確約のない関係

仲津麻子

第1話惹かれる

 誰かを好きになる気持ちなんてわからなかった。二四年生きてきて、こんなにも心を動かされる人がいるなんて、知らなかった。


 それなのに、どうしたことか。あの男を見かけるたびに、視線をそらせなくなるのはなぜなのか。


 退社して駅に向かう道の途中で、毎日のようにすれ違う人がいる。

シーンズにセーターなど、ラフなスタイルだけれど、ブランド品なのだろう、流行にうとい私でも、着ている物の質の良さくらいはわかる。


 少し長めにカットされた髪は、くせっ毛なのか少しはねていて、おそらくは百九十センチ近くある長身ちょうしんは、まわりを行き交う人たちから、頭一つ抜きん出ていた。


 彼の左腕には、いつも違う女性が腕をからめていた。

バリキャリ風のスーツ姿の美女だったり、砂糖菓子のような可愛い女の子だったり。時にはふんわりドレス姿のお嬢様、タイトなワンピースの妖艶な女性。さまざまなタイプの美女が、いつも寄り添っていた。


 連れの女性が、親しげに媚びるように、盛んに話しかけているにもかかわらず、彼は気にもしていないように真っすぐ前だけを見て歩いていた。


 なんと言っても、私の目をきつけたのは、彼の鋭い視線だ。

整った顔立ちを更に印象づけるような濃い眉と、にらみつけるような冷たい目が、まわりを威嚇しているように感じられた。


 気になったからと言って、平凡な私が彼をどうにかしようなんて、考えたわけではない。

いつも同じ時間にすれちがうので、「ああ、今日も会ったな」と思うだけだ。そして、遭わない日があれば、「今日はいなかったな」と、少し残念に感じるだけだった。


 私と言えば、あまり特徴のない丸顔で、アーモンドの目と低い鼻。学生時代はよくタヌキ顔とからかわれた。


 赤茶けた色の地毛をショートボブにして、いつも黒や紺の地味なスーツに、量販店で買った黒いパンプス。大きめバッグを肩から提げていて、都会の真ん中で仕事しているOLとは思えないほど、田舎じみていると自覚している。


 こんな私でも、学生時代にはつき合っていた彼氏もいたのだが、卒業をきっかけに自然消滅して、今思い返すと、彼が好きだったのかどうか、自分でもよくわからない。


 そんな男っ気のない日常の中に、突然あらわれた気になる存在。ふと気がつくと、いつのまにか彼の姿を思い浮かべていたりする。


 片思いにも満たない小さな想い。ほんの一瞬すれ違うだけで、なんだか満足してしまっている自分がいて、「お前は小学生か」と、ひとりツッコミしてしまったこともある。

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