誰が魔法少女を監視するのか

甚平

第1話 Watch The Witch

 雪の積もった街並みを『包帯が巻かれたようだ』と言った作家がいる。この街に雪は降らない。止めどなく血は流れ続ける。誰かが傷口を押さえなくてはならない。が。


 谷戸浦やとうら市の発展は犠牲の上に成り立っている。しかし、その犠牲を誰も顧みない。誰一人だ。人間も、妖精も、この街に暮らす誰もが、目を逸らしている。


 以外は。


 ――タレントの星野ほしのなゆたさんが、自宅マンションの前で亡くなられ……。


 排水溝へと流れる雨水に、街頭ビジョンのニュースが歪んで映る。濁った水だった。その水が一瞬、ニュースを遮る影を映した。白い影は、ビルからビルへと飛び移っている。


「……しかし、やはり事故というのも考えづらいですよ」

「なら、星野なゆたが、あの細腕でガラスを割って、自分で飛び降りたって?」

「もしくは、怪力の大男か――魔法少女か」


 二人の警察官が、タワーマンションの前で話している。


「二十年前の条約ができてから、あいつらは活動しちゃいない」

「でも、月影の魔法少女は別なんでしょう。指名手配されてるじゃないですか」

「おい、やめとけ。あいつの話をするのは。やつは、いまもどこかで見てる」

「どこかって」

「お前は知らねえか。あいつは、いつも街中まちじゅうを見ている」


 谷戸浦市の東、黒須くろす町のタワーマンション『ギルマンハウス』の最上階。


 割れたガラス窓の縁を、白いブーツが踏む。夜風にドレスの裾がはためく姿を、月明かりが捉えていた。腰まである銀髪が、するりと室内へと滑り込んでいく。


 目を閉じたままのは、白い手袋をつけた手で、部屋の中を探していく。やがて、隠し扉の中に、ハート型の宝石箱を見つけた。


「オープンユアハート」


 が唱えると、宝石箱から光が溢れる。その輝きが収まると、30cmほどのカラフルなタクトが宙に浮いていた。私たちの変身アイテムにして最大の武器。これが仕舞ってあるままだということは――。


「……戦わずに死んだの? なゆた」


 宝石箱のあった場所から、ひらりと写真が滑り落ちる。はそれを拾い上げた。二十年前の写真だ。四人の少女と、四体の妖精が映っている。


 タクトと写真を持って、は再び窓の縁に足をかける。地上三十階。このマンションから見る街の夜景はきらびやかで、昔、なゆたに見せてもらったビーズのコレクションを思い出した。

 あれはキレイだった。スタンドライトに照らされて、きらきらとして。なゆたは、あのころからオシャレだった。お母さんのような有名モデルになると、言っていた。


 その夢は叶った。そして、今日、終わった。


 吹き付ける夜風が、長い銀髪をあおり――次の瞬間、光の矢がを貫いた。

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