入れた?」


「うちの子がくれたんです。大人向けの飴だよって、近所で貰ってきたみたいで」


「飴を食べ出してから変わったことは?もうどれくらい食べてる?」


「あ、欲しいんですか?数はあんまり無いんですけど……」


 エドモン騎士は、ゴソゴソと腰についた袋を取り中を覗いていたので、俺は袋ごと奪い取った。


「オサム殿、欲しいのは分かりますがそれは良くありませんよ」


 エドモン騎士とエリーズ隊長が軽蔑するような目でこちらを見てきたが、気にせず話しを続ける。


「定期的にコレを食べないとどうなる?言え!」


「丸一日以上食べないとソワソワしてきますね、何か落ち着かない感じがするのですが、食べるとスッキリする感じがあって」


 まだ疑問はありそうな顔をしているが、俺の真剣さが伝わったのか答えてくれた。


「その飴は恐らく麻薬だ。飴がないと生きていけない身体になるぞ、禁断症状では暴力性も出る」


「麻薬……ですか?初めて聞きましたが、暴力性?まさか、子供がくれたものですよ?」


 麻薬は認知されてないのか。地球でも中世の市井で麻薬が広がるようなことはなかったか?マスタードガスといい、この世界で何が起きてる。


「なら、十日間飴を食べないようにしてみろ」


「え、ええ。それぐらい構いませんが……」


「麻薬の危険性を周知させる必要がある、ランバート公爵の屋敷に住まわせ、見世物にするが構わないか?」


「ええ……、また子供に会えないんですか?」


「安心しろ、すぐ会いたくなくなる。俺たちは何があろうと、絶対に飴を与えない。そして屋敷の外にも出させない。いいな?絶対にだ!」


「わ、分かりました」


 公爵と話し、エドモン騎士への対応を決めた。やはり公爵という立場の人間にも麻薬の認知はされていないようだった。


 最初の数日は何事もなく普通に生活していたが、三日目からソレは来た。


『ドンッ!!』


 突然壁を殴ったような大きな音が部屋に響き、音の発生源であろうエドモン騎士に、公爵が質問する。

 

「ど、どうした、エドモン騎士?」


「い、いえ何かイライラしてしまって……すみません。ちょっと外に出てきます」


 俺は、外に出ようとするエドモン騎士を止める。今外に出れば確実に飴を探すだろう。

 

「ダメだ、約束したろう?」


「ぐっ、ちょっとだけです」


「ダメだと言ったろう?何があっても絶対に出さない」


「ぐっ、くそッ!」


『ドンッ!!』


 もう一度壁を殴り、エドモン騎士は部屋を出ていった。


「あれが、オサム様の言っていた禁断症状なのですね?普段のエドモン騎士からは想像できない行動ですわ」


「ああ。それよりランバート公爵、そろそろ地下牢へ繋ぐ用意をしてください」

 

「ほ、本当に必要なことなのか?」


 公爵は禁断症状の壮絶さをまだ疑っているようだ。それはそうだろう、見た事も無ければ実感など出来ない。


「ええ、早ければ本日か、数日中にも」


 次の日の夜、エドモン騎士は暴れだした。


『ガシャン!』


 俺は隣の部屋に待機していたが、窓のガラスが割れ、それを踏みしめるような音が聞こえたところで、エドモン騎士の部屋へ乗り込んだ。


 部屋の壁はボロボロで、赤く引っ掻いたような痕が残り、布団や枕などもぼろ雑巾のようになっている。


 剣や刃物の類いを渡していなかったので、素手でやったのだろう。


「邪魔するな!どけっ!」


 俺は身体強化を発動し、エドモン騎士の腹に膝で一撃を入れる。これで気を失ってくれれば良かったのだが、どうやら痛覚が鈍っているようだ。


「ウガァァー!」


 両手を上げ襲いかかってくるエドモン騎士の手は、爪を立てて引っ掻くような形にしており、まるで知性のない動物のようである。


 エドモン騎士の足を払い、転んだ所を背後に回り、隣室から持ってきた縄でキツく縛った。


 音を聞きつけてやってきた公爵は、部屋の惨状を見て呆気にとられてしまっている。


「ここまでやったら、これは地下牢行きになるのでは?」


「う、うむ……」


 地下牢の使用は消極的なようだったが、現場の被害状況を見て、納得してくれたようだ。


「麻薬って怖いね」


 騎士たちに運ばれていくエドモン騎士を見て、美砂がそんな事を言う。地球でのニュースなどを思い出したのだろうか。


「ああ。飴の依存性物質はメタンフェタミンに近いものかと思ったが、聞けば飴を始めてから依存するまでの期間があまりにも短い」


「う、うん?」


「今思えば、王都からランバート公爵領へ向かう途中の村でソワソワしていたのも、離脱症状だろう」


「あー確かに、僕はエドモン騎士が村を楽しみにしてるんだと思ったよ」


 もちろんストレスのかかりやすい環境が大前提にあるのだろうが、依存性の強さはニコチン並、禁断症状の強さはアルコールやヘロインに近いだろうか。


「ドーパミンの異常放出を抑えるか、抑制性ニューロンを活性化させるか、どちらにしても薬の分析が出来ないと難しいな。ニコチンならば、バニクレン酒石酸塩生成魔法か、いやそれだと混合物に……」


