020 閑話 ダクトダイバー

 働くぞー。

 今日はダクト掃除の仕事だ。

 ダクト掃除といっても、飯屋の油ギトギト換気扇をキレイキレイするような仕事ではない。

 壁内巨大ダクトの閉塞除去作業。直径数メートルもある通風ダクトの中へダイブして、数百メートルもある長さの中から原因を探し出し、障害物を撤去してくるのだ。


 ↵


 大岩のうえ、ダクト露出部。

 強風がビョウビョウと吹いている。眼前には遥かな荒野。足元の遠くにジャンク街。

 ここは天然の岩の部分なので、大岩の亀裂部と内部にあるはずの都市の姿はここからは見えない。あるのは巨大ダクトがニュッと岩から突き出している姿だけだ。


「にーちゃん、ダクト掃除は初めてか? 今日はこのボクに任せときなよ。ダクト掃除ならプロだからさ、プロ!」

 こいつが今日の同僚バディだ。『リンゴのような赤ほっぺをした小柄な少年』──ほんとに事前説明そのまんまのチビが来た。

「ボクのこと、小さいと思ってるだろ? でもダクト掃除ならこのコンパクトさが役に立つんだなコレ!」

「なるほど。よろしくお願いしますよセンパイ」

「うん! ボクのことはダクトスイーパーと呼んでよ!」

「ダクトスイーパー……格好良いな……」

「でしょ!」

「じゃあ俺はダクトダイバーで」

「えっ! それ格好良い! じゃコードネームダイバーね! ボクはスイーパーって呼んで!」

「了解、スイーパー」

「行くぞ、ダイバー! うふふ!」

 元気な子だなあ。


 ↵


 ダクトの入り口にくると、直径は3メートル以上あった。一人部屋ひとつがスッポリと落ちていくほどのサイズだ。詰まっているので空気の流れる音がしないが、奥底のほうから不気味な反響音がある。化け物の口のようだ。デスワームを思い出す。

 大穴は岩内の街『セントラル』の換気のために下方向へ伸びている。まっすぐ降りれば詰まりに着くらしいが、どれくらいの深さかは分からない。最大で数百メートルもの距離を降下することになる、らしいのだが……

「なあスイーパー。装備はほんとうにこれだけなのか?」

 俺は斡旋所から手ぶらでいいと言われてきた。専門家がいるから仕事道具は必要無いと。

 しかしダクトスイーパーセンパイが持ってきている道具は……

「うん! ひっかけ棒とロープ! これだけあればじゅうぶんじゅうぶん!」

 原始的シンプル過ぎる……。

 ロープはたしかに頑丈そうで、しっかり束ねられたものが揃っている。数も長さも十分だろう。

 しかしこのひっかけ棒とやら……二本組になっているので十字にして穴へ置いてロープを垂らすんだろうが、コレは……

「なあ、この棒長さが2メートルもないぞ、穴より小さい。どうするんだ?」

「あっ」

 ……心配になってきた。

「仕方ないな……《錬銀》、個体化」

 ナノメタルで固定してうまいことロープを垂らす。もし時間が経って無力化しても、液体ではなく固形化した銀になるように設定した。これだと再吸収できなくなるのだが、仕方ない。

「ダイバー、すごいな! よくやった!」

「スイーパー、大丈夫なのか? おまえ本当にセンパイなのか?」

「ふん失礼な! ダクトを掃除すること幾百回! ダストシュートから居酒屋の換気孔まで、『商業エリアのお掃除モグラちゃん』とはボクのことだぞ!」

 エェ~……?

「もしかして、壁内巨大ダクトの経験は無いのか?」

「そりゃそうだよ。だってココ、数十年は掃除された記録ないもん」

 ……もの凄く心配になってきた。途中棄権も考えるべきだろうか。ロープもさあ、もっと金具とか使ったりするもんじゃないのか? ラペリングの詳しいやりかた覚えておけばよかった。

「大丈夫大丈夫! 心配するなダイバー! このスイーパーさまに任せておけば問題なんてなにも無いって!」


 ↵


 問題だらけだった。

「ニイチャン助けて! 死んじゃう! ボク死ぬ!」

「黙って捕まってろクソガキ!」

 数十メートルを降下して──突然のことだった。横穴から無数のネズミが濁流のように襲ってきたのだ。それまではただの命知らずラペリングだったが、一気に地獄と化した。

 チューチューうるさいのが多すぎてヂュウヂュウってかんじだ。ついでに俺の背中でギャン泣きしているクソガキもクソうるさい。ダクト内で反響しまくって耳がどうにかなりそうだ。

 ネズミたちは奈落の底へ落ちるのもおそれず殺到してくる。なんなんだ、集団自殺か異常行動か? いきなり縄張りへ侵入されてパニックになったのか? バシバシ叩き落して大半は落下していくが、何匹かは服へ爪を立ててくる。数が多すぎて対処しきれない。

 くそ、服を噛まれた。ニールさんのなのに。

 腿を噛まれる。ヘソを噛まれる。背中のクソガキに行くのは阻止する。

 首を齧られる。指を齧られる。クソ、ロープに行った!

 ロープを噛み切られる! こいつはもう駄目だ!

