桜舞うにはまだ早く

朝凪 凜

第1話

 雪が舞う1月。3学期が始まって、高校受験でピリピリとした雰囲気もある中、悩み相談をされて、私は付き合ってあげていた。

「……それで、好きな人に告白したいけど、どうしたらいいか分からないからわたしに相談したっていうことね」

 私の机の向かいでぶんぶんと首を横に振って座っている男が相談相手だ。

「いやっ、べ、べつにそういうわけじゃないし! ちょっとアドバイスをもらおうとしただけだし!」

 心外だと言わんばかりに否定する。

「そうは言ってもねぇ。その子の好きなものとかは?」

 ため息交じりに私はもう一度確認する。

「いや……分からない」

「好きな色とか、どんな服を着てるとかは?」

「いや……」

「名前は?」

「それは言えない」

 んもー! と心の中で怒る。

「そんなんじゃアドバイスも何も出来ないじゃ無い!! それでよく告白しようと思ったわね!!」

「そりゃあ、俺だって悩んだんだ。高校は東京の方に行くからもう会えなくなるし、せめて最後に一言くらい言えればいいなと思ったくらいで、まだはっきりどうするか決めたわけじゃないし」

 段々声がすぼまっていき、体格とは真逆ではらはらするくらいの小心さだ。

「そんなこと言ったって、言わなきゃ絶対後悔するでしょ? 何年一緒にいると思ってるのよ」

 この男、湯浅ゆあさ博巳ひろみとはずっと子供の頃からの幼なじみというやつだ。小学校に入った頃からずっと知っている。中学になってからクラスが変わるようになったけど、何かと一緒にいるのだ。

「まあ、そうなんだけど。他に相談出来る相手なんていないし。友達に聞くよりはみなみに聞く方が分かるかと思って」

 私、結城みなみは名簿順でも大体一緒にいるから相談相手には良いそうだ。

「相手の情報も何も無いのにわたしに聞いてどうすんのよ。もっと情報を持ってきてから相談しなさいよ!」

 せめて好みを把握しないことには何も分からない。とりあえず好きな色や食べ物、普段どんな服を着てどこに行っているのかを調べるように言ってその日は解散した。


 それから、私が言ったことを守り、いくつか情報を持ってきた。

 事あるごとに放課後ちょくちょく相談に乗り、アドバイスをしていく。


 そんなことを二ヶ月くらい続けて、卒業まであと少しとなった。

 私としては、博巳が好きな子と一緒にいる方がいいと思うし、離れることになるのが分かっているのなら、せめてデートくらいはさせてあげたいし、どうせなら成功させたいとも思っている。

「卒業式の後はどうするか決めた?」

「決めたというか、まあほとんどみなみが教えてくれた通りになったから大丈夫。それとなく、当日空いてるかどうかも友達に聞いておいたから、多分」

 私は鷹揚おうように頷くと、博巳は安心したように一息ついた。

 こうして放課後一緒にいられるのも後少し。そう思ったら淋しさを感じたけれど、その気持ちは奥底に押し込めた。

 私がそこのポジションに居たいなどという夢見る思いは見せてはいけない。

「じゃああとは当日頑張ってよね」

 自分でも無理して笑っているのは分かったけれど、笑って送り出さないと博巳はいつまで経っても私の側から離れていかない。それは嬉しいけれど良くないのだ。


 その日は3月初旬の季節にしてはかなり寒く、寒の戻りと言われていたものの、空は青く澄みすがすがしい朝になった当日。

 つつがなく式が終わり、最後のホームルームが終わった。

 博巳が私に目配せをして教室を出て行く。

 私は博巳が告白するとこはなぜか見たくないと思ったことに驚いたけれど、しばらく友達と教室でおしゃべりをすることにした。



 気づいたらお昼前になっていて、ずいぶんと長くしゃべっていたいたようだった。

 この後、どこかに行こうという話を聞いて、少しの間迷ったけれど、頷いた。

 昇降口までみんなと降りてきたところで見つけてはいけないものを見つけてしまった。

「ゴメン、ちょっと用を思い出したから行けなくなっちゃった」

 そそくさと一人校舎を出て行く。


「なんて顔してるのよ。男の子がみっともないぞ」

 小さく頷くのを見て安心するのと同時に自分が嫌なやつだなと思った。

「私はこの後予定無いんだけど、お昼でもどっか食べに行く?」

 やっぱり小さく頷くだけ。

 んもー!と慰めながら手を引いて行く。

 良かった、なんて思っちゃいけないけれど、今だけは許して欲しい。

 私は私のことに対しても向き合っていく時間が必要だと感じた。

 ようやく諦めたくないという気持ちを私に対して納得させなくてはいけない。時間はあるようで無いのだ。

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