第5話 フレアの過去4



 ホットスルー公爵家と私は何の縁もないと思っていましたが、それは私の間違いでした。かつて私の婚約者だった…殉職した騎士ビルがその命をかけて護った相手こそ、ホットスルー公爵家の嫡男と従兄弟に当たる第一王子様――現在は王太子殿下――だったそうです。そう言えばビルはアチーナ侯爵家の三男でしたものね。嫡男とは異なり侯爵家を継ぐことはない立場でしたが、高位貴族の一員として同年代の彼らと個人的に親交があってもおかしくありません。ビルが騎士として一早く認められていたのも、彼自身の実力もありましたが、そういった繋がりがあったからかもしれません。



 つまりホールド様にとってビルは、亡き妻の忘れ形見である息子と甥の命の恩人であり、その二人の親友でもある存在だったというわけです。そして、当時そのビルの婚約者だったことから私のことを密かに気にかけていた息子が、白き結婚で離縁した私の不遇を知り、どうにか助けたいと相談を持ちかけて来られたそうです。



 ご子息のフラット様曰く、ビルは婚約者私のことを時間があれば自慢していたそうです。友人である自分達の前で堂々と惚気て見せ愛の誓いをして見せるほど、私との結婚を心待ちにしていて、そんなビルが羨ましかったのだと。…後で知りましたが、当時婚約者の方と仲違いしていた時期があり余計に印象深く記憶に残っていたそうです。だからこそ、結婚したら私を誰よりも幸せにするという、死別という不本意な形で果たされなかったビルの愛の誓いを、どんな形でもいいから果たしてやりたいのだと――フラット様からそんな相談をされたホールド様は、私の家と私自身のことを改めて調査し、私の結婚と離縁の実態と扱いを知り、真剣に考慮されたそうです。きっかけの相談者であるフラット様とその若奥様とも話し合いされた結果、息子の命の恩人あらば亡き妻も納得するだろうしと、隠居を考えているホールド様の後妻として公爵家に迎える形で、経済面でも権威でも私を援助することを決め、再婚の打診と相成った、とのことでした。



 語り終えたホールド様は最後にこう言い添えて、面会の終わりとなりました。



 『君が幸せになる為の手伝いがしたいのだ。我が公爵家はその力となり時には盾となる。以前の君の夫もどきは君をただただ利用しただけだったが、今度は君が私を利用してくれないだろうか。あぁ、安心したまえ、恩人に報いる為でもあるが私にも利はある話なのだ。未だに私の妻の座を狙う女狐達を追い払う口実が手に入るのだから、それだけでお釣りが来る程だ』と。



 口実云々は貴族らしく利があるのだと納得させる為の後付けの理由でしょう。公爵家としては要するに、私が幸せになることを望んでいる――単純なようでとても難しい話です。でも、ホールド様の話を聞いた私は、ビルとの思い出を振り返りました。…ビルのことを忘れていた訳ではありません。最後は葬儀の思い出に繋がってしまい悲しい気持ちが蘇るので家族と周囲が私の心身を心配することと、夫となったコルド様と比較してしまうことを避ける為に思い出さないよう努めてきたのです。



 ビルは私が微笑んでいるだけで幸せだと良く言っていたことを思い出しました。私もビルの笑顔が好きでした。彼といた時は作り笑いではなく、自然と互いに笑顔になっていた気がします。ビルは私が初めて刺繍したハンカチを大事に持ってくれていました。私も彼から贈ってもらった花を押し花の栞にして今でも大事に保管しています。ダンスの練習中、たくさんビルの足を踏みました。彼もステップを間違えては私を振り回しました。可愛くない我が儘も言いましたし、デートの約束を彼の仕事の都合により延期となったこともあります。



 じっくり思い返してみれば、ビルとは良いことも悪いこともありました。それでも当時の私は確かに幸せだったのです。今回の話はビルの想いと、繋いでくれた縁からきたもの。不思議なものですね、彼が後押ししてくれているように思えてなりませんでした。



 それから一年後、私とホールド様は時間を作っては会って対話し、互いの信頼を築き上げた頃、正式に結婚致しました。



 お互い再婚なので結婚式自体は身内のみのこじんまりとしたものにしよう決めていたはずでしたが、立場的に義理の息子となるフラット様とその若奥様が中心となって我が家と姉夫婦を巻き込み、サプライズとして盛大な式を用意されていたことは予想外でしたが。



 ただ以前は叶わなかった念願の友人達も呼ばれており、以前の倍以上緊張して疲れましたが、思わず涙が零れてしまうくらい温かく幸せな結婚式となりました。


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