「クソガキ、死んでも離すなよ!」

「ニイチャン!!!! ニイチャン!!!!」

「舌噛むぞ黙ってろ!」

「ン゙ン゙ン゙ン゙ン゙ン゙ン゙ッ!!!!」

 俺は跳んだ。

 ダクトには他にも横穴がある。下方の闇の中、いくつか穴が空いているのが見える。

 壁を蹴りながらナノメタルを瞬時に錬銀。両手両足に爪をつくり、壁へ突き立てながら落下する。

「うお゙っ」

 横穴のフチへ叩きつけられる。なんとか着地……

 クソガキが落ちる!!

「あぶねえ!!」

 間に合った。首根っこを釣り上げる。

「いいいいいいいん……」

 クソガキはぎゅっと目をつむり、胎児のように丸まりながら泣いていた。

 ポイっと横穴の中へ放り込む。

「はあ……どうすっかなあ」

 はるか頭上の光を見上げる。

 ネズミはまだパラパラと落ちてきていた。


 ↵


 クソガキはネズミがトラウマだったらしい。

「にいちゃんがね……寝てるままね、ネズミに齧られてたの。起きないとだめだよって言ったけどね、死んでたの」  

「そうか……辛かったな」

 クソヤバヘビーじゃねえか。

 とりあえず落ち着かせようと世間話してみたら、とんでもない話がきた。

 このガキは他の街出身らしい。その街はキメラかマーダーの襲撃をうけて崩壊してしまい、荒廃した状態で漂流していたようだ。数年前それが岩の街の近くに流れてきて、ジャンク街はほぼ人命救助のような形で全面的に住民を受け入れた……たどたどしい話からそう推察された。

 あとこいつ、たぶん年齢逆サバ読んでるっぽいな。街に受け入れられたときに詐称したのか。本当は何歳児なんだ。どおりで小さいと思った。


「ニイチャン、どうしよ」

 正直、面倒なことになった。ロープは切れて、予備も落ちてしまった。ダクトを登るのはかなりキツイ。まして仕事を終わらせるのは……少なくとも給料には全く見合っていない。

「なんとかなるから、心配するな」

「でも腹減ったよ」

「じゃこれ舐めてろ」

 糖分補給用の飴玉を渡す。

 ゴクン

「お腹すいた」

「オイ、丸飲みするな。舐めて味わえ」

「だって、すぐ飲み込まないと盗られるもん……」

「……じゃああと1個な」

 だが受け取ろうとしない。

「にいちゃん……ボクにぜんぶ食べ物くれて……にいちゃんは大丈夫だからって……でも、朝起きたら……」

 あー泣いちゃった。しかも今度はマジ泣きだ。

 ガキが泣くのはだめだ。女子供が泣くのはめんどくさい、ムカムカしてムズムズする。黙ってじっとしていられなくなってしまう。

「おい、見ろ」

 俺はウェストポーチ(ニールさんのおさがり)の中から、シリアルバーとチョコレートバーとチーズバーとクッキーバーとドライフルーツと氷砂糖とハードクッキーとカロリーゼリーとチョコレートブロックと蜂蜜漬けレモンの瓶とキャラメルと梅干しとオレンジジュース濃縮パックとコーヒーシロップをドサドサドサドサドサドサドサとぶちまけた。

「俺は死なない。俺はおまえの兄じゃない。俺はダクトダイバーだ」

 ガキは目を丸くして泣き止んだ。

「食料はじゅうぶんにある。ここに来ていることは斡旋所や俺の仲間が知ってるはずだ。じっとしているだけでも救助は来る。だが、それでいいのか?」

 ベルトから安物レーザーソードを引き抜き、照明トーチモードで起動。

 赤い光が灯る。

「俺はこれから仕事を終わらせてくる。おまえはどうなんだ、ダクトスイーパー?」

 ダクトスイーパーは目をこすって立ち上がった。

 

 ↵


 ロープなしで落下してみた。

「いやああああああああああ゙!!!!」

 勇敢なるダクトスイーパーは小っさい両手両足で力強く俺にしがみついている。

 さすがにフリーフォールではない。錬銀スパイクシューズでダクト壁を蹴り、らせん状に走りながら下り降りている。

 落下ではなく降下だ。安全策としては十分だろう。

「しぬうううううううううぅ゙!!!!」

 底が見えた。 

 着地直前、スイーパーをもぎ取って天へ放り投げる。

 ズドム!! とゴミだらけの底へ着地。

「ぎゃぶっ!!」

 落下速度をすこし相殺されて落ちてきたスイーパーをキャッチ。

 降下作戦完了だ。


 ↵


「ニイチャンのほうが怖えーや……」

 底にはネズミの死にかけと死体があったが、棒でつついて遠ざけるだけで済ませられるようになっていた。

 勇敢なるダクトースイーパーはトラウマを克服したようだ。

 大量のネズミが落ちたはずだが、なぜか数はそこまで居なかった。逃げたのか?

「で、詰まっているゴミってのはこの底全部か?」

 ダクト底面いっぱいに木屑や小石や砂が広がっている。

 落下の衝撃でもなんともなかったし、これをどかすのは無理そうだが?

「ここはゴミ貯め用のくぼみだからちがうよ。ファンに続く穴がまた横にあるから、そこが詰まってるんだと思う」

「よく覚えてたな」

「いちど見たら忘れないもん」

「そりゃすごい」

 斡旋所で説明されたときは機密情報だとかで、チラッと図を見せられただけで終わりだったんだよなあ。回路で記憶する暇もなかった。

 照らしてみると、見上げたくらいのところにデカい横穴があった。あれか。

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