「え、ごめ、ちょ」


「いや待てよ。ドーパミン系にしろオピオイド系にしろ、結局は脳神経細胞の異常行動を消せばいんじゃないのか?あとは異常行動を起こしていない中枢神経系を、美砂にどう定義させるか」


「え?僕?待って、絶対無理だと思うよ?」


「そもそも、回復魔法で怪我が治るんだ、全員分の怪我をしていない状態など見た事あるはずが無い。つまり明確なイメージさえあれば……」


「おーい、聞いてる?こういうとこ本当に不破さんに似たよね、おーいオサムくーん」


「似てないぞ。いや待てよ、イメージとはなんだ?俺の内部表象を一時的に記憶しておく短期的な記憶バッファーとして、美砂の海馬体の神経細胞を借りる形をとれば……」


「聞こえてるの!?ねえオサム君!聞いて!」


「美砂!」


「は、はい!」


「これから実験をする。違和感を覚えたら自分に『ヒール』を使うこと。迷いなく、すぐに使って」


「え、わ、分かった」


「じゃあ悪いけど、初めてだしオデコを付けさせて貰うよ」


「え!?ちょっ、ちか、あっ!」


 美砂とオデコをつけ、頭の中で漢字の『美』を強くイメージし、美砂へ


「え!?なんか漢字の『美』がくっきり見えるよ?」


「実験成功だ!イメージ共有魔法だな!」


 あとは情報を増やした場合に、美砂の脳が耐え切れるかどうかだが、恐らく問題はない。しかし、万全を期したいな。


 そうすると身体強化か、いけるか?まあ無理なら一旦止めれば、理論上は問題ないな。


「次行くぞ」


 今度は、美砂の脳に身体強化をかける。その上で、正常な中枢神経系の完成イメージを伝送した。


「うわ!?なに?分かんないけど、脳の神経?腹側被蓋野から辺縁系、側坐核の情動回路とか、知らないのに分かるよ!」


「今脳内に写ってる光景を結果イメージとして『ヒール』は使えそうか?」


「うん、出来ると思う!目で見てないのに鮮明な画像が頭に浮かんできてる感じ」


「よし、じゃあエドモン騎士のとこ行くか。本当は離脱症状がどれくらい続くか知りたいけど……」


「え!?治せるかもしれないんだから行こうよ!オサム君はたまに信じられないことを言うよね……」


 検証はとても大事なことだと思うんだけどな。そんな事を考えながら、エドモン騎士のいる地下牢へ到着した。


「出してくれ!これは罠だ!誰か回復魔法をかけてくれ!」


 薄暗く、湿り気のある空間にエドモン騎士の叫び声が響く。


「あなた達も来ましたの?」


 皆、何とも言えぬ顔でエドモン騎士を見ていたが、エリーズ隊長が俺たちに気づいた。


「ええ、回復魔法をかけようと思って」


「回復魔法は既に掛けましたわ、ですが、戻ったのは怪我だけでしたの」

 

「この症状を回復させられるかもしれない魔法を作ってきました。名前は、即効性離脱魔法『ウィズドロウ』でいいかな」


「なっ!?それは本当ですの!?」


「ええ、美砂やるよ」


「え、こ、ここここでオデコ、あ、手でいいんですねぇ……」


 さっきのでイメージは掴めているので、今度は美砂の手をとり、他人身体強化とイメージ共有魔法をかける。


「なっ!これはまさか他人の魔力を操作してますの!?」


 エリーズ隊長が驚いているようだが、イメージを切らすわけにいかないので無視をする。


「きたよ、即効性離脱魔法『ウィズドロウ』」


 美砂の手から部屋全体を明るくするような眩い光が放たれ、エドモン騎士に吸い込まれていく。


 吸い込まれた光は波紋のように身体全体へ広がり、最後は足先から頭に向け、段々と収束していった。


「私は……。ランバート公爵!申し訳ございませんでした!なにとぞ、私の命でお収めください!家族には……」


 恐らく治ったであろうエドモン騎士は、ジャンピング土下座を発動した。


 離脱症状から戻ってきたエドモン騎士はいつもの言動とはかけ離れているが、今度は問題無いことがよく分かる。薄暗い空間は安堵感と、晴れやかな笑い声に包まれた。


「もう問題なさそうだな、出してやれ」


「はっ!」


「追って沙汰は出す」


 怒っているのか、怒っていないのか、公爵は感情を読ませぬ物言いでその場を収め、処遇については日を改めることになった。

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