5-07 キス!?

「は、はっさく~!?」


 口に当てた手の隙間からポタポタと血を垂らすはっさくを、隣ですだちが顔を青くさせながらあわあわと見つめる。

 ゆずはというと、飛びかかってきたみかんに押し倒され、ひたいに銃口を押しつけられていた。


「バカ! はっさくを殺す気でしょ!?」

「ごごご、ごめん! そんなつもりで言ったわけじゃなくて……!」

「どんなつもりさ! そもそも夢移しは儀式だって自分で言ってたくせに!」

「そそそ、そうだよ! 夢移しはキスじゃなくて、儀式でキスじゃなくて……!」


 首を振りながら謝るゆずだが、顔は真っ赤に染まっている。自分自身を説得しようとするが、「キス」という単語を言うたびに考えが深まってしまう。思ってしまったことを、皆には聞こえない小さな声で呟いてしまう。


「青葉さんともまだなのに、ファーストキスが、らいむさんとだなんて……」


 ブハァッ!!


 口を押さえていても指の間から血しぶきを吐き出すはっさく。黙ってはいるが、ゆずへ向けられた片目は呪いをかける勢いで、目尻に血の涙が溜まっている。


「はっさく~!? はっさくが、死んじゃうよ~!?」

「ちょっ、バカ! はっさく、耳がいいんだから、余計なこと言わないでよ!」


 はっさくの背中を撫でながら、すだちが泣きそうな声をあげる。

 ゆずは血濡れた恨めしい姿を確認する余裕もなく、口の中に銃口を突っ込まれた。


「本来、夢鼠を狩るフクロウは、カフェと個々の扉でもともと繋がりを持っている」


 騒がしい周囲にかかわらず、マザーは目を閉じながら淡々と説明を始めた。

 ゆずが押し倒された時にカウンターの上に飛び移った青葉が、とりあえず話を聞こうと耳を傾ける。


「しかし、扉が壊された今、繋がりを強制的に作る必要がある」


 個々の扉とは、スタッフオンリーの部屋にある、それぞれの扉を言っているのだろう。らいむの夢へ行くには、直接、らいむの部屋の扉を開ければいいはずだった。

 けれども今、らいむの部屋の扉は……。


「みかんがロケランで扉を破壊しちゃったのが、そもそも悪いんじゃないの~!?」

「なんでボクのせいになるのさ! あぁしないと入れなかったでしょ!」

「えっ、みかんさん、こうなることを見越して、らいむさんとぼくを……」

「お前は頭がおかしくなってるから黙ってて!」


 銃はすだちに向けられ、その隙にゆずが口走ったおかげで、また口内へと突っ込まれる。

 ぎゃーぎゃーと叫び合うカフェの店内は、収拾がつかない。


「そのために必要なのが、夢移しと夢玉だ」


 マザーさんは注意しないのかな?

 青葉は疑問に思いつつも、何事もないかのように話しているマザーの言葉を拾う。


「夢玉も必要なんですか?」

「夢玉は人々の夢が凝縮された産物だ。ひとつひとつは小さいが、集めるほどに大きな力を持つ。その力を解放させることで、夢を具現化することができる」


 夢玉を千個集めれば願いがひとつ叶えられると、ゆずが言っていたのを思い出す。


「ただし、このカフェに集まった夢玉の数では、具現化に限度がある。夢移しによって繋がりを作り、夢玉の力で扉を作るのが精一杯だろう。それも、扉をくぐるのはひとりが限界だ」


 マザーは話し終えると、首をすぼめて動かなくなる。

 店内には、妄想で顔が真っ赤になったゆずと、今にも引き金を引く勢いで叫ぶみかんと、血だまりを作りながらうずくまるはっさくと、おろおろと狼狽するすだちがいる。こんな状況をまとめてくれるはずのらいむは、眠ったまま。

 青葉は辺りを見回し、気持ちを固めて、翼を広げた。


「はい! はーい! わたしがやります!」


 突然の大声に、皆が動きを止めて、青葉を見た。

 青葉は翼を羽ばたかせ、カウンターかららいむの身体に飛び移る。歩いてらいむの胸を伝い、顔の前までやってきた。


「青葉さん、やるって……もしかして青葉さんがらいむさんと……!?」

「黙って!」


 ゆずが涙をにじませて呟いた声は、みかんの肘鉄槌によって妨げられた。

 眠ったままのらいむを見つめて、青葉はゆっくりと目を閉じる。


「繋がって――。わたしたちみんなと、らいむちゃんの夢――!」


 強く願いを込めて、イメージを膨らませる。目を開き、顔を上げた。

 パッと、目前に、輝く一羽のフクロウが現れた。


「青葉さん、すごい……」


 腹を抱えながらもだえていたゆずは、店内を飛び回る翼に目を向けた。みかんもすだちもはっさくも、呆気にとられた様子で、フクロウを見つめている。マザーも目を開き、「ほう」と声を漏らした。


「マザーさん、早く扉を!」


 光るフクロウは、少しずつ輝きをなくし、小さくなっていく。

 青葉の声を受け、マザーは大きな翼を広げた。次の瞬間、色とりどりの夢玉が店内に浮かび上がる。


「集まれば集まるほど、大きな力になるんですよね。だったら、わたしの分も使ってください!」


 青葉は首にさげた巾着袋から、黄色い夢玉を取り出した。ゆずに出会い、自身に取り憑く夢鼠を狩った際に出てきた夢玉。惜しみなく手放すと、それは黄色い輝きを放って、宙に浮く。


「これで五百だ」


 マザーの言葉とともに、五百個の夢玉がカフェの扉に集まっていく。ドアベルのついた木製の扉は輝きを帯び、形を変えていく。夢玉がすべて吸い込まれると、光が収まり、そこには赤い扉がひとつできていた。

 扉が音もなく開かれる。先は暗くてなにも見えない。店内を飛び回っていたフクロウが、扉の中へ入っていき、見えなくなった。


「半端な扉だ。消えないうちに早く入れ」


 赤色の扉は、輪郭が曖昧で、向こう側が透けて見える。

 マザーに言われ、ゆずは慌てて扉へ手を掛けた。

 それでも立ち止まり、後ろへ振り返る。


「絶対にらいむさんを助けてくる」


 皆と目を合わせ、決意を新たにする。


「ゆず、気を付けて。絶対に帰ってきてね」


 青葉だけが、そう言葉を返してくれた。

 ゆずは笑みを浮かべると、床を蹴って、扉の先へと飛び立っていく。

 直後、赤い扉は消え、普段のカフェの扉が残された。


「扉、消えちゃったけど……。ゆず、どうやって帰ってくるのかな~……?」


 ゆずのいなくなった店内で、ぽつりとすだちが呟いた。

 その問いに答えられる者は、だれもいない。



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