地下生活
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俺の第二の人生は、環境こそかなり過酷だが順調だった。食べる物も水も、飢えない程度にある……便所虫みたいなのとコンクリート壁から滲み出た水というゲテモノではあるが。注意するべきは眠っているあいだに噛んでくる虫だけで、危険というほどではない。傷がついても感染症の気配すら起きない丈夫な体のおかげだ。
鉄パイプを相棒に散歩していると、研究施設もどきの場所は1キロ4方ほどの閉鎖された空間だった。2日で探索し尽くしてしまった。絶望しかけたが、壁にできていた亀裂へ潜ってみると、また別の、雰囲気の違う空間に出ることができた。
どうやらここは壁で隔てられたいくつものエリアの集合体であることが分かってきた。どこも壊れかけで亀裂は無数にあるので、時間をかけて探せば隣の区画へ移動する隙間を見つけることができた。
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まず出たのは、グシャグシャに壊れた加工機や金属塊がぶちまけられている工場区画。
「なに作る工場? デカすぎだろ」
すべてが巨大だ。いちばん小さいナットらしきものでも俺の頭ほどある。ほかには6畳ほどの皿のようなもの、大型トレーラーサイズの鉄柱などなど。あまりに大きすぎて馴染みが無いから、何に使うのか予想できない。部品が組み立てられた状態の物はなく、部品だけだ。
完全無人の自動工場のようで、人間用の工具などは無かった。
鉄塊だらけで役立つものも無いので、はやく別の場所へ移ることにした。
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次は、一軒家サイズの大型タンクが、ずらずらと立ち並ぶタンク区画。
「水とか燃料ならよかったのに」
タンクはすべて空で、乾いていた。得体の知れない薬液が入っていたらしい痕跡だけがある。キレイなものを洗って水を貯めたら、プールか浴場にでもできそう。水も薪もないけど。
「風呂入りたい」
ここにも特に役立つものはなかった。
タンクのでかいフタが盾のようにみえたので戦士ごっこをしてみたが、もちろん取手なんてついていないので扱いにくい。実戦なんて無理だ。取手を付けられるような工具も無い。重いので捨てた。
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次はかなり異様だった。
虹色の砂漠。非常灯の薄明かりの下でも虹色に仄めいている。よく見ると、全く同じ形をした3センチほどの水晶っぽいのが莫大な量ぶちまけられているらしかった。
「ここぜんぶ、これだけか?」
ここは前世の記憶では見たこともない、似たような場所すらない場所だ。
探索するまでもなく、ほかには何もなかった。当然ながら役立つものは無い。喉が渇いていたが、水はけが良すぎるせいで水たまりひとつ無い。とっとと移動すべきだ。
見た目だけはキレイなので、虹水晶は何個か記念に持っていくことにして、自作ポーチに入れた。
ポーチは自分の髪の毛から作った。俺の体はムダ毛ゼロのツルツルマッチョボディで、髪だけはボサボサで肩まである。この天然由来100%のミニウエストポーチ、見た目は真っ黒モジャモジャゴワゴワのただの腰ヒモだが、今季の世界トレンドを独占するコト間違いナシだ。なんせ俺1人しかいないから俺が使えば人気100%だ。
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新築そのまま放棄されたように家具ひとつないガラガラの部屋しかない、未来っぽい集合住宅が並ぶ居住区画。
いままででいちばん人間らしい場所に来た。が、やはり生活臭が無い。
建物の外装はコンクリートとプラスチックの中間のようなもの一色でのっぺりとしている。部屋にはドアすらなく、ドアサイズの穴が空いているだけ。家具はなく、スイッチ類すら無い。外の非常灯しか光源が無いので室内は真っ暗で、かなりホラーだ。
「3Dプリンターみたいなので形だけ作って、そのまま放置したんか?」
ここにも有益なものはない。
ただ、虫がやや多かった。この先食べるぶんも余分に狩ってから次へ行くことにした。
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次が重要だった。入る前から違った。
「暖かい。なんか臭い」
暖かく、湿度が高く、青臭かった。
植物の気配だ。
亀裂を抜けると、そこはジャングルだった。
どぎつい色の植物がウジャウジャと異常繁殖している、栽培区画だった。青白い紫外線ライトが光っている。どこかから茶色い肥料液のパイプが来ていて、プラスチックのスポンジを湿らせている。その土壌にこれでもかというほど根が張り巡り、ボウボウに茂っている。
そして、地味な色の丸いものがそこそこ実っていた。
「く、果物だ」
俺は歓喜した。やっと虫以外のまともな食べ物だ。口に含んだが毒ではない。
「スポドリをフルーツ風味にしてめっちゃ薄めた味?」
俺はウキウキで食べまくった。
だが消沈することになった。
1日ほどたつと、フラフラしてきた。頭痛がし、力が入らない。栄養不足だ。実を何個食べても腹が減った。
なんと果実には栄養がほぼゼロだった。
「まあ口の中はサッパリするし、いいか」
このサバイバル環境で、ただの嗜好品が見つかってしまった。
重要なのは植物繊維と、住人のほうだった。
「ネズミいる!!」
茎を細く裂いて糸を作ろうとしていたら、ネズミを見つけた。
でかい。20センチはある。
最初の1匹を捕まえるのには時間がかかったが、コツをつかんだら楽勝だった。異常に素早いやつが一匹いたがそいつは無視することにして、すぐに5匹も捕まった。
「臭くて、固くて、オイシー!!」
こうして俺のディナーに芳醇なタンパク質が追加された。
コイツらは人間にとっては栄養のない実から栄養を吸収できるように進化しているらしく、植物区画にかなり繁殖していた。また、虫も同様に多かった。これまでに出会った虫はこの区画から他の場所へ来ていたらしい。
以降、植物区画を優先的に発見してから、その周辺に探索を広げるのが定番となった。
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数多くの区画を渡り歩いた。区画はそれぞれ壁で隔てられていて、移動するには裂け目を見つける必要があった。区画のサイズはだいたいひとつ1キロ4方だ。直線にして50キロほどは歩いたが、外界に出られる気配はなかった。上方向も望み薄だ。まず上方向に移動することが難しい。
とある区画で天井に割れ目があり、うまい具合に倒壊もしていたので登ることができたが、上の階もまたよく見る区画だった。
ここはどこなのか。いつどこでどのように作られ、いつから壊れたまま放置されているのか……推測しようとしたが不可能だった。まず文字などの情報が無かった。奇妙なまでにのっぺらぼうの建築物だけなのだ。まるでペイントもシールもつけていない安物のプラモデルだ。風化の具合もバラバラだった。もともと大災害のようにぶっ潰れてめちゃくちゃなのもある。この場所の正体解明は諦めた。
裂け目から土砂が流れ込んでいることがあるので「たぶんおそらく地下」とだけ思っている。
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この世界で初めて命の危険を感じたのは、植物区画で豊かな生活(当社比)が送れるようになってから1ヶ月ほどの日だった。
「地震?」
ハンモックから飛び降りる。植物区画の隣に住居区画があったので、ジャングルで狩りマンションに帰って寝るという高度に文化的な生活を送っていた。植物区画だと寝てるあいだにネズミと虫に齧られるのだ。蔓と枝でドアをこしらえ、座布団を敷き、ハンモックを吊るしている。壁にはステキな鉄パイプが飾り付けられて家主の心を癒やす。
そんなハイセンス空間をあとにして見回りに出る。
「地震なんて初めてだな。てか、あるんだな地震」
植物区画を見つけてから、探索はここを中心にして行っていたが、目新しいものは無かった。
ここに来て初めての現象……地震だと最初は思ったが、少し違和感があった。
「初期微動が無かった気がするんだよな」
つまり地震ではなく、地崩れが起きているかもしれない。こんなことは初めてだ。
未知のものに出会えるかもしれない。
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「なんだ、アレ」
予想は当たった。
住居区画に、人型のガラクタがいた。
棒のような手脚。鉄の箱のような胴体。あちこちが錆びついていて、動きもぎこちない。
デキの悪い特撮かなにかに出てきそうなブリキロボットという見た目だが、立派に二足歩行して、なにかを探すように移動している。
「友好的には見えんなあ」
そいつの両手は、トゲトゲしていた。なにかを傷つけること以外にはとても役立ちそうにない形状だ。
とても仲良く握手ができるとは思えない。
「狩るか。……狩れるのか?」
近くにこんなやつが居るのは御免だ。
手脚をもぐか、胴の箱を壊せば無力化できそうだ……が、どれくらい頑丈か分からない。
ていうか、なんだあの箱。どこから見たり聞いたりしてるんだ? 本当にただの箱だ。
手脚もそうだ、どうやって動いているんだ? 糸で吊るされたマリオネットのように細くて、モーターなどの動力も見当たらない。
不安になってきた。俺の頼れる鉄パイプ様なら、負けるということは無いだろうが……
「!!」
気づかれてしまった。
戦うしかないようだ。
まあ、いけるやろ!
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「た、助けてくれえ……」
俺は死にかけていた。血だらけだ。全身に裂傷と打撲。腹に穴があいているのを必死で押さえている。このままだと本当に死ぬ。
なんとガラクタロボットは4体いた。最初の1体を破壊するのに手間取っているあいだにおびき寄せてしまった。
ガラクタはしぶとかった。鉄の箱をL字に歪むまでぶっ潰してもまだ動いた。手脚は関節が完全に歪むまで潰さないと止まらなかった。
近くにはバッキバキに壊れたガラクタロボットが4体転がっている。箱がふたつに裂けたガラクタ、自作の植物由来ロープでがんじがらめになったガラクタ、高所から落下したように潰れたガラクタ、手脚がすべて千切れたガラクタ。
倒すことはできたが、このままでは相打ちだ。
「死にたくない……だ、誰か助けてくれ……」
この世界にきてから初めて、自分以外のなにかに祈った。
なにか超自然的な、常識外のものに意識を向けた。
頭の中でなにか熱いものが──電流のようなものが走った気がした。
声がした。
『はい、ヘルプシステムです。お困りのことはありますか?』
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