生産施設破壊作戦:2
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中央会議室はバーだった。
大人の酒場だ。ワインやらウイスキーやらが宝石のように間接照明で飾られ、ダークオークぽい大きなカウンターが艶々と輝いている。おっしゃれー。
でも戦いに行くのに会議室が酒場ってどうなんだ? いや、発掘品の建物だから、自由に内装変更とかはできないのかもな。
リーダーっぽい人はフロアの反対側、テーブルが並ぶ方に立っていた。さすがに今は酒飲まないか。
全員が集まり、チームごとにテーブルにつく。
「集まったな。では作戦会議を開始する。私はマイク、ギルドから指名を受けた警備隊所属のディグアウターだ。今回の作戦の指揮をとる。よろしく頼む」
リーダーっぽい人はやっぱりリーダーだった。
軍人っぽい人だ。全身軍服で、ベレー帽までかぶっている。マイク大佐ってかんじだ。この世界に軍の階級あるのか知らんけど。
高級バーのような『会議室』で作戦説明が始まった。
フロアには参加者14人全員が集まっている。犬っぽい獣人やエルフっぽい長耳のファンタジーな人がいるが、スカウターみたいな片目サングラスをしたりしていてSFチックでもある。
「諸君らも知っての通り、増加傾向が危険域にあったマーダーだが、ここが生産拠点と見られ……」
作戦指揮のマイクさんは皆を見渡して話を始めた。概要から始まって、事前に説明されていた内容のおさらいだ。俺の記憶回路は一度聞いたことは忘れないのでちょっと退屈……
……と思っていたらリンピアから無音通話が来た。
(ジェイ、いまのうちに参加者について説明をする。おおよそのイメージを把握しておけ、これから命を預け合う者たちだ)
(了解)
オシャレ会議室にはいくつかのオシャレテーブルがあり、ディグアウターたちはもとのチームごとに集まってそれぞれテーブルについていた。
(まずリーダーのマイクが率いる『第二警備隊』……彼らは岩の街に留まって街の防衛に関わる任務についている者たちだ。ディグアウターというよりも軍隊に近いな。『第二』はとくに経験豊富な実力派の部隊だ。今話しているのがマイク、その隣がエレン、キャシー)
第二警備隊のメンバーは壁際中央のテーブルにつき、堂々と参加者たちを見渡している。
軍人服のあちこちには機械部品がついていた。『服屋』でバイトをしたことがあるので知っている──アレは強化服だ。伸縮繊維や駆動骨格で装着者の運動をサポートする、パワードスーツというやつである。彼らが身につけているのはコクピットに入っても窮屈にならないドライバ用軽装タイプに見えるが、各部ポイントにプレートを装着すれば銃弾くらいなら弾き返す『装甲服』にもなるタイプだ。装甲板をつけられるくらいパワーのある高級品ということでもある。
高いパワードスーツはなかなか強いんだよなあ……中型キメラ蟲くらいなら素手で倒せるほどになる。それだけ潤沢な資金があり、それが必要になるほど危険な任務をこなしているということだ。軍服組の実力が伺い知れる。
(あっちに固まっているのは『運び屋カモメ』、物資運搬に特化した装備のチームで……)
リンピアの説明は続く。
……が、正直飽きてきた。人間の方はどうもなあ。俺は前世からコミュ障気味だったし、今も基本的にはそうだ。回路の力でごまかすことはできるようになったが。
アーマーの話ならいくらでも聞けるんだが、それも来る途中に観察してだいたい分析済みだし。中身の人間の方は正直どうでもいい。
記憶回路を起動、リンピアの話を片っ端から放り込む。必要になったらそのときに記録を取り出そう。
やばい、眠くなってきた……自動化回路も組んで、適当に相槌。
(カモメは夫婦2組からなるチームで……)
(うんうん、そうだね)
(あいつらはマッスラーズという脳筋集団で……)
(うんうん、そうだね)
(ジェイ、ちゃんと聞いているのか?)
(もちろんだよマイハニー)
「んなッ!?」
リンピアがビクッと声をあげる。
やべ、適当にやってたせいで変なセリフが再生された。前世で見ていたC級メロドラマか? 俺でも忘れていた記録だ、回路すげーな。
「……そこの飛び入り参加チーム、話は聞いていたか? なにか意見でもあるのか?」
やべやべ、リーダーさんから睨まれた。
薄々感じていたことだが、俺とリンピアのふたりは少し侮られている。他の3チームは4人組なのにたいして少人数なのもあるし、俺が新米ホヤホヤのE級ディグアウターなのも関係しているだろう。
ここは挽回しなくては。
ごまかせごまかせ!!
なんとかしてくれナノメタル!!
うなれ俺の回路!!
《肉体管制:営業歴12年目の田中》!!
「いえいえ、文句などございません。的確な作戦かと存じます。ですが別件でひとつ、私からご提供したいサービスがございまして……」
「な、なんだ? 言ってみろ」
突如としてなめらかに喋りだした俺に調子を崩されたのか、リーダーさんの剣幕は揺らいだ。記憶の中から口達者なやつの言葉やコマーシャルのキャッチコピーを抜き取ってトレースする回路だが、うまくいったようだ。
この際ついでに、このままの流れでいこう。
ちょっと披露したいものがあるのだ。
「わたくしからご提案させていただきたいのは、新しい通信回路でございます。それはこれまでの通話すべてを過去にする。それがもたらすのは未来。それがもたらすのは新しい生活。あなたもきっと、それを体験したくなる」
「……?」
「今回特別に、皆さんにソレをご体験頂くご用意があります。どなたかお相手になっていただける方は?」
「つまり……なんだ、新しい通信回路だな? 使ってほしいと?」
「ええそうです、より直感的、より感情的、よりスピーディー」
「何が目的で?」
「いえいえ、私はただ今回の作戦の成功を願ってのことです。どなたかお試しになりませんか?」
「フン、面白そーじゃんか」
おっ釣れてくれた、ありがとう。リーダーチームの若手っぽい男だ。
「ありがとうございます。回路をお渡ししても?」
「少し待て。おい『ディテクター』、仕事だ、調べろ」
リーダーが部屋の隅に視線を向けた。
そこにあったのはデカい金属の箱だ。
『お仕事でっか?』
うわ、返事した。箱が。機械音声だ。
箱はキャスターで自走して近寄ってきた。
『調べ物でっか?』
「ジェイ君、だったな。すまないがまず、こいつに回路を渡してくれ」
なるほど、この箱は低級CPU搭載の探知機ということか。遺跡の中で制御奪取をするのにも使うのだろう。生産施設を奪うにはそういうのが必要だと聞いている。
箱は俺を向いてピカピカと光った。
『厄物でっか?』
「いえいえとんでもない、安心安全です」
回路を渡す。
ピリッとした感触。
『安全でんな』
「そうか。ニック、使ってみろ」
「ニックさん、通信をかけました。どうですか?」
「オーライ……んおっ!?」
視界に『ニック』という名前と『驚き表情A』が現れ、口パクしている。
「私の名前と顔が見えておりますか?」
「ああ。なるほど面白えな」
俺が作ったのは、ビデオ通話だ。より正しく言うなら、カットイン通話。誰にでも使えて渡せるアプリ回路。従来の通信は音声だけだった。それを名前と顔がわかるようにした。
「表示は拡縮自由。表示位置もお好きに設定できます。このような多人数での作戦中、通信相手のお顔とお名前が一目瞭然で理解できるということの利点は、私が語らずともよくご存知のことかと」
「いちいち顔と名前を覚えるのってかったるいんだよな。コレがあれば楽だな」
うん、よく分かるよニック。前世でVR眼鏡が実用レベルになったとき、俺はまっさきに人間の顔を認識してプロフィールを自動表示してくれるソフトを導入した。デジタル名刺や実名SNSなども参照して役職や趣味嗜好がまるっとステータスオープン。隠れコミュ障社会人には必須ソフトだった。
「ほう。確かに面白い。だが回路の負担量はどうなってる? 一瞬を争う戦闘中、これに処理能力を食われては本末転倒だ。そのあたりは?」
マイクさんが鋭いツッコミをいれてきた。いつのまにインストールしたんだ、手早いな。
「これは映像を送っているように見えますが、喜怒哀楽にパターン化された表情を動かして喋っているように見えるだけなんです。戦闘中など回路稼働率が高いときは、さらに自動で省エネ稼働します。逆に平時、顔色を見ながら対談したいときなんかには、映像通信と同等の動きにすることもできまして……」
俺がやりたかったのはつまり、カットイン演出。ロボットアニメでよくあるアレだ。パイロットが叫ぶとロボの横に顔が表示されて、この機体にはこのキャラが乗ってますよというのがよく分かるアレ。アセンブルコアには人間ビジュアルが存在しないので無かったが。
これがあると無いとでは直感的な分かりやすさが全然違う。分かりやすいというのは大事だ。他のことに集中できる。
あと、SFぽくてカッコいい。大事だ。
「従来の音声通信に追随するだけで、手を加えるつくりではないので、削除すればキレイに元通り。邪魔にもなりません。また音声から表情を自動判定する機能もあるので、相手方にこの回路がなくとも簡易版で表示可能です」
「映像通信モードってのが出てきたぞ、コレなんだ? カメラも無しで、どうやってる?」
「表情筋の情報をやりとりしています、リアルタイムの顔を映しているわけではないんです。通信相手の顔データを用意する初期だけ情報量が必要ですが、通信中は小さな情報だけで動かせるわけです。お化粧のノリなんかも気にする必要が無いんですね、寝起きにもご安心。今ならなんと表情アセット編集ツールも付いて……」
なんだか楽しくなってきた。営業トークに拍車がかかっている。田中の魂が乗り移ったかのようだ。サンキュー前世の田中、特に仲良かったわけでもないけど。
サービスで無料にしちゃったけど、金取れそうだなコレ。似たようなの考えて販売なんかしたら大金稼げるかもしれない、グヘヘヘ。
「……」
リンピアが少し恥ずかしそうにそっぽを向いている。
オイ別にいいだろ、今回はべつに恥ずかしいことしてないだろ。
仕事に役立つことしてるぞ、俺。便利な回路だぞ、コレ。
『自前でっか?』
箱が聞いてきた。
自前? 俺が作った回路なのかということか?
疑っているのだろうか。俺の回路スコア情報でも取り寄せたか? だが街中のエンジニアもやろうと思えば数週間でできるだろう。とくに隠すことではない。
「自前やで」
『……そうでっか』
箱はピカピカ光って納得したようだった。
コイツ、自律行動したのか? 意外と高級CPUなのかもしれない。言葉遣いはエセ関西ぽくて変だけど。
「良い回路だな。希望者はもらっておけ」
結局、リーダーのマイクはこの回路を導入して作戦に挑むことにしてくれたらしい。フットワーク軽いな。
会議室は新しい回路を試す大人たちでワイワイ大盛りあがりになってしまった。
ピロン。
リンピアから通知。
表情アセットが送られてきた。実物本人よりも丸っこくデフォルメされている。めっちゃ使いこなしてるじゃねーか。
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