5-05 必殺技をしのげ
蹴られた腹の痛みに耐えながら、ゆずは立ち上がった。
離れた場所では、らいむと戦うすだちが劣勢に堪えている。
「ゆずー!」
壁のあるほうから青葉が飛んできて、ゆずの肩にのった。
「戻らないと死ぬよバカ!」とみかんの叱咤する声が聞こえるが、ふたりは構わず目を合わせる。
「青葉さんはここに隠れてて。必ず守るから」
作戦はすでに話し合った。ゆずは襟を軽く開き、服の内側に青葉を潜らせる。
胸の真ん中に温もりを感じながら、大きく一度、呼吸をする。
腰から一本のナイフを抜き、翼を広げて床を蹴った。
「らいむさん! ぼくが相手だ!」
背中を見せているらいむに向かって、ナイフを振り上げ、急降下する。
らいむは左手のナイフですだちの鎌を押さえながら、右手に巻かれた鎖を使ってゆずのナイフを受け止めた。感情のない真っ暗な瞳が、ゆずへ向けられる。
「ゆず……!? 来ちゃダメだよ……!」
すだちの意識がゆずへ向いた一瞬、らいむはナイフを引いた。すだちがバランスを崩し、前のめりに傾く。その首めがけて、刃が横なぎに振るわれる。
「ぼくが相手だって、言ってるだろ!」
すだちの首筋が切り裂かれる寸前、ゆずはらいむと同じようにナイフを一度引き、すだちの前に割り込んで、斬撃を受け止めた。
すだちは息があがっていて、そのまま倒れるように両膝を床に着いてしまう。
「はぁぁぁあああっ!!」
ゆずは雄叫びで自分を鼓舞させ、ナイフを振るう。
らいむとの近接戦なら、特訓で身体に染みつくほどやらされていた。
右手が鎖で塞がれ、左手しか動かせないにもかかわらず、らいむは軽々とゆずの攻撃を受け流し、容赦ないナイフさばきが襲いかかる。
服が切れ、頬に血が伝い、傷が増える一方だが、それでもゆずは身を引かない。
「らいむさん! その程度なの? もっと本気を出してよ!」
身体が動けなくなる前に、挑発の言葉を吐く。
遠くでみかんが
らいむは無表情のまま、右腕を思いきり引いた。鎖を引きちぎり、翼を羽ばたかせて後方へと舞い上がる。腕に絡まっている残りの鎖を取り払い、宙の一点に止まってゆずを見下ろす。
「行くよ、青葉さん」
どうやら、挑発に乗ってくれたらしい。
ゆずは胸へ優しく手を置き、翼を羽ばたかせて飛び上がった。
らいむは翼を大きく一打ちさせる。周囲に羽根が舞い上がる。柔らかな羽根の羽先がゆずへ向いた瞬間、すべてがナイフに変化する。
「
踊るように投げられる数えきれないナイフが、ゆずへ襲いかかる。
「青葉さん、お願い!」
「うん! 大っきい、大っきい、マシュマロ!!」
ゆずの声で、服の中に隠れていた青葉が飛び出し、声をあげた。
イメージを膨らませて出てきたのは、人を包み込むほどある大きなマシュマロ。真っ白な表面に大量のナイフが突き刺さっていくが、反対側まで刃は届かない。ゆずたちはふわふわした甘い香りに身を寄せながら、らいむの猛攻を防ぐ。
「これを、しのげば……!」
らいむの姿は見えないが、ナイフが刺さるたびにマシュマロから衝撃が伝わってくる。絶え間ない連投が、突如、途絶えた。すべてを投げ終えたのかと、ゆずがほっと息を吐いた瞬間。
「ゆず、上!」
胸の前で羽ばたく青葉が、声を上げた。
視線を移すより速く、ゆずは青葉を両手に包み、胸に押し当てる。顔を上げた先に、翼を羽ばたかせるらいむがいて、投げたナイフが今まさに迫ってきていた。
「詰めが甘すぎでしょバカ!」
顔面を突き刺すはずの刃物が、鼻先に触れる直前で弾き飛ばされる。
悪態をつくみかんの声が聞こえた。銃で狙い撃ってくれたのだろう。
それでも、頭上のらいむは止まらない。右手の内に潜めていたナイフを握ると、ゆずに向かって急降下してくる。
「もうよせ、らい!」
青葉を抱き締めて背を向けたゆずの前に、はっさくの声が割り込む。捨て身の体当たりで、らいむの持つナイフを奪い捨て、二人はともに床へと落ちていった。
ゆずは羽ばたきながら、視線を下へ向ける。
はっさくが床に倒れ、そばでらいむが片膝をついている。肩を上下させながら、立ち上がろうとするが、その足はふらついて、再び膝をつく。
「らいむ、もう止まってよ!」
すだちの悲愴な叫びとともに、鎖がらいむの身体に巻き付いた。
らいむは腕に力を込めるが、鎖を引きちぎるのに手こずっている。
疲れの現れた今しか、チャンスはない。
「らいむさん、ごめん!」
ゆずは左手で青葉を抱えながら、右手に持つナイフを振り上げた。そのまま急降下し、らいむの後ろ首を、ナイフの柄で思いっきり突く。
「……っ!?」
らいむの身体がぐらつく。変身が解けてカフェの制服姿になり、そのまま床に倒れた。
「らいむ~!」
「らいむ!」
「……らい!」
すだちとみかんが、変身を解いて駆け寄っていく。はっさくも身体を引きずりながら近寄る。
鎖の解かれたらいむは、力なく横たわり、目を閉じている。どれだけ声を掛けても、何の反応も見せない。
「はっさく、なにがあったのさ?」
「……わからん」
「ゆずは? 本当になにもしてないの?」
「ぼくは、なにも……」
「すだちは?」
「オレもわかんないよ~」
状況を整理しようと、みかんが疑問を投げかけるが、はっさくもゆずもすだちも首を横に振る。
「とにかくみんな、カフェに戻ろうよ。らいむちゃんが起きるのを待ってみよう? みんなの手当てもしなくちゃいけないよ?」
肩に乗る青葉が声をあげた。
ゆずは今になって、全身が切り傷だらけだと気付き、痛みに顔をしかめる。
他の皆もうなずきあう。らいむの腕をゆずとみかんが首に回し、はっさくはすだちに支えられながら、出口へと歩き出した。
「あーあ。やられちゃったか」
不意に、聞き覚えのない声が、ゆずの鼓膜を揺らした。
皆が後ろへ振り返る。いつの間にか、赤い扉がひとつ、曖昧な空間に現れていた。その扉の前に、一人の青年が立っている。
「……れもん?」
すだちが声を震わせて呟いた。
青年は、白シャツに紺色のエプロンを腰に巻いたカフェの制服を着て、背から白い翼を生やしている。色素の薄い肌に、肩につく白髪を襟足で結んでいる。ルビーをはめこんだような赤い瞳がこちらを見つめ、愉快そうに弧を描く。
「まぁ、いいや。ソレはもう抜け殻だから、好きにしていいよ」
悪戯っぽい笑みを見せて小首を傾げる人物を前に、皆が口を開けて固まっていた。
ただ、ゆずだけが、白い青年の背後で揺れる、鼠の尻尾を見つける。
「だれだお前は! らいむさんになにをしたんだ!」
ナイフを再び手に取り、白い青年に向かって飛び立つ。腕を振り払おうとした瞬間、空間がぐにゃりと曲がった。
「ソレは永遠に目覚めない。ずっと僕の餌になるんだ」
白い青年に斬りかかったはずのナイフは、なぜだか見当違いのほうへ行く。
青年は口もとを緩めながら、赤い扉を開け、中へと入ってしまった。
「待て!」
ゆずは手を伸ばすが、灰色の霧が扉を隠し、存在を消してしまう。
歪んだ空間がもとに戻り、霧が晴れていくと、周囲はいつの間にか、カフェの店内になっていた。
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