初恋
麝香いちご
初恋
初恋は毒のようなものだ。そんな言葉を聞いた事がある。
人間とは不思議なもので誰に教えられるでもなく恋というものを自覚しゆくゆくは結ばれ子孫を残す。そうして紀元前から始まる人間による社会というものは構成されてきた。
初恋。今思えば酷く恥ずかしく夜布団で悶えたくなるような過去ではあるがそれでもやはり今の僕を形成しうる要因の一つであることは間違いないし僕の人生のアルバムの1ページを飾っていることも事実である。
さて初恋が実る確率は1.0%程らしい。このことを踏まえるのなら僕は運良く1.0%の人間に選ばれたということだ。
話が長くなった。
揚羽蝶が舞っている。ラムネに入ったビー玉の奏でる心地よい音色に耳を傾けながら甘く切ない思い出に浸ることにしよう。
僕の初恋は中学一年生の頃だった。いいのか悪いのか僕にはまともな友人と呼べる間からの人はいなかったのでそれが遅いのか速いのかということは分かりかねるが今となってはどちらでもいい事だ。
ある日環境委員として花壇に水をやろうと足を運ぶと先客がいた。僕が通っていた学校で当時知らない人はいなかったであろう所謂マドンナというやつだ。
「あら。今日はあなたが当番なのね。北村君。」
「うん。君は確か同じクラスの南條さんだよね。僕のこと、知ってたんだ。」
これは正直な感想でありクラスで完全にぼっちになっていた僕を認識している人なんて居ないと思っていた。
「ふふ。おかしなことを言うのね。あなたも私のことを知っているようじゃない。」
そう言って口元を抑えて笑う彼女は息を飲むほどに美しくそれでいてどこか絵画的なぎこちないものだった。
思えばこのときだっただろう。僕の初恋は学園のマドンナ南條美咲だった。
なんだか気恥ずかしくなった僕は水をやり足早にその場を逃げた。
「おはよう。北村くん。昨日は当番お疲れ様。」
「ん、ああ。おはよう南條さん。仕事だからね。」
今までクラスで空気として扱われていた僕に話しかけてくれたのは南條さんだった。
「北村くん。あなたは普段何を考えているのかしら。いつも明後日の方を向いて思案しているようだけれど何を考えているのか見当もつかないわ。」
日に日に会話の内容はつまらないものになる。
だけど不思議なことにそれが僕にはどうしても幸せで胸の太鼓がやかましかった。
「北村くん。今日の放課後は空いているかしら。本を買いたいのだけれど良ければあなたにも選んで欲しいのよ。」
初めて放課後に誰かと遊んだのも南條さん。
「北村くん。あなた、なにか困っていることがあるんじゃない?」
僕が嫌がらせを受けていた時誰よりも早く気づいて相談に乗ってくれたのも。
「北村くん。あなたは大バカよ。ええ。どうしようもないほどにね。」
虐められ深い海に溺れていたどうしようもない僕に光として道標を作ってくれたのも。
何もかも、南條さんだった。
ああ。認めよう。僕は南條美咲という女性に惹かれている。どうしようもないほどに。
腰まで伸びた美しい髪。切れ長の瞳。白く透き通ったハリのある肌。何気ない仕草や口調。話している時にふと見せる優しげな笑み。
その全てに僕は惹かれていた。
「南條さん。」
「何かしら。北村くん。」
何気ない会話が途切れたタイミングを狙って咳払いをした僕の雰囲気を察したのかこちらに向き直りそういった彼女。
「好きです。あなたのことがものすごく。あなたさえ良ければ僕と、お付き合いしていただけないでしょうか。」
「ふふ。ええ。もう、ほんとにどうしようもない人だわ。あなたは。勿論、よろしくお願いします。」
目が覚めれば隣に眠る彼女の頭上を蛾が飛んでいた。
それを振り払うことはせず来る運命に身を委ねた。
初恋 麝香いちご @kasumimoto